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前回に引き続き、人工知能の父の一人であるジョン・マッカーシーについて触れていこう。 マッカーシーは1950年代半ばに人工知能(Artificial Intelligence)という用語を考案し、「ダートマス会議」の中心人物として分野の発展に多く貢献した。 この時代以前にもサイバネティクスという言葉に代表される同様の分野の研究は行われていたのだが、マッカーシーは30歳前にしてここに新たな潮流をもたらす核となったわけである。 ジョン・マッカーシー ■マッカーシーとLisp マッカーシーは、コンピューティングの歴史に残る「知的な発明」を多く生み出した。彼が学生だった頃はコンピューターを専門の研究分野としていた人はもちろんいなかったわけだが、数学や科学の他分野で訓練を積んだ研究者たちが、培った知見や研究態度をコンピューティングの分野で発揮することによって、異なる考え方を含んだ豊かな土壌が生まれるこ
コンピューティング史見聞録(18) ジョン・バッカスとFortran 2024年8月1日コンピューティング史見聞録(17) グレース・ホッパーのプログラミング言語 2024年7月1日コンピューティング史見聞録(16) 文化人類学のカリキュラムMACOS 2024年6月3日コンピューティング史見聞録(15) ブルーナーが教育に注いだ情熱 2024年5月1日コンピューティング史見聞録(14) ジェローム・ブルーナーと認知心理学革命 2024年4月1日コンピューティング史見聞録(13) 私的なジョン・マッカーシーのエピソード 2024年3月1日コンピューティング史見聞録(12) ジョン・マッカーシーの発想と発明 2024年2月1日コンピューティング史見聞録(11) ジョン・マッカーシーの人工知能研究 2024年1月4日コンピューティング史見聞録(10) ビューポインツ・ビデオ・アーカイブ 202
筆者は日本の大学の大学院で勉強していたおりに、ひょんなきっかけで「パーソナルコンピューターの父」と呼ばれるアラン・ケイ博士のグループに参加することとなり、1997年ごろから25年近く共同で研究・開発に携わるという幸運に恵まれた。その縁もあり、コンピューティングの歴史に関わった人々と直接触れる機会を多く持つことができた。 この経験から、筆者は「コンピューティングの歴史と進歩は関わってきた人々の人間臭い努力と協力、感情のぶつかり合いとせめぎ合いによって生み出されてきたものである」と身をもって感じることができた。 また、コンピューティングはプログラムを書く、ということだけではなく、心理学や生理学や社会学と深く関わっており、特にケイ博士が情熱を持っている教育が、人類にとって非常に重要であるという思想にも深く同意するようになった。 このような体験をもとに、この連載では、コンピューティングの発展に関わ
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