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夏の料理
mdesousa.exblog.jp
SNS上で話題になっているユーチューブ動画に関して、資料の掲載や報告内容を配信することについて、許諾に類するものは一切求められておりませんし、求められていない以上、当然ながら許諾もしておりません。ユーチューブに動画削除依頼を出しましたが、いつ実行されるか分かりませんし、主催責任者にも問合せしましたが返答がありません。また配信の内容には、今回の開催の当事者で極めて限られた人しか知り得ない個人情報の漏洩があり、講演内容も曲解されております。このような行為はきわめて心外で、主催者からの即時の真摯な対応と説明を求めます。
今回学んだことのうちの一つ。パブリックは、別にアカデミアの研究者に参入してもらい、ましてや自分たちのビジョンを修正してもらいたい、なんて思ってないんとちゃうかな。ていうか、絶対思ってないわ。肩書がキラキラ°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°ゴージャスだと、まぁ、来てもらうだけで祭り感が出るけど。別に話の内容はどーでもいい、というか。 それってテレビも同じで、特定の大学所属歴史家が、古代から近代の話まで面白おかしく話すの見て、歴史関係者は人によっては怒り狂ってるけど、視聴者にとっては面白ければ誰でもいいんだよね。「東大」の先生が言ってるんだから、間違いないんでしょ、ていど。喋りが面白いとついつい見てくれるなら、視聴率もアップだし。その分野のガチの専門家が緊張した面持ちでボソボソしゃべっても、視聴者にとってはあんまり面白くないし、たぶんチャンネル変えられる。 発展途上国でのボランティアと同じで、「それが
今日初めて、Mina Leeさんのツイッターをほんの一部読みました。ワタクシ、ツイッターやっていないので。失礼ながら、だいぶん状況を誤解していらっしゃるようですが。ワタクシから言わせると、市川先生は「巻き込まれてしまった被害者」ではありません。郷土史研究者と行政の対立は、今まで九州各地の町おこしに関わってきた経験上、ほぼ「デフォルト」です。いちいちそんなことで他郷の人間(ましてや当事者でもない人)が騒ぐことがおかしく、みんなそんなもの何とかして吞み込みながら毎日共存しているのです。そうならないように行政側が血のにじむような努力をしてきた大分市と、関わっている方が基本的にみんな奇跡的に良い人なのが「島根県大田市」で、この二つは奇跡の「パブヒス・モデル」として、現在こういった行政と民間の連携モデルを広めるには何ができるか、地元のシニア、文化財課、大学研究者らで共同研究中です。どちらも両者をソフ
もうこの件について書かないといいましたが、詳細をご存じない方の「もやもや」を解くために、私のライフワークと関わるところでもあるゆえ、最後に記すことにします。 現地では人吉が「かくれキリシタン」の町であり、相良清兵衛はキリシタンであったと信じている人々がいます。史料による証拠は「一切」存在しません。少し変わったマークのある石造物の存在がその根拠となっています。その説を提唱し、著作もある郷土史家がいます。「宮原銀山は銀山ではなかった」説を『日本歴史』にコラム掲載したのと同じ方です。このコラムは一見説得的な内容ですが、重大な史料の読み誤りがあります(と著名な中世史研究者が指摘しております)。その方の著書によると、郷土史研究会の会員の多くは、今回の呼びかけ人はじめ、自説を支持してくれている、とあります。これが今回の混乱の最大の原因です。 最初の朝日新聞やABEMAニュースの報道に使われたように(私
南蛮人技術者が設計したかも知れない、という点ではもう少し状況証拠を積み上げられそうな感じになってきました。なぜかルーティーンワークの一つの石見銀山に戻ってきた。なので、当日も話したように、そこで実践された信仰が何かと分けて(文献史料にもとづくと、真言密教系の妙見信仰と読むのが一番しっくりくるけど)、土木技術面からの検討も必要かと思います。今回は全然関係ないと思っていた自分のルーティーン課題に戻ってくるようになっている不思議なめぐりあわせである。 キリスト教新聞にあるように、「ミクヴェ」は色々な要素を満たしている必要があるそうです。厳密にいうと清兵衛屋敷のには溜池はありませんし、今は2本の下水管で地上にモーター排水していますが、江戸時代初頭はどうやって排水していたのか不明。水は川の水ではなく地下の湧き水です。
昨日、人吉でのボランティアが終わりました。結果としてはかなりモヤモヤが残る感じ。長崎で日本人がユダヤ教徒と接触する機会はあったけれど、この施設に関しては、八代の妙見宮由来もしくは大内氏の妙見信仰由来の北辰/真武神信仰ではないかという説を披露しましたが、基本、誰も受け入れてない感じでした。会場でアウェー感満喫。私に期待された役割は、現実的な実証ではなく、「これはまさしくミクヴェでしょう」「そしてアルメイダが伝えたのです。きっと」と言って差し上げることだったみたいです。「あ、これ北辰では?」と気づいたのが5日ほど前だったので、大急ぎでパワポを作り直してその時点で入れられる情報を詰め込みましたが、今日になって見つけた「これほぼ確定じゃない?」みたいな情報は入れられませんでした。もちろん直接の証拠ではありませんし、仮説に過ぎません。11月5日立教大学で開催される「日本と東アジアの〈異文化交流文学史
例の記事についてのヤフコメ見て思ったこと。「ユダヤなんかあるわけない」というコメントは、まずご自身の勉強不足なので論外として(下で挙げた参考文献ちゃんと読んで)、「山の中の田舎の人吉に」という現代の地理・社会状況感覚で語る方々に申し上げたいこと。16世紀の相良氏は八代まで勢力を拡大していて、長島には傀儡政権を置き(これが天草氏というのも面白い)、遣明船まで自前で派遣しているということを、ちゃんと認識してくださいね。みなさんの大好きな「史料」によれば、宮原銀山という銀山もあったのですし。さすがに何の根拠もない捏造のために、熊本まででばっていきませんから。
まぁ、やっぱりテレビの仕事には、割り切りが必要だなと思うわけで。アカデミアでは許容されない歴史叙述(いわゆる歴史ロマンていう幻想)の方が、概して一般にはウケる、という現実を、アカデミアの研究者がどう乗り越えていくのか、という切実な問題を日々考えるべき責務を思い出す契機にもなるということ。一般の歴史認識と歴史学の常識は乖離してても良い、とは思いたくないから。そして歴史学界の常識が、本当に正しいか、なんていうのは分からない。去年のNスぺの戦国の時も、この説は使わない方が良い、この史料はこういう別の意図で書かれたので、そこには結び付けられない等々指摘したのですが、結局正体不明(肩書詐称)の外国人にそれを語らせて話を繋げ、一般の人に相当間違った認識を植え付け、その上許可なく私の名前を最後に入れてた(私が監修したと勘違いする人がおるやもしれん)、という点で、激オコなんですわ。ドラマとか漫画とか、虚構
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