悟りという言葉を辿ると色々な人が登場する。イエスに釈迦にシヴァやクリシュナ、老子に臨済、白隠。スタイルはそれぞれ違うね。イエスは慈悲だし、臨済は問答だ。シャンカラや老子は宇宙との絡み、カトリックに大乗に道教にヒンドゥー教、華道に茶道、弓道、武道や舞踊や芸術。 これらの人々や宗教などは、現実が単なるフレームであることに気付くかどうかの道筋に過ぎない。つまり悟りとは彼らや教えを含め、目の前に広がるかりそめの世界を見破ることにある。 自由という扉 覚者はそこら中にいる。あなたから見て気の狂っているやつは大体そうだ。「将来が不安だ」というあなたをよそに、平気で莫大な借金をして店や会社をはじめる人もそうだし、日本一のホストやアイドルを目指して、何度も門を叩く少年少女もそう。人を人だと思っていないから全く恐れていないし、突然火が着いたように動き出すわ、無秩序に見えるわ、さらに大半が性格もひん曲がってい