昭和20年(1945)から26年(1950)にかけて太平洋マリアナ諸島のアナタハン島で多数の死者が出るという事件が発生しました。 俗に「アナタハンの女王事件」と呼ばれる事件です。 未だにこの事件には多くの謎があると言われ、発生から70年経った現在に至っても様々な憶測を呼んでいます。 「アナタハン事件」「アナタハン島事件」という別名もあります。 太平洋戦争中、日本は一時太平洋の島々の多くを領土としていました。 その中の一つがアナタハン島です。 第二次世界大戦中から戦後にかけて、この島には日本人が取り残されていました。 いつ救いが来るのかもわからない孤島にたった1人の女と男が32人暮らしていたのです。 アメリカ軍に救助されるまでの6年間に、この1人の女をめぐって殺人や行方不明者が相次いだのでした。 アナタハン島の比嘉和子 日本が統治していたサイパン島から北方約117kmに「アナタハン島」があり