栃木県益子町の陶芸家、鈴木稔さん(48)はあの日、外出先から車で帰宅途中に強烈な揺れに襲われた。とっさに車を降りて自宅に駆けつけると、命綱である窯は原形をとどめないほど崩れ、丹精込めた作品は砕け散っていた。「積み上げてきた自分のキャリアも崩れた感じがしました」。東日本大震災では“焼き物の里”として知られる益子町や茨城県笠間市の窯も、壊滅的な被害を受けた。【岩壁峻、山崎明子】 鈴木さんの工房では、丹精込めて作った500点もの益子焼の湯飲みや皿などが粉々になって散乱していた。自慢の「登り窯」は積み上げたレンガが無残に崩れ落ちていた。登り窯は内部が階段状になっていて薪の火が作品に不規則に当たるため、釉薬(ゆうやく)の広がりが独特の風合いを見せるのが特徴。鈴木さんがこだわる伝統技法の一つだった。 ◇被害7.7億円 益子 益子焼販売店協同組合などの試算によると、窯が倒壊したり商品が割れたなど、震災の