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災害への備え
d.hatena.ne.jp/dnagahiro
まあ、久しぶりにTOEICでも受けてみようかと。で、どうせなら900ぐらいは取りたいな、と。990と言わないところが奥ゆかしいと思ってほしい。 まあ、ただTOEIC900目指して勉強するというのも、若干面白みに欠ける気がするので、こんなゲームを提案します。 ・対象は、2009年12月31日までに開催されるTOEIC公式テスト。・参加者は、このエントリーにはてブして、コメント内に「参加」という文字列を入れた人。そんなにいないと思うけど、多ければ先着百名。・上記テストで、ぼくが一回も900以上のスコアを取れなければ、ぼくの負け。「参加」した人に10万はてなポイントを配ります。(山分けね。1人10万じゃないよ!)・締切は7月26日23時59分59秒。・何か提案、質問などがありましたら、ブコメかコメントでおながいします。(コメントの方が確実です) 参考までに、ぼくの過去のTOEIC戦績を貼っておき
だから、陵辱ゲームの愛好家・擁護者は、「表現の自由」を正しく行使せよ。それはつまり、「陵辱ゲーム」のような表現が、今もなお存在する圧倒的な性差別構造を解体するためにいかに有用であるか、ということを説明せよ、ということだ。 それをしない、できない、ということは、陵辱ゲームは一目で了解する限りの意味以上のものを含まないと、愛好家・擁護者たちが認めている、ということだ。それは性差別そのものの表現であり、それ以上のなんらの意味を含まないということを、愛好家・擁護者たちが認めている、ということだ。愛好家・擁護者がこの程度である限りは、こんなものは規制さるべし。上記引用部分を、ちょっと分解してみよう。 1.陵辱ゲームの愛好家・擁護者は、「表現の自由」を正しく行使するべきである。2.圧倒的な性差別構造というシロモノが今もなお存在する。3.本件において、陵辱ゲームの愛好家・擁護者が「表現の自由」を正しく行
というわけで、ID:good2ndのタイトル一本釣りに釣られてみるでござる。 死刑存置とは「間違って殺しても仕方ない」ということ 上記エントリの中でこれは言いかえれば「国民感情論からいって納得がいくためには、冤罪の可能性が極めて低いと思われるであれば、間違って殺してもかまわない」ということであるはずです。とありますね。これは論理的に正しい。というより、Web版「正論」・Seironの言っていることの対偶を述べているだけなので、単純に論理的な意味で、正しい以外にありようがないのですね。 で、私はそういう意見には同意できません。とID:good2ndは言ってるんですけど。うん、そう思うのは自由です。勝手です。うーん……いや、でも。 で、だから何?としか言いようがないなあ、という感は禁じ得ません。 まさかとは思いますが、「だから死刑制度は反対すべきである」と主張して、死刑容認派/肯定派を説得する
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