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ノーベル賞
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こんにちは。おとといに自宅に戻ってきました。帰省で減退した勤労意欲の立て直しをはかるこのごろです。沖縄ではすっかりご無沙汰していた方と久々にお会いする機会があり、(良い意味で)以前と変わらずお元気な姿をみて、励まされる気がしました。 今回は、6章の要約メモをアップします。後半部分から抽象度が一層上がり、より難解になると感じるのは僕だけでしょうか。 それはさておき、そこで提示された理念や計画の善し悪しを抜きにして、いわゆる「教育改革」をぶちあげることが果たす社会的な機能を淡々と(でもないか)記述する後半部分がとくに興味深い箇所でした。 「どうせ外部の者に現場のことは分からないんだ」という教師のぼやきや、「昨日の敵は今日の友」とばかりにめまぐるしく変化する学校組織やカリキュラムは、教育の世界を知る人にとってはありふれたことがらかもしれません。 ところがルーマンさんは、これらの背景にある<教職の
お久しぶりです(誰に向かって言っているのやら)。最近、忙しさと夏風邪にやられて更新が滞っていましたが、感想と励ましのメールをいただき、重い腰をあげることにしました(単純ですね)。 それはさておき、少しだけじぶんの昔話をさせてください。僕は地方の出身で、学生時代を東京で過ごしていたのですが、上京してしばらくのあいだ、出身県関連の財団が運営していた寮に住んでました。 そこは県のカラーがむちゃくちゃ濃い寮で、休憩室のテーブルには寮生の実家から送られてきた県産品のおすそわけが(ほぼ)常備され、ここに入った者は、我が県のシンボルともいうべき伝統芸能を習得しなければならない、という暗黙のルールまであったのでした。 風呂・トイレ共有、掃除当番あり、2食昼寝つき・格安家賃・飲み会多数のこの寮、地方から身一つで花の都・大東京にやってきた僕にとっては、かなり居心地のよいところでした。しかし、残念なことに通って
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