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アメリカ大統領選
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随分昔に次のショーペンハウアーの言葉に出会って以来、愛国主義というものが何であるのかについて確信を持っている。この文章は歴史修正主義やレイシズムが跋扈する現在の日本(それは「ネット右翼」だけの狭い問題ではない)を前にしても、本質的な洞察を見せている。 これに反して誇りのなかでも最も安っぽいのは民族的な誇りである。なぜかと言うに、民族的な誇りのこびりついた人間には誇るに足る個人としての特性が不足しているのだということが、問わず語りに暴露されているからである。 すなわち個人としての特性が不足していなければ、何もわざわざ自分を含めた幾百万の人間が共通に具えている要素に訴えるはずがないからである。立派な個人的長所を具えた人は、自国民の欠点を常日ごろ見せつけられているのだから、この欠点をこそ最もよく認識するわけであろう。 ところが何一つ誇りとすべきもののない憐れむべき愚者は、たまたま自分の属する民族
日本の戦後政治史を俯瞰すると、改憲に必要な3分の2以上の議席確保を目的として、保守派から小選挙区制が度々持ち出されて来たことがわかる。また小選挙区制は、二大政党制の形成による少数派の排除の道具でもあった。資料を元に、改憲と小選挙区制そして二大政党制の戦後政治史を少しばかり描き出してみたい。 1947年 / 小選挙区制と二大政党制が理想 国民主権となって初めての総選挙が行われる。この時選挙制度は、46年の大選挙区制限連記制から、42年以前の中選挙区単記制に復帰した。この選挙法の改正における保守派の狙いは、連記制では共産党と女性が伸びると見て、それらを排除することにあった。後に保守合同の立て役者となる三木武吉は、46年の総選挙で社会党と共産党が伸びたのを見て、保守各派を連合しないと「日本は大変なことだ」と思ったという。 植原悦二郎内相は、記者会見で「二大政党主義による政党政治の安定確立という建
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