サクサク読めて、アプリ限定の機能も多数!
トップへ戻る
大谷翔平
lnet.la.coocan.jp
阪神大震災のとき精神科医は何を考え、どのように行動したか トップページ 中井久夫「災害がほんとうに襲った時」電子データの公開および無償頒布につきまして(最相葉月) 令和6年能登半島地震で被害に遭われた方に心より御見舞い申し上げます。 阪神淡路大震災で、心のケア活動にあたった精神科医、中井久夫神戸大学名誉教授の文 書を引き続き無料公開しております。東日本大震災の際、ご本人とみすず書房の許可を 得て電子化したものです。 被害の全容も明らかではありませんが、現地へ支援に入るボランティアの皆様のお役に 立てれば幸いです。 (2024年1月2日 最相葉月) 熊本、大分を始め九州地方で地震に遭われた方に心より御見舞い申し上げます。 阪神淡路大震災で、心のケア活動にあたった精神科医、中井久夫神戸大学名誉教授の文書を引き続き無料公開しております。 予断を許さぬ状況ですが、現地へ支援に入るボランティアの皆様
東北関東大震災下で働く医療関係者の皆様へ――阪神大震災のとき精神科医は何を考え、どのように行動したか 本文全文 「災害がほんとうに襲ったとき」は中井久夫編『1995年1月・神戸 「阪神大震災」下の精神科医たち』(1995年3月刊・みすず書房)に収録されています。本稿の電子データの公開および無償頒布につきましては、著者の中井久夫氏とみすず書房の許諾を得ております。 「災害がほんとうに襲った時」 中井久夫 ●パート1 電話は多くの生き残った人に「自分は孤独ではない We are not alone 」という感じを与える効果があったと私は思う 1995年1月17日午前5時46分から 最初の一撃は神の振ったサイコロであった。多くの死は最初の5秒間で起こった圧死だという。行政の対応が遅れた理由は簡単である。幹部は、多くは郊外の自宅にいて眠っていた。つまり一私人であった。私もそうであった。昼間に起こっ
このページを最初にブックマークしてみませんか?
『受精卵は人か否か Life Science Information Net produced by 最相葉月 / top』の新着エントリーを見る
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く