10代のころ、「時間が解決する」なんて嘘だと思っていた。 失恋は永遠に辛かったし、失敗はいつまでも後悔したし、卒業式の先に明るい未来なんて見えなかったし、友達との間にできたわだかまりはもわもわと留まり続けた。 だけど気づいたら、偉そうに「時間が解決するよ」なんて口にする人間になっていた。 明るい未来なんて、と思ったその先はきちんと明るかった。(もちろん暗いときもあったけれど) 彼以上に好きになれる人なんて絶対いない……はただの思い込みだった。 あの頃はさあ、と笑って話すことを覚えた。過去は過去として、生きていけるようになった。 それはある意味希望だ。「時間が解決する」を信じることができたら、心の消耗度はだいぶ軽くなる。 だけどだけど、傷つくことは確かに減ったけど、それは感受性を殺していることと同義とも言える気がするのだ。 *** 「時間が解決する」を知らない世界は、とにかくハイリスクだった