サクサク読めて、アプリ限定の機能も多数!
トップへ戻る
iPhone 16
suware.hateblo.jp
news.livedoor.com この記事を読んだ。 音大が日本全国で42校もあり、そこからの国内オーケストラの就職先が36団体しかないと初めて知り、驚愕している。 42校の卒業生、音楽系の職への就職率は如何なものかと調べたところ、以下のサイトに行き着いた。 tmaita77.blogspot.com 以下、同サイトからの引用である。 この推定音楽家就職者136人は,ほぼ全てが音楽関係学科の卒業生とみてよいでしょう。同年春の大学の音楽関係学科卒業生は4,485人です。したがって,音大卒業生のうち,晴れて音楽家になれたのは,136/4,485 ≒ 3.0%と算出されます。 音大を卒業し、音楽家になれる人は推計すると全体としては3%で、そこからさらに楽器により強弱があると・・・。 そして、オーケストラ業界が伸びていくことは考えにくい。 音大へ入学する時には、期待に胸を膨らませて入った多くの若
僕が最近感じている疑問は、ヤンキーやDQNと呼ばれる人種は、なぜ皆同じようなファッション、言動になるのかという疑問である。 彼らは、若干の個体差があるものの、かなり似通った行動をする。 スピードが好き暴力をふるう群れる騒ぐ髪の色を染めるB系のファッションバイクに乗ると、やたらと音を出す そう。まるで、ネコという動物は、世界のどこでもネコらしく振る舞うことと同様に、DQNと呼ばれる人種は、どこでも同じようなファッション、価値観を有しているのである。 これは、人間というものがある原始的欲求を有していて、それが極端に強調されたものがヤンキーやDQNという人種なのではないかとさえ感じる。 いわゆる理性というものが、ほとんど働いていない状態の人間。快楽を求め、仲間で群れ、周りに迷惑をかけ続ける。 これは本当に不思議だ。DQNやヤンキーは、ほとんど全国的に同じようなファッションであり、行動パターンとな
現代に生きる人で、自分の本当に好きなものはなんだろうか?本当にやりたいことはなんだろうか?と自分に問いかける人は、昔に比べて多くなっているだろう。 科学技術が発達してきて、誰でもあらゆる情報が手に入るようになり、多様な人生の選択肢があるように感じる現代は、表面的な自己満足は得やすいものの、自分の心の底から満たされるような人生を歩むことは難しくなっている。なぜなら、あまりにも多い情報―これらは社会から発信される情報だけでなく、身近な友人達から受け取る情報も含まれる―は、人を迷わせる元となるからである。情報が多くなれば選択肢は多くなる、選択肢が多くなれば人は迷う。心理学的にもありすぎる選択肢は、かえって選びにくくなることが知られている。 心理的トラップ:選択肢がたくさんあるとむしろ選べなくなる~マネーハック心理学15 僕は、この情報溢れる現代において、心より好きなもの、やりたいことを見つけるた
考えられない。考える。考えない。 僕は、人のあらゆる行動において、考えられない。考える。考えない。といった3段階の状態があることを感じている。 他には、 食べられない。食べる。食べない。 喋れない。喋る。喋らない。 力を入れられない。力を入れる。力を入れない。 寝れない。寝る。寝ない。 ここで、僕は3つめの段階に注目している。3つ目の段階に、少し言葉を足してみよう。 考えられない。考える。余計なことを考えない。 食べられない。食べる。余計な量を食べない。 喋れない。喋る。余計なことを喋らない。 力を入れられない。力を入れる。余計な力を入れない。 寝れない。寝る。余計な時間は寝ない。 こう言葉を変えてみると、イメージがしやすくなると思う。 人は、それぞれの行動の第一段階に意識が集まってしまい、第三段階の大切さに意識を向けられない。そう、僕は感じている。 なぜなら、第一段階と第三段階は、外見的
何してもダメな人 ちょっとそこ座れ。 君がそれなりに何かできるような人であれば、下の出口からすぐに立ち去った方がいい。此処から先は、何してもダメな人専用だ。 出口 よし。何してもダメな人間が集まったわけだ。早速始めようか。 君は、何をしてもダメな人。そうなんだね。 君、何をしてもダメって思っているけど、何ができて何ができないかって真剣に考えたことあるかい? まず、自分が何ができて何ができないか考えてみること。これが大切だ。 これを考えてみれば、自分がなぜ何をしてもダメって感じるのか、その原因がおぼろげながらも感じとれるはずだ。 こう、自分がダメだと感じる時ってのは、仕事とか勉強とかスポーツとか、周りと競争の要素が入ってくることに対して、しょっちゅう、自分はダメなんだなぁって感じないかい? 自分の好きなことをやっている時ってのは、別に自分がダメとかあれができないとかこれができないってことは考
人は何故だかスピリチュアルな視点を疑うようにできている。 これは、スピリチュアルに限った話でも無いんだが、人は自分がわからないと感じるものに対して、反射的に物を疑ってしまう習性がある。 この習性があるがゆえに、神とか、オーラとか、潜在意識とか、引き寄せとか、一見、我々の5感では知覚できないような話を外から受け取ると、反射的に拒否反応を示してしまうのである。 まず、はじめは自分が知らないことに対する拒否反応が誰でも起こる。 この、拒否反応の出る強さってのは、心の純粋さによって変わってくる。何事も疑う習性が染み付いていると、拒否反応が強く、何事も素直に受け入れる習性があると、拒否反応は出づらい。 ここで話を脱線してみよう。世の中物を疑う人だらけだ。信じる者はバカを見るとか、物事は疑ってかかるのが当然だとか、人は騙す生き物だとか、信じる方が悪いとか、疑う方が当然だ的な流れをなんとなく感じるわけだ
このページを最初にブックマークしてみませんか?
『suware.hateblo.jp』の新着エントリーを見る
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く