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大谷翔平
www.hitorijyanaiyo.com
久々の更新です。 その前に 1週間ほど前、毎日新聞さんに私のことを取り上げていただく機会があり、沢山の応援のメールを頂きました。ありがとうございます。 はてなブログへのコメントも頂いていて、本当に感謝いたしております。ありがとうございます。 公開していいものか(被害の内容も書かれていたりするので)どうか悩んだ結果、公開は控えさせていただきました。 まだお返事を返すことが出来ていない方もいらっしゃるのですが、もし見落としがあればいけないので返事がない場合はすいませんが、もう一度 beso0201@icloud.comにメールを頂けると嬉しく思います。 ここからは今日の気づきです。 私は18歳で香川から大阪に出ました。 当時、付き合っていた彼が一足先に大阪に行っていたのと、私自身、早く父から離れたかったという理由で、仕事は決めず住むところだけを決めて。 その数週間後にレイプ被害にあいました。
先日、日頃から何かとお世話になっている方が新聞を持ってきてくれました〜^ - ^ そこには嬉しい内容の記事が! 強姦罪を起訴するのに被害者の告訴が必要となる「親告罪」の規定を削除する。法定刑の下限を3年から5年に引き上げる。強姦致死傷罪は5年から6年に、親などの「監護者」が影響力を利用して18歳未満の者に性的な行為をすれば、暴行や脅迫がなくても罰することができる「監護者わいせつ罪」「監護者性交等罪」を新設。強姦罪は女性に限定。改正案は男性も含め性交の類似行為も対象。などの改正案が閣議決定したと書かれていました! 長い間、父親が私にしたことは無理やりでもなかったし、脅されてたわけでもないし、私自身受け入れてた時もあり、父親から見ると同意の上だと思っていたのではないのか、となると私も母親の立場からみると、私は不倫相手になり、犯罪者になるのかとか悶々とした中で生きてきたため、余計に過去の事に
【この記事は母親へ理解を求めていつかは自分を産んでくれた母親なのだから私の痛みをわかってくれるはずと頑張っていた頃に書いたものです。1年近くかけて話し合った結果、私の望む母親像は彼女の中にはありませんでした。残念な事ですが、被害を打ち明けた14歳の時に守ってくれなかった時点でその事は証明されていたのに、私自身が受け入れるのに30年もかかってしまったようです。どうか娘から家族の中に加害者がいる事を打ち明けられた時は全力で娘さんを守ってあげて下さい。どうにか取り繕って家族を続けていけるのではないのかという甘い考えは捨てて下さい。打ち明けた時の周りの大人の対応でその後の被害者の心の回復は大きく変わってきます】 前回の続きです。 昨年12月、幼少期から中学2年まで私が受けた父親による性的虐待を叔父(母親のお兄さん)に打ち明けて以来、母親は一変しました。「私が読んだ『毒となる親』を読んで虐待がどんな
私は父親に幼稚園から中学まで性虐待を受けていました。子供にとって自分を扶養し、愛情を与えてくれるはずの立場の人から虐待を受けてしまうと、その時ばかりか大人になっても長い間後遺症に苦しむことになります。 私も例外ではなくヒステリック、摂食障害、うつ病、フラッシュバックとPTSDに悩むことになりました。 再生 高校に進学して環境が一変しました。今までの友達は同じ高校には進学せず私は新生活をスタートさせました。 「メソメソしないで前を向いて歩きなさい!」 「悲しい事があっても笑顔でいなさい」と小さな頃から教えてくれていた母親の言葉を思い出しました。 泣き疲れた鏡の中の私はブスがよりブスになっていました。不幸そうな暗い顔。無理矢理笑って見せましたが、その顔は口がへの字のまま引きつったいびつな笑顔でした。周りの人に私の暗い部分を知られないために笑顔の練習をしました。割り箸を横にくわえて口角を上げる練
【この記事は母親へ理解を求めていつかは自分を産んでくれた母親なのだから私の痛みをわかってくれるはずと頑張っていた頃に書いたものです。1年近くかけて話し合った結果、私の望む母親像は彼女の中にはありませんでした。残念な事ですが、被害を打ち明けた14歳の時に守ってくれなかった時点でその事は証明されていたのに、私自身が受け入れるのに30年もかかってしまったようです。どうか娘から家族の中に加害者がいる事を打ち明けられた時は全力で娘さんを守ってあげて下さい。どうにか取り繕って家族を続けていけるのではないのかという甘い考えは捨てて下さい。打ち明けた時の周りの大人の対応でその後の被害者の心の回復は大きく変わってきます】 前回のブログの続きです。 私が父親に受けた性虐待から後の30年間と、母親が過ごしてきた30年間はあまりにも考えの温度差があり、私は困惑しました。 母親に理解してもらうことは、もう私には不可
このブログはノンフィクションです。私と同じ様な被害に遭われた方が読まれるとフラッシュバックする内容があります。ご注意ください。 中学生 中学生になり好きな男の子もできるようになって、少しづつ自我が目覚めてきました。考えることを辞めていた父親との関係に不信感がどんどん募るようになり、勇気を出して友達にそれとなく聞いてみました。友達はすごく驚いた顔をして「今!なんて言った?!」と聞き返され、私もあわてて「なんでもない!じょーだん!」と言ってしまいました。でもその友達の反応で、これはとんでもないことかもしれない、と感じました。 頭ではわかっていても、なかなか嫌だと言うことができませんでした。父親に嫌だと言うことで、自分の居場所がなくなると思いました。きっと母親も知っている。私のことを憎んでいるに違いない、私は一人ぼっちになってしまう、という恐怖になかなか勝つことができませんでした。逃げ出したいの
このブログはノンフィクションです。私と同じ様な被害に遭われた方が読まれるとフラッシュバックする内容があります。ご注意ください。 学童期小学1年〜4年 その頃、父親は私の裸の写真を撮りたがりました。この年齢になると裸になるのが恥ずかしい事だとわかっていたので凄く抵抗しました。声を震わせながら「お願いだから許して下さい」と何度もお願いしました。海の中の岩の上や山の草むらの中でポーズを取らされ写真を撮りました。子供の頃の身体は汚れなく綺麗だから写真に残しておきたいと言っていました。なぜか家に外人の女の子達の裸の写真集が何冊かありました。その写真集の中の女の子のポーズを真似するように指示されました。その写真の中の少女達は爽やかなイメージはなくきついメークをして子供らしいとは言えない異様な雰囲気でした。後から母親に聞いたのですが写真集は書店から父親が買ってきたものだと言っでいました。その頃は子供の裸
私は現在、香川県高松市に住む46歳。高校を卒業後、大阪に出て通信課程を経て美容師免許を取り、少しの休職期間はあったものの現在に至るまでの間、美容室でサロンワークにつかせてもらっております。 二十歳で結婚をしました。二人の子供にも恵まれ、一人目の子供の出産を機に大阪から香川に戻ってきました。三十歳の時離婚してしまい子供達には寂しい思いをさせてしまいましたが、今はもう二人共、成人して長男は県外に就職、長女も県外の大学へ進学しました。四年前からこの先の人生を共に過ごしたいと願うパートナーとの出会いもありました。 今まで周りの人々にいつも助けていただき、今日まで頑張ってくることができたと感謝しています。 私には学生時代からの友達にすら今まで言えなかった過去があります。ずっと言いたかったのですが、とても恥ずかしく惨めで、言いだすことができませんでした。言ってしまうことで友達に気を遣わせてしまい、本当
【この記事は母親へ理解を求めていつかは自分を産んでくれた母親なのだから私の痛みをわかってくれるはずと頑張っていた頃に書いたものです。性虐待から乗り越える為の大切な過程としてこの記事を残します。1年近くかけて話し合った結果、私の望む母親像は彼女の中にはありませんでした。残念な事ですが、被害を打ち明けた14歳の時に守ってくれなかった時点でその事は証明されていたのに、私自身が受け入れるのに30年もかかってしまったようです。どうか娘から家族の中に加害者がいる事を打ち明けられた時は全力で娘さんを守ってあげて下さい。どうにか取り繕って家族を続けていけるのではないのかという甘い考えは捨てて下さい。打ち明けた時の周りの大人の対応でその後の被害者の心の回復は大きく変わってきます】 七十一歳になる母親は、徳島県の田舎町に四番目の子として産まれました。 上の三人は男の子で初めての女の子だったので、両親からすごく
【この記事は母親へ理解を求めていつかは自分を産んでくれた母親なのだから私の痛みをわかってくれるはずと頑張っていた頃に書いたものです。1年近くかけて話し合った結果、私の望む母親像は彼女の中にはありませんでした。残念な事ですが、被害を打ち明けた14歳の時に守ってくれなかった時点でその事は証明されていたのに、私自身が受け入れるのに30年もかかってしまったようです。どうか娘から家族の中に加害者がいる事を打ち明けられた時は全力で娘さんを守ってあげて下さい。どうにか取り繕って家族を続けていけるのではないのかという甘い考えは捨てて下さい。打ち明けた時の周りの大人の対応でその後の被害者の心の回復は大きく変わってきます】 前回の記事の続き 昨年12月はじめ頃、仕事からの帰り夜、母親に「私、性虐待を受けて育った事を隠さず公表して、私のような被害者が今後出ないようにする活動をしていきたい。私のような被害者が、現
昨日は、広島で講話させてもらいました。性犯罪捜査に従事する警察官の方々に「被害者からみた性犯罪捜査」というテーマでお話を聞いてもらいました。 私の経験した性被害の話やどうして被害者は嫌と言えないのか、声をあげづらいのか、加害者はどのような人物だったかなどを話しをさせてもらったのですが、80分間と長い時間でしたが皆さまが真剣に耳を最後まで傾けてくださり質問もたくさんしてくださってとても嬉しくこちらが温かい気持ちにさせてもらいました(^ν^) こんなに多くの方が性犯罪について学ぼうとしてくださってること、共通認識としてとらえてくださることが当事者として感謝ですし、2次被害のない世の中に変わっていっていることを肌で感じました。 涙を浮かべながら真剣に聞いてくれる女性や、一つ一つにうなづきながら聞いてくれる若い男性や、時代は良い方向に間違いなく向かってる。 もっともっと多くの方が家庭内で起こる性暴
何十年経っても癒えることのない心の傷 世の中にはタブーとされている近親姦 。誰もが信じ難く目を背けたくなるようなことが、一見普通に見える幸せそうな家庭にもあること、実父親や母親の再婚相手、叔父さんなど近親者による性虐待があるという事実を、一人でも多くの人に知ってもらい、 正しい理解の上で自分の周りにいる子供たちに目を向け、子供からのわずかだけど精一杯の心のサインを見逃さないで欲しい、子供の言うことを信じて疑わず否定せず、性虐待の被害に気づいてもらいたいと願いながら、 自分の過去を、5歳から中学2年まで実の父親から性虐待を受けていたことを公表する決心をしました。 性虐待被害は、ほとんどが家庭という塀の中で表沙汰になることなく固く閉ざされています。 被害者はそのことから何年経っても言い出すことができず、苦しみ続けます。 永遠とも思える暗闇にのみこまれた被害者は、心を殺され、生きることに絶望を感
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