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去る7月15日、東京大学駒場キャンパス18号館にてUTCPワークショップ「江戸の読書方法と訓読文」が開催された。本ワークショップは「明治日本の言文一致・国語施策と中国をはじめとする漢字圏諸国への波及についての研究」プログラムの一環として開かれたものである。今回の発表者は愛知教育大学の前田勉氏であり、氏は『江戸後期の思想空間』、『江戸教育思想史研究』など、江戸研究の分野において様々な業績を挙げて来た。今回の発表内容について、以下に記したい。 まず、氏は江戸の学問はなぜ盛んだったのかについて検討した。立身出世を学問の目標とする中国や朝鮮と違い、江戸時代には、学問=読書はあくまでも家業の余暇に行う嗜みに過ぎず、必ずしも奨励されていなかった。にもかかわらず、江戸の世襲身分制社会に埋没することを拒否し、生きる意味を探すために学問を志した人は多くいた。そこに、江戸において多様で個性豊かな学問が盛んにな
2017年3月7日(火)、ワークショップ「日本のサブカルチャーはダイバーシティに耐えるか」が開催された。以下は企画・司会を担当した筒井晴香(UTCP特任研究員)による報告である。 **** 本ワークショップは、日本のサブカルチャー(今回は主にアニメが話題となった)において見られるクィア性や攪乱性のあり方を考えたいという筒井の問題関心から出発したものである。司会・提題の筒井ほか、川村覚文氏(東京大学UTCP)、田中東子氏(大妻女子大学)を提題者に、隠岐さや香氏(名古屋大学)をディスカッサントに迎えて開催の運びとなった。 川村氏の発表「帝国の記憶とアニメのポリティクス」では、アニメ『ラブライブ!』(2013-2015年)と神田明神のコラボ、また旧日本軍のモチーフが登場する「ミリ萌えアニメ」作品群、その中の一つである『ガールズ&パンツァー』(2012-2013年)への自衛隊の協力やコラボイベント
ワークショップ「日本のサブカルチャーはダイバーシティに耐えるか」 今日の漫画・アニメ等の日本のサブカルチャーにおいては、しばしばクィア的・攪乱的側面を持ったコンテンツが生まれる一方で、政治的正しさに関する危うさ・ナイーブさが指摘され、論争を呼ぶこともある。そのような状況に際して、政治的正しさに対する意識の欠如をごく単純に糾弾することも、逆にその自由さを手放しで讃えることも、あるいは「良い/悪いコンテンツ」を截然と区切ろうとすることも、いずれも困難であろう。また、コンテンツの政治性をめぐる衝突に関しては、今日のインターネット・SNS環境におけるコミュニケーションの複雑さをも考慮に入れる必要がある。本WSでは『ユーリ!!! on ICE』、『ラブライブ!』、『Axis Powers ヘタリア』、『サムライチャンプルー』といった具体例をめぐり、日本のサブカルチャーの、diverseであるともない
主にはカント以降の、思考と存在の相関関係に基礎をおく相関主義、あるいは有限性の思考を批判するカンタン・メイヤスーの『有限性の後で』の出版記念イベントが、2016年6月18日、東京大学駒場キャンパスにて開かれた。 「究極的な理由がないこの世界を言祝ぐ」という中島隆博氏による書評と同じタイトルをもつ今回のイベントは二部構成となっており、第一部では『有限性の後で』の共訳者である千葉雅也氏、大橋完太郎氏、星野太氏による問題提起がなされ、第二部では野村泰紀氏によるマルチバース論(多元宇宙論)にみる現代物理学における確率、偶然性についての講演がなされた。 最初の登壇者であった星野氏は、メイヤスーを「思弁的実在論」から切り離して読むことの哲学(史)的意義を『有限性の後で』の読解から論証した。メイヤスーは「思弁的実在論」ではなく、「思弁的唯物論」という表現を用いており、それは絶対的なものへのアクセスが可能
2015年11月8日(日)、ワークショップ「イケメン×2.5―境界、まなざし、在/不在」が開催された。以下は企画・司会を担当した筒井晴香(UTCP特任研究員)による報告である。 今回のワークショップでは、『ユリイカ』 2014年9月臨時増刊号『総特集イケメン・スタディーズ』、同2015年4月臨時増刊号『総特集2.5次元―2次元から立ちあがる新たなエンターテインメント』の寄稿者・編集者を招き、『ユリイカ』発刊後の展開も含めて議論を行った。提題者は岩下朋世氏(相模女子大学)、岩川ありさ氏(東京大学)、石田美紀氏(新潟大学)の3名、コメンテーターは上田麻由子氏(上智大学)である。トークセッションからは『イケメン・スタディーズ』『総特集2.5次元』の編集を手掛けた明石陽介氏(青土社)にも加わって頂いた。 初めに、筒井が導入として『ユリイカ』において示された「イケメン」と「2.5次元」という二つの概
2010年6月4日、パリ第4=ソルボンヌ大学教授ジャクリーヌ・リシュテンシュテイン氏による講演が行われた。今回はソルボンヌと日本の諸高等教育機関との協力関係樹立という公務を帯びて来日された由で、多忙なスケジュールの合間を縫っての(しかし充実した)レクチャーとなった。 【ジャクリーヌ・リシュテンシュタイン教授】 リシュテンシュテイン教授はとりわけ古典主義期(17世紀)フランスの芸術理論の緻密かつ大胆な読解で知られるが、今回の講演では視野を拡げ、美学の歴史を辿りなおされた。中心となる地域はドイツとフランスである。 今日美学は哲学の一部門として確固たる地位を占めている。しかしそこに至る道のりは決して平坦なものではなかった。周知のとおり、近代的ディシプリン(学問領域)としての美学 esthétique, Ästhetik は、ライプニッツ=ヴォルフ派の哲学者バウムガルテンの著書 Aesthetic
前回に引き続き、シンポジウム「立憲デモクラシーの危機と東アジアの思想文化」の模様について、報告いたします。 ********************************** つづいて、最後の登壇者として島薗氏が発題された。島薗氏はまず、このシンポジウムが開催されることになった経緯を述べられたのち、なぜ「東アジアの思想文化」というテーマとしたのか説明された。「憲法」や「立憲主義」と行った概念はそもそも西洋由来であり、そのため非西洋世界に住む者にとってはあたかも上からやってきたような印象を受ける。そのため、現在の立憲デモクラシーの危機に際しては、西洋と日本を対立したものとして捉えたうえでその対立線に沿って議論してしまう傾向がみられるが、島薗氏によれば、そのような対立的な見方を採用すべきではないという。近年は日本にとって西洋の存在が遠くなり、むしろ反発という形で中国や韓国に似てきていると分析
「時代と無意識」+UTCP短期教育プログラム「歴史哲学の起源」の合同演習として、12月3日、大竹弘二の発表「政治神学的敵対の終焉をめぐって――カール・シュミットとハンス・ブルーメンベルク」が行われた。 大竹の発表は、『近代の正統性』の第一版(1966)の出版をきっかけに生じたシュミットとブルーメンベルクの論争を主題にし、ブルーメンベルクの錯綜した議論を慎重に解きほぐしながら、両者の論争の争点を明らかにするものだった。 大竹はまずシュミットの政治思想を普遍主義批判という観点から導入しながら、『政治神学 II』(1970)出版の経緯を、第二次世界大戦後の政治と神学の状況をシュミットがいかに解釈していたのかを背景にして説明した。シュミットの根本的立場は戦前と変わりなく、一貫して普遍主義的な進歩主義への批判であった。そのときとりわけ批判の対象となるのが、人類が次第に理想へと近づくとする進歩の歴史哲
2013年7月23日、東京大学駒場キャンパスで文景楠(UTCP)による講演会「自然を論じること:マクダウェル・アリストテレス・プラグマティズム」が行われた。この発表は、UTCPによる若手中心の研究会〈思考のレトリック〉シリーズの第3回として開催されたものである。同じくUTCPの星野太と西堤優をそれぞれ司会とコメンテーターに迎え、約20人の参加者とともに二時間に渡って議論した。 発表者が問いの出発点としたのは、現代の我々の多くが(程度の差こそあれ)共有している「科学的世界観」というものが、どのような内実をもつものであり、我々の生活の実感をどこまでうまく説明しているのかという点である。科学的世界観の内実がそもそも非常に特定しづらいものであることはいうまでもないが、発表者は、特に因果的閉包性と自然の外部の否定をその重要な特徴として提示し、それが自由や規範といった人間的な領域の存在に疑問を投げかけ
2013年5月28日、東京大学駒場キャンパスにて、ヤン・ミェズコウスキー教授(リード大学)の講演会「近代戦争の五つのテーゼ(Five Theses on Modern War)」が開催された。 ヤン・ミェズコウスキー(Jan Mieszkowski)氏は、カントからアルチュセールにいたる美学と政治/経済の問題を「想像力」という観点から論じた『想像力の労働』(Labors of Imagination, Fordham University Press, 2006)の著者であり、同時にド・マンやデリダ、さらには現代美術に関する論考などを精力的に発表している気鋭の論客でもある。今回の講演会は、昨年刊行されたミェズコウスキー氏の二冊目の著書『戦争を見る』(Watching War, Stanford University Press, 2012)にもとづくものであり、新潟大学の宮﨑裕助氏を司会・
昨年の10月からはじまった「ダンスと身体」シリーズの最終回が、2013年2月16日(土)、コンテンポラリーダンサー山崎広太さんを迎えて駒場キャンパス21KOMCEE 101室で開催された。 「ダンスと身体」シリーズは、3名のダンサーの方がそれぞれのテーマで講演とワークショップを行うものである。ダンスの公演ではなく、ダンサーが踊ることに対してどのように自らの身体と向き合い、どのような感覚や他者との関わりにおいて作品をつくっていくのか、これをレクチャーとワークショップによって、聴衆者がダンサーと一緒に体を動かしダンスの身体と知覚にせまるという試みである。 第1回目は、山田せつ子さんに「身体と知覚」というテーマで講演とワークショップを行っていただき、第2回は木野彩子さんが「越境する身体」をテーマにレクチャーした。 最終回となる今回は、山崎広太さんをお招きして「共生する身体」について講演が行われた
わたしたちの身体には、近過去からはるか古代の記憶までが内在しているのではないだろうか。現在の身体にその痕跡をさぐるため、「記憶と身体」をテーマに3名の講演者がそれぞれ「身体技法」「身体音楽」「身体文化」をキーワードに、レクチャーとワークショップから明らかにしていく。 第2回目の「身体音楽」では、中川つよし氏による中世・ルネサンス音楽の図像学的考察と、ダンスによるワークショップが行われる。14世紀イタリアのイスタンピッタ舞曲の図像学的考察から、イスタンピッタがキリスト教社会が成立する以前の「異教的な舞踏」のイメージを「記憶」として持っていたことを考察する。 ワークショップでは中川氏のリコーダーと古楽器奏者・飯塚直氏の指導で、宮廷舞曲パヴァーヌやブランルなどの舞踏を踊り、ルネサンス時代の「身体音楽」を体感する。 プログラム 14:00-15:30 レクチャー 15:45-17:00 ワークショ
2013年3月20日、桜が咲き始めた頃、東京大学駒場キャンパスにおいて、パリ第8大学教授ブリュノ・クレマン氏の講演会「哲学者は作家か?」が開催された。この講演は関東学院大学准教授の郷原佳以氏が企画立案し、日本学術振興会の外国人招聘研究者事業(短期)の支援により行われた。全5回講演で、この日はその最終日であった。 パリ第8大学の授業風にと提案された講演会は、司会者の小林康夫先生によるクレマン氏に対するある問いかけから始まった。「哲学者は作家か?」というタイトルに因んで立てられた「クレマン氏にとっての哲学者とは誰か」という問いに、「ポール・リクールとジャック・デリダ」と答えたクレマン氏は、90年代終わりにおけるこの二人との思い出を語ってくれた。この日参加した聴衆は氏と二人の偉大な哲学者との厚い信頼関係を伺うことができたのだった。 さて、本題において、まずクレマン氏は「哲学者は作家か?」という自
2013年3月26日(火)に、東京大学駒場キャンパスにて、ワークショップ「人文学と制度」が開催された。本ワークショップは、先頃刊行された西山雄二編『人文学と制度』(未來社、2013年)の合評会というかたちで、人文学の今日的な意義とその将来性を描き出すことを目的としたものである。 本ワークショップに登壇したのは、2009年に刊行された『哲学と大学』(UTCP叢書3、未來社)に続き本書の編者を務めた西山雄二と、その他の中心メンバーである大河内泰樹、藤田尚志、宮崎裕助の各氏である。そこに、同書の執筆者でもある星野太(UTCP)と、梶谷真司(UTCP)が登壇者として加わった。 前半のセッションでは、西山氏が同書の概略を提示し、大河内・藤田・宮崎各氏が自身の執筆論文の紹介と、同書全体に対するコメントを行なった。詳しい内容は同書の記述と重複するので割愛するが、各氏の論文タイトルは次のとおりである。 宮
予測する心。これが今回の連続講演会のテーマだった。脳はとにかくまず予測する。世界がどうなっているのかを。しかし、ただ予測するだけではなく、世界から与えられる感覚入力と予測とのずれ(誤差)を計算して、その誤差を最小化しようとする。そうやって世界の正しい表象に到達しようとするのだ。この「予測誤差最小化モデル」はじつに野心的である。それでもって心に関わるいっさいの現象を説明しようというのだ。 知覚も、信念も、欲求も、さらには、感情も、行為も、注意も、意識も説明してしまう。それどころか、予測誤差最小化メカニズムの何らかの異常・変調として、自閉症や統合失調症などの精神疾患も説明してしまう。じつに包括的なモデルである。もちろん、それだけに課題も多い。しかし、魅力的な課題を次々と惹起することもまた、この野心的なモデルの魅力のひとつだ。心に関するこれだけ包括的なモデルの出現を喜ぶとともに、今後のさらなる発
第1回「障害の哲学」国際会議:障害学と当事者研究――当事者研究の国際化に向けて 講演/ラウンド・テーブルなどを2日にわたり開催いたします。 *30日は英語、31日は日本語が主要言語になります。 日時:2013年3月30日(土)・3月31日(日) 会場:東京大学駒場Iキャンパス(京王井の頭線・駒場東大前駅下車) 30日:18号館4階コラボレーションルーム3 31日:18号館1階ホール 主催:東京大学大学院総合文化研究科/教養学部付属共生のための国際哲学研究センター(UTCP)・上廣共生哲学寄付研究部門「共生のための障害の哲学」プロジェクト(UTCP/PhDC) 共催:文部科学省科学研究費補助金・新学術領域「構成論的発達科学:胎児からの発達原理の解明に基づく発達障害のシステム的理解」C01当事者研究による発達障害原理の内部観測理論構築とその治療的意義 March 30 Tom Shakespe
2011年3月9日、東京大学駒場キャンパスにて、イタリア人文科学研究所所長ロベルト・エスポジト氏を招いての講演会が行われた。エスポジト氏のほかにも、司会者に京都大学教授の岡田温司氏、ディスカッサントにノースカロライナ大学のフェデリコ・ルイゼッティ氏を迎えた本講演会は、計3時間以上にもわたって議論が行われ、彼の思想のアクチュアリティを吟味する格好の機会となったと言えるだろう。 まず最初に司会である岡田氏から、イタリア現代思想の総合的な解説とその中でエスポジト氏が占める位置取りについて丁寧な説明が与えられた。岡田氏の指摘によれば、エスポジト氏のみならず、アガンベンやカッチャーリ、あるいはヴァッティモなどのいわゆるイタリア現代思想が注目される原因として、イタリアが「国民国家」として良くも悪くも機能してこなかったことにまつわる地政学的な条件があげられる。中心的権力不在のなかから生まれたこれらの思想
1月30日(水)、研究会「イメージの作法」第4回が行われた。発表者としてお招きしたのは、ディディ=ユベルマン『残存するイメージ――アビ・ヴァールブルクによる美術史と幽霊たちの時間』(人文書院、2005)の訳者であり、舞台芸術にもくわしい、竹内孝宏氏(東京大学)。 発表タイトルは、「イメージは踊る、イメージを踊る―『残存するイメージ』から『孤独のダンサー』へ」。フランスの美術史家・思想家ジョルジュ・ディディ=ユベルマンの二著作を通して、「イメージ」と「舞踊」の問題を掘り下げる試みだ。 2002年に出版されたディディ=ユベルマンの大著、『残存するイメージ』は、狂気の淵から未聞の「文化科学」を立ち上げようとした美術史家、アビ・ヴァールブルクをめぐって書かれた理論書である。(ヴァールブルクの錯乱的な思考については、UTCP事業推進担当者・田中純氏による『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』(青土社、
2012年10月15日(月)、上廣共生哲学寄付研究部門L2「共生のための障害の哲学」プロジェクトの第8回研究会「フェミニスト現象学と障害」が開催された。齋藤瞳氏(日本大学 通信教育部 非常勤講師)、筒井晴香氏(立教大学/日本学術振興会 特別研究員 PD)、宮原優氏(いわき明星大学 非常勤講師)を講演者として迎えた。 初めに齋藤氏が「私の身体はどこまで私のものか」と題して講演を行った。まず齋藤氏は、ロックの『市民政府論』に言及しながら「私の身体」は「私」の所有物であり、「私」は自分自身の「身体」に対する所有権をもっているという考えを導き出した。続いて、この「身体=私のもの」という図式は女性の身体の場合には揺らぐケースが多いと彼女は指摘した。中絶、代理母出産、着床前診断、出生前診断、養育、介護など、「身体=私のもの」という図式が必ずしも該当しないケースが自己(身体)所有論に関する多様な考察を求
去る5月27日、UTCP研究員の早尾貴紀氏が今年3月に出版した著書『ユダヤとイスラエルのあいだ―――民族/国民のアポリア』をめぐるワークショップが開催された。議論は主として、UTCP研究員の勝沼聡氏、および元UTCP研究員で現在は高崎経済大学の講師をしている國分功一郎氏という二人のコメンテーターが本書に寄せた所見や疑問に対して、早尾氏が応答するという形で進行した。 (左から、國分、早尾、勝沼氏) ワークショップの冒頭、議論の導入としてまず早尾氏がこの著作を執筆するに至った経緯が、氏の学問的自伝を交えて語られた。元々は近現代ヨーロッパ思想を学問上の出発点とする早尾氏は、ユダヤ・シオニズム問題の歴史的研究や中東・イスラエルの地域研究を固有の専門領域としていたわけではない。しかしながら、このことが本書に何か瑕疵を生じさせるような結果をもたらしているわけでは決してない。むしろ、早尾氏のそのような学
東京外国語大学総合文化研究所 ART TRACE 共催企画 セザンヌ―自然哲学としての芸術 自然への傾斜と美術館の体現する絵画的記憶への傾斜とのあいだで自らの制作を展開したセザンヌ、その大規模な展覧会が開催された機会に、この画家の作品群が提示する思考の諸局面を改めて検討する場を持ちたいと思う。その「教え」としての絵画は、モティーフの不断の増大という非=飽和的な徴のもとで、自然哲学的な思考の展開をひとつの芸術原理として提示してはいないだろうか。 Ⅰ部 「自然と美術館との間で」 座談会(14:00~) 岡崎乾二郎 小林康夫(UTCP) 松浦寿夫 Ⅱ部 「自然、筆触、リズム」 討議(15:30~) 荒川徹(UTCP) 佐藤雄一 林道郎 松浦寿夫 日時: 2012年6月23日(土)14:00~17:30(開場:13:30) 場所: 東京外国語大学研究講義棟101教室 地図 入場無料 ※事前予約は
2009年7月23日(木)、昨年度より継続の短期教育プログラム「歴史哲学の起源」の今年度第1回公開共同研究として、森田團氏(UTCP特任研究員、以下敬称略)の発表「カタルシスと崇高――ベンヤミンにおける詩学と歴史哲学」が行われた。 発表の冒頭では、プログラム主催者である森田により、目下の問題意識に基いて今後の研究計画の概要が述べられた。 今年度の「歴史哲学の起源」研究において柱となるのは、テーマ1:歴史哲学とギリシア悲劇解釈の関係の究明と、テーマ2.歴史哲学と予型論(ないしはタイプ論)との関係の究明の二つである。 ペーター・ソンディが「悲劇に関する思索はドイツ固有のものである」と概括するように、観念論以降のドイツ哲学は主要な対象としてギリシア悲劇を扱ってきた。悲劇解釈の流れは、ヘーゲルをはじめ、シェリング、シュレーゲル、シェリングとシュレーゲルの弟子であったラソー、『存在と時間』第77節に
東京大学グローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター」 (UTCP) 中期教育プログラム「イメージ研究の再構築」 ファイナル・コロキアム 第1部 14:00–15:30 開会の辞 三浦篤(「イメージ研究の再構築」事業推進担当者) 美術史と人類学の対話 水野千依著『イメージの地層――ルネサンスの図像文化における奇跡・分身・予言』をめぐって 司会=小池寿子(國學院大學教授) 水野千依(京都造形芸術大学教授|UTCP外部協力者) 『イメージの地層』――方法論的視座から 金沢百枝(東海大学准教授|UTCP外部協力者) 中世美術と『イメージの地層』の世界 総合討議 休憩(15分間) 第2部 15:45–18:30 「イメージ研究の再構築」所属研究員による発表 各20分+質疑応答10分 司会=三浦篤 近藤学(PD) ベルクソンによるマティス/マティスによるベルクソン 小泉順也(PD) ポール
2012年2月18日(土) 14:30 開場 15:00 開会 15:05-16:10 菅原誠一 (東尾張病院)「フロイト思想における個体を超えたもの」 司会・指定討論:原和之(東京大学大学院) 16:20-17:25 向井雅明 (精神分析相談室)「分析の終結について」 司会・指定討論:鈴木國文(名古屋大学) 17:35-18:45 特別講演 新宮一成(京都大学)「フロイトの象徴論——精神療法の関係」 司会:加藤敏(自治医科大学) 19:00-21:00 懇親会 2012年2月19日(日) 8:30 開場 9:00-10:05 角田京子「数の心理学的意味──1と2の数列から3を創ろうとした統合失調症のケース」 司会・指定討論:花村誠一(東京福祉大学) 10:15-11:20 渡邉俊之(わたなべメンタルクリニック)「欲望、共同体、スキゾフレニア——「純粋共同体」をテーマに 「猫町」(朔
2011年10月25日(火)、本学駒場キャンパスにて、高橋睦郎講演会「三島由紀夫と私と詩」が開催された。会は、高橋さんとUTCPの拠点リーダーである小林康夫との対談で行われた。 まず、海外の研究者の間でも関心も高い三島由紀夫について、高橋さんにシャーマンとして語ってもらいたいという要望が小林からあった。 高橋さんによれば、三島との交流のはじまりは、高橋さんの詩集を読んで、三島が職場に電話をかけてきたことだという。ぞんざいさと丁寧さの織り交ざった口調で、その日のうちに三島と会うことが決まった。場所は銀座の高級中華料理屋で、そのとき高橋さんは次の詩集に三島の言葉を載せることを約束してもらい、その後三島から手書きの原稿が届いた。ただし、それはすべて男色の話であったが……。 三島については、天皇制の信奉者というイメージがあるが、高橋さんによれば必ずしもそうではないという。三島は正統性を唱えるようで
昨年度(2010年11月)に開催した『原子力と参加型テクノロジー・アセスメントの可能性』につづき、UTCP「科学技術と社会」プログラムは、今年度も原子力をテーマにしたシンポジウム『脱原発シナリオをアセスメントする』を開催いたします。 使用言語:日本語 入場無料 事前登録をお願いします⇒こちらからどうぞ 【プログラム】 13:00-13:10 開会の辞/趣旨説明 13:10-14:10 井野博満(東京大学名誉教授) 『材料劣化・設計不備・立地不適などの技術的観点からみた危ない原発』 14:10-15:10 室田 武(同志社大学教授) 『温暖化をめぐるワインバーグの亡霊』 15:20-16:20 大林ミカ(自然エネルギー財団) 『原発のない低炭素社会の実現』 16:20-17:20 吉岡 斉(九州大学教授・副学長/東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会委員) 『脱原発にロードマッ
2011年9月3日、東京大学駒場キャンパス18号館ホールで、ワークショップ「精神疾患研究の科学論――生物学的アプローチの検討」が開催された。 近年、精神疾患に関する遺伝子研究・分子レベルでの研究や脳イメージング技術を利用した研究によって、様々な知見が蓄積されてきた。このような「生物学的アプローチ」による精神疾患研究は、精神疾患をどこまで解明することができるのか。これが今回のワークショップの主なテーマである。 【講演】 まず、加藤忠史氏(理化学研究所・脳科学総合研究センター精神疾患動態研究チームリーダー)が「精神疾患克服へのロードマップ」と題する講演を行った。精神疾患の原因が心理や社会に求められがちな日本では、反精神医学的な動きが高まる一方で、生物学的アプローチによる精神疾患の原因解明はもはや諦められたかのように見える。そのような状況を打開するべく、加藤氏は精神科医療の未来をポジティブに展望
東京大学グローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター」(UTCP) 中期教育プログラム「イメージ研究の再構築」主催 ワークショップ エドゥアール・マネの絵画 イメージの等価性と操作性をめぐる試論 発表者:三浦篤(みうらあつし|東京大学大学院教授・UTCP事業推進担当者) レスポンダント:藤原貞朗(ふじはらさだお|茨城大学准教授・UTCP外部協力者) 2011年9月24日|土|16:00–18:00 東京大学駒場キャンパス|18号館4階|コラボレーションルーム2 入場無料|要事前登録⇒定員大幅超過のため、申し訳ありませんが受付を締め切らせていただきました(09/10/2011) 使用言語:日本語 お問い合わせ・参加申込:image.studies[アットマーク]utcp.c.u-tokyo.ac.jp 【報告】 フライヤーをダウンロード(PDF|2.4MB)
2011年8月2日、UTCPワークショップ「海賊と国際秩序」が東京大学駒場キャンパス18号館コラボレーションルーム1で開催された。同イベントでは、『現代思想』2011年7月号(特集=海賊――洋上のユートピア)の執筆者のうち4名が集い、約2時間半にわたって討議を行った。 過去にもUTCPでは『現代思想』の特集「人間/動物の分割線」(2010年7月号)を土台としたワークショップ「人間と動物の共生」が開催されている。今回のワークショップでは、「海賊」をめぐる同誌の論考の中でも、とりわけ国際法およびそれに隣接する国際秩序の問題を議論の出発点とし、阿部浩己、宮﨑裕助、矢部史郎、星野太の4名の寄稿者が討議に加わった。 近年、とりわけ法哲学や文化研究の領域において、「海賊」という主題を扱った著作が英語圏を中心に目立つ傾向にある。今年の春に刊行されたペンシルヴァニア大学出版局の学術雑誌『Humanity』
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