強風とにわか雨には参ったけれど、キスノス島は他のギリシャの町よりもずっと面白かった。そこには質素でありながらも堅実な日々を送る人々の生活の実感というものがあった。 キスノス島の丘の上に立つ小さな教会は、アテネのアクロポリスの丘に立つパルテノン神殿よりも、ずっと鮮明に記憶に刻まれた。僕の目には、栄光に包まれたギリシャ文明の残照よりも、今を生きるギリシャ人の生活の方が魅力的に映った。 「俺たちは人生を楽しんでいるんだ」 とキスノスの港近くにある食堂で働いている男が言った。元々はアテネで数学教師をしていたのだが、事情があってこの島にやって来たのだという。 「日本人はみんな仕事が好きだって聞いたことがある。真面目で優秀な人たちだけど、楽しむことを知らないんじゃないか?」 男は僕に白ワインを勧め、自分のグラスにもなみなみと注いだ。 「日本はずっと貧しかったんですよ」と僕は言った。「だから