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私には宗教はない。何かの信仰をもつ、ということがよくわからない。既成の、特定の宗教を信じるということがほんとうにわからなくて、例えばキリスト教徒の方はイスラム教という「別の世界体系」をどう思っているのだろうかと、不思議に思う。もちろん、特定の信仰をもったたくさんの人々がいて、異なる世界体系としての別の信仰をもった人々と、これまでなんとかうまくやろうと努力してきたということは知っている。そういう話ではなく、もっと個人的な、実存的なレベルで、信仰をもつということがわからない。 ずっと以前、あるキリスト教徒の高齢の社会学者に、信仰をもつということはどのようなことか、それは「神が実在している」という信念をもっているということか、としつこく聞いたら叱(しか)られたことがあって、いまでもこの「叱られた」ということに、なんとなく納得がいかない。まだ私も若かったころの話で、いまならそんなことは聞かないが、
ヴァルター・ベンヤミンという批評家がいる。幾多の不運に、もみくちゃにされ、定職にもつけず、仕事もほとんど理解されず、国を追われ、亡命途中ピレネー国境を越えられず、自殺したと言われている。ハンナ・アレントはベンヤミンの友人で、彼の遺稿を救った一人であるが、彼を、絶えず貧乏くじを引く不運な男として描いている。たとえば、彼の最初の出版物は学界の大御所への批判を含んでいたため、その後、彼を永遠に学界から遠ざけたと言われるが、彼自身はそんなことは思いもよらず、その大御所からも当然受け入れてもらえると思い込んでいたのだ。それをアレントは、彼の不器用さが招き寄せてしまう不運の一つと見ているが、果たしてそうだろうか? 幼いころからとびきり理解ある理想の交友に取り巻かれたことからくる、人間理解に対する大いなる楽観が、そうしてしまうのではないか? つまり、彼の不運は、彼のまれな幸運の結果なのである。 ベンヤミ
詩をもつこと ―シモーヌ・ヴェイユと現代― ――労働者に必要なのは、パンでもバターでもなく、美であり、詩である。 今から約100年前のパリに生まれ、わずか34年でその生涯を閉じたユダヤ系フランス人の哲学者、シモーヌ・ヴェイユ(1909‐1943)の言葉である。 人間を「モノ化」する風潮が蔓延する昨今、多くの人々が「生きづらさ」を抱え、自らの生に希望を見いだせずにいる。そのような閉塞感ただよう現代において、ヴェイユの言葉は独特の響きをもって――決して多くはないが、しかし確実に――読み継がれている。 ヴェイユは、失われた実在(リアリティ)が喚起されるような出来事を「詩をもつこと」と言い表すが、そこで言われる「詩」とは一体何なのか。 長年、ヴェイユ研究に携わり、『シモーヌ・ヴェイユの詩学』(慶應義塾大学出版会)の著者として知られる今村純子氏に、その深意をうかがった。 今村 純子 氏(思想史・芸術
「生(life)」と「経験」からみた宗教史(後編) 吉永 進一 氏 (龍谷大学世界仏教センター客員研究員) 聞き手 長谷川 琢哉(親鸞仏教センター嘱託研究員) 飯島 孝良(同上) 吉永進一(よしなが しんいち) 1957年生まれ。京都大学理学部生物学科卒業、同文学部宗教学専攻博士課程修了。舞鶴工業高等専門学校教授を経て、現在は龍谷大学世界仏教センター客員研究員、英文論文誌『Japanese Religions』編集長。 専門は宗教学(ウィリアム・ジェイムズ研究)、近代仏教研究、近代霊性思想史。2007年12月、論文「原坦山の心理学的禅:その思想と歴史的影響」で「湯浅賞」受賞。 編著に『日本人の身・心・霊―近代民間精神療法叢書』(クレス出版)ほか。共著に『ブッダの変貌―交錯する近代仏教』(法藏館)、『近代仏教スタディーズー仏教からみたもうひとつの近代』(法藏館)ほか。翻訳に『天使辞典』(創
2012年10月に著作権法が改正されたことにより、インターネット上に違法にアップロードされた映像や音楽などをダウンロードする行為に対して、2年以下の懲役または200万円以下の罰金、もしくはその併科という刑事罰が科せられるようになった。しかし、この改正には違法コピー排除の実効性に乏しいこと、警察の捜査権の濫用(らんよう)につながることなどから日本弁護士連合会(日弁連)やインターネットユーザー協会(MIAU)などが反対を表明していた。 この問題には、実は私たちが法というものに向き合うことについて、現代社会が抱える問題があらわれている。それが何であるのか、知的財産を専門とする法学者の白田秀彰氏にお話をうかがった。 白田秀彰氏インタビュー 「著作権法改正にみる法と善悪の問題」 聞き手 春近敬(親鸞仏教センター研究員) ■著作権とは ――著作権とはどのようなものであるかというところから、今
研究誌『現代と親鸞』 親鸞仏教センターの研究員による論文、外部講師にご出稿いただいた研究会の報告、公開講座「親鸞思想の解明」の講義録など、当センターの最新の研究成果を収録した研究誌。
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