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災害への備え
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TOKYO MODEL 1:1000で再現された新宿副都心 「TOKYO MODEL」は、1:1000で東京の主要部を再現した模型である。デジカメで撮影したビルの外観写真をヴォリューム上に貼付け、実際の建築物の表情を再現しているだけでなく、半年に一度程度更新を行って、常に現在形を再現しているという。いわばヴァーチャルな東京のように「生きる模型」である。 アーカイヴの技術的環境は、1990年代にデジタル化という大きな転換があり、私たちの世界の記録のあり方を「有用な記録を選別し残す」構造から、「ありとあらゆる記録を残す」構造へと移行させつつある。この「TOKYO MODEL」こそは、その変化のイメージを体現する新たな都市空間の記録装置として捉えることができるだろう。ここでは、都市空間の将来像を描くためのツールとして作成されたという「TOKYO MODEL」の開発経緯や機能、今後の発展可能性
photographed by katsuhiro watanabe 2月6日、INAX:GINZAにてイベント「LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010」が開催され、盛況のうちに終了しました。 1. まずはムービーでイベントの熱気を感じて下さい。 keTKKoeNxXc Y-PAC.TV vol.2 LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010 フリーペーパー同様、当日会場で映像の「ライブ編集」を行い、公開したものです。 制作は横浜国立大学の学生グループY-PAC。 2. 実況レビューで詳細をご覧下さい。 LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010 実況レビュー(松島JP) 3. さらに内容をじっくり追いたい方はust動画をご覧下さい。 #LRAJ2010 USTREAMレポート(fujii-TV) photographed by katsuhi
100年に1度くらい絵を描きます。 『crack』 / 『cruck』 どうなっているのかというと、 こうなってて… こうなっています。 大きいサイズのものはこちらに展示しています。 実物サイズはφ250mmくらい。 ともに6時間くらい、インクペンでしこしこと。 以前、2009.12.19.mashcomix10周年記念パーティのエントリを 読んでくださった方はお気づきかと思いますが、 ライブペインティングでのひび割れドローイングを応用してます。 これをつくるタイミングの機会を与えてくださったのは、 QR CODE MUSEUM (キューアールコード美術館)を主催したg86の皆さん。 QR CODE MUSEUM 前回からドカンとディベロップしたこの企画に参加作家としてお声掛けいただき、 都市空間に浮遊するQRコードから絵を閲覧するというこのコンセプトに即して
聞き手=藤村龍至 泉太郎氏の映像作品「さわれないやまびこの眺め」は、泉氏の作品を街の人に見せてその反応をインタビューし、その反応をさらに3人のボランティアに聴かせて次の作品を制作してもらうという作業を6回繰り返したものである。作品の印象が言葉になって伝えられていくうちにどんどん変型していくという他者性を内包したその制作プロセスは、都市設計のそれに近いともいえ、作家のあり方としても興味深い。そこでここでは、泉氏にその制作意図をじっくり伺うことから、その問題意識を掘り下げていくことにした。(藤村龍至) ちょっとずつずれてしまう 藤村:まず「さわれないやまびこの眺め」をめぐってお話を伺いたいと思うんですが、あの作品は、いわゆる作家が作品と向かい合うという形よりは、色々と他者が介在しているので、私たちからすると建築のつくり方にも近いなという印象を持ちました。建築は図面がクライアントにいって、
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元を辿れば長野の山奥のクソ坊主なのだが… いっちょまえにCOMME des GARCONS 3を買ってしもうた。 COMME des GARCONS 3 ラストノートのシダー(杉)がトップからかなり主張していて、 ふと香るたびに少しだけ背筋の伸びる感覚がする。 キャラクタの強いギャルソンのフレグランスのシリーズのなかでも、 これはとりわけ異端な香り。 パッケージデザインの異様さも相まって、たまらず購入してしもうた。 PRADA AMBER POUR HOMME / HERMES UN JARDIN SUR LE NIL これでマイフレグランスは PRADA AMBER POUR HOMME HERMES UN JARDIN SUR LE NIL と併せて3種。 天気、気分、場面に任せての使い分けがとても楽しい。 さてそのクソ坊主がどうしてフレグランスなんか買い始めたかと言うと、 かつてFM
唐突だが、西夏文字は残っている。 チンギス・ハーンによる異常で執拗な抹消行為の隙間を縫い、 長らく「解読」は出来なくなったものの、「形状」は奇跡的に現代へ残った。 今日はこのことについて思うことを、ただ思うことを、 文字という至高の芸術に敬意を表して、ただ長々と書いてみたい。 出張中の飛行機のなかで、いつも楽しみにしているANAグループ機関誌:『翼の王国』を読んでいると、 「流砂に消えた王国」という西夏の遺跡を巡る旅行記事があった。 ちょうどビックコミックスピリッツに連載している伊藤悠:『シュトヘル』という 西夏文字をテーマにしたマンガの魅力にやられまくっていたため、 興奮して隅から隅まで読ませてもらった。 西夏文字と李元昊 西夏は1038年~1227年に中国西北部に存在した、タングート(チベット系民族)の国である。 李元昊(り・こうげん)という天才政治家によって建
2/6(土)に我々TEAM ROUNDABOUT(以下TRA)主催によるイベント 『LIVE ROUNDABOUT JOURNAL 2010』 をINAX:GINZAにて行いました。 当日の講演や議論については、TRAのメンバーである 松島JPによるレポート と 本瀬あゆみによるレポート がアップされておりますのでそちらもご覧ください。 今回、僕はUSTREAMの動画配信を行った立場(「中の人」目線)から 少し視点を変えてレビューしたいと思います。 *当日配信したUSTREAMのビデオは下記のリンクからご覧ください。 *ビデオの公開は2010/2/28までとさせていただきます。ご了承ください。 第1部 ■SESSION 01 濱野智史/藤村龍至|アーキテクチャ時代の幕開け ■SESSION 02 酒井康史/連勇太朗|媒体から方法へ ■SESSION 03 池上
左:名和晃平《Catalyst#11》2008 ディテール vinyl oxide, acrylic panel、200 x 250 x 10 cm、Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE 右:泉太郎《さわれない山びこのながめ》(View of Untouchable Echoes) 2009 撮影:田中雄一郎 「借用」から「書き換え」へ レム・コールハースが『錯乱のニューヨーク』のなかで言及しているように、建築絵師ヒュー・フェリスの描く木炭画が「ゴーストタウン」のごとくマンハッタンの未来を記述していたことはよく知られている。そこでは、1916年に施行されたゾーニング法が一種の自動装置と化し、コードに基づいたセットバックの建築外形が《建築家のための原素材》として都市のヴィジョン(幻視)を映し出していた。 一方でソル・ルウィットは「ジッグラト」*1(1966年
聞き手=藤村龍至 杉本博司氏は現代美術作家として活動すると同時に「護王神社」「IZU PHOTO MUSEUM」「小田原文化財団」など、建築作品も発表していることで知られる。写真では銀塩写真、建築では伝統的工法というように、近代化以前の技術を用いて可能性を追求する方法論も一貫している。そこで今回は、表現における観念と方法の関係、技術や社会との関係、伝統的工法にこだわる理由などを伺い、アートと建築の関係から両者の可能性を考察したいと考えた。(藤村龍至) 写真という「方法」 藤村:まず写真の話から伺いたいのですが、杉本さんが度々言及されているように、写真というメディアの最大の発明は「時間を止めること」です。ただ他方で杉本さんは同時に「I am not hunter」とおっしゃられています。通常の写真家は決定的瞬間を捕えるのに対して、杉本さんの作品は、「ジオラマ」シリーズにせよ、「建築」シ
第5部、ラストセッションのレビューです。 +++ ■プレゼンテーション ・藤本幸三さん メゾンエルメスはもともと展示スペースではなく多目的スペースだった。 想定されていなかったものなので 搬入や外光の取入れ方は美術館の常識外であり、使い勝手もよくない。 しかし作家にはポジティヴして制約として楽しんでもらうことで ここでしか出来ない展示というものが実現されているのではないか。 作ってほしいものが前持って規定されないのが良いと考えている。 ・西沢立衛さん アートは建築の設計を通して断片的に関わることはある、という程度。 これまで美術館設計の大事な設計の原則は 「建築と美術を一体化しない」ことだった。 施設として成立する以上、空間に汎用性が求められるのが常だったが、 直島の美術館計では両者の一体化を求められた。 建築というより周囲と連続した環境的なものを作ることで
おはようございます。 本日わたくし松島JPは、六本木ヒルズ森タワー49階 アカデミーヒルズで開催されている 『AAR』&『G-tokyo 2010』共催:トークセッション 「アートと建築:今わたしたちが表現したいこと」の 公式実況レビューの任務を授かりました。 まずは 第一部:藤村龍至(建築家)× 中村竜治(建築家)× 長谷川豪(建築家) について。 各々のプレゼン内容をおさらいします。 ■中村竜治さん 「形とそれが生み出す効果」について。 形を「目に見えるもの」として捉える。 目に映らないものは見ない、表層を徹底して眺めることで現れてくる世界を追求する。 ■長谷川豪さん 「都市と建築の関係」について。 建築が都市にもたらす形(対外)と、生活のなかの形(対内)の関係を豊かにしていきたい。 都市のなかに現れる距離と、生活の距離が近づく建築を目指している。 ■
February 2010 設計プロセス論の現在 Introduction 藤村龍至「なぜ今、設計プロ... Cover Interview 伊東豊雄「インタラクティブ... Interview 中山英之「レガシーがログに... Text 濱野智史「藤村龍至の『超線... Mail Dialogue 松川昌平「アルゴリズミック... After talk 山崎泰寛「立ち上げること/... 松川昌平氏は現在、ハーバード大学GSDにて建築分野におけるアルゴリズミック・デザインやコンピュテーショナル・デザインの研究を行っている。建築設計プロセスにおける人間とコンピュータとのありうべき関係性や、建築の計算可能性や不可能性を問うような、比較的新しい研究分野である。筆者はこれまで、松川氏と建築設計におけるアルゴリズミック・デザインの応用可能性について継続的に議論を重ねて来たが、ここでは主に、アルゴリズ
アートと建築の互いの領域を参照することで、それぞれの可能性を再定義するwebマガジン
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特集:設計プロセス論の現在 Introduction:藤村龍至 「なぜ今、設計プロセス論なのか」 私たちは何をどう捉え、形にしているのか。1960年代に隆盛を極めた設計プロセス論を、WEB技術が日常生活に実装されつつある2010年の今、見直す機運が高まっている。 Cover Interview:伊東豊雄 「インタラクティブなプロセスを実現する意思」 構造家セシル・バルモンド氏とのコラボレーションなど、アルゴリズミック・デザインを設計プロセスのなかに取り入れ、実践されている伊東豊雄氏にインタビュー。
現代アートを対象にした、ウェブマガジンと会員制コミュニティ特集:設計プロセス論の現在 Introduction:藤村龍至 「なぜ今、設計プロセス論なのか」 私たちは何をどう捉え、形にしているのか。1960年代に隆盛を極めた設計プロセス論を、WEB技術が日常生活に実装されつつある2010年の今、見直す機運が高まっている。 Cover Interview:伊東豊雄 「インタラクティブなプロセスを実現する意思」 構造家セシル・バルモンド氏とのコラボレーションなど、アルゴリズミック・デザインを設計プロセスのなかに取り入れ、実践されている伊東豊雄氏にインタビュー。
February 2010 設計プロセス論の現在 Introduction 藤村龍至「なぜ今、設計プロ... Cover Interview 伊東豊雄「インタラクティブ... Interview 中山英之「レガシーがログに... Text 濱野智史「藤村龍至の『超線... Mail Dialogue 松川昌平「アルゴリズミック... After talk 山崎泰寛「立ち上げること/... 藤村龍至の「超線形設計プロセス」について 今回、『ART and ARCHITECTURE REVIEW』の創設にあたって筆者が編集部より依頼されたテーマは、「ゼロ年代を総括するべく、設計プロセスの現在について論じてほしい」というものだ。しかし、紙幅も限られた——Webマガジンなので物理的な限界は無いに等しいとはいえ——本稿では、十分に議論を尽くすことは困難だ。 そこで以下では、2010年2月6日に開
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