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1人吉駅 JR九州とくま川鉄道の共同使用駅。駅前には人吉城をイメージしたからくり時計が設置され、全国的に珍しい駅弁の立ち売りも行われています。 ※令和2年7月豪雨の影響で、現在休業中
県観光連盟主催、県観光振興課後援「ふるさと寺子屋塾」熊本の歴史、文化を語り、知り、学び、伝えることを目的に毎月開催。県観光連盟発行「くまもとの旅」をテキストに、それぞれのテーマに沿った内容で、権威ある講師の先生を招き教授していただいています。 今月のテーマは、「宮崎八郎とその時代」です。 宮崎八郎は荒尾に生まれ、若くしてルソーの「民約論」の影響を受けた、自由民権思想家として知られています。明治十年の西南の役では熊本協同隊を率いて薩軍につき参戦しますが、その渦中に八代で二十七歳の若さで壮絶な戦死を遂げました。今回は、くまもとの旅の編集長の末吉駿一氏が八郎の生涯とその時代背景について講演されました。その要旨をご紹介いたします。 神童と呼ばれ、藩校時習館へ入学 幕末から明治にかけて、若き自由民権思想家が激動の時代を駆け抜けて行きました。その人物こそ、司馬遼太郎の「翔ぶが如く」でも描かれた宮崎八郎
明るくて芯の強い女性…民謡でおなじみのおてもやん。 熊本の女性を象徴する人物として時代を超えて愛されつづけています。 その「おてもやん」のモデルとなった人物は?この歌にこめられた思いとは?「おてもやん」について取材、 調査をされ、『おてもやん』を出版された小山良氏におてもやんの魅力やその実像についてご紹介していただきました。 芸妓が舞っていた「おてもやん」 全国に知られている民謡「おてもやん」は二拍子の軽快なリズムと、陽気な歌詞が印象的です。 しかし、私が取材を進める上で知り得たことですが、この「おてもやん」は戦前には花柳界のお座敷踊りとして 芸妓さんが踊っていたこと、四拍子のスローテンポであったことがわかりました。作詞、作曲、 振付けの永田稲(イネ)は慶応元年十二月二十日、熊本市米屋町三丁目の「糀屋」という味噌醤油製造業の家に 一人娘として生まれました。父は大八、母は辰(タツ)であり、永
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熊本のシンボル・熊本城を中心に、歴史と最先端が融合する熊本市エリア。少し足を延ばせば芸術と自然が待つ。
第4回あらたま窯元めぐり 2024年10月18日〜2024年10月20日 荒尾・玉名地域では、10月18日(金)~20日(日)ま… 県北エリア 荒尾・玉名 開催中
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