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アメリカ大統領選
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『谷崎潤一郎「鮫人」』 その頃服部はもう一年近く其処の住んでいた。それは三、四年前から始まっていた欧州大戦がまだいつ終わるとも見えなかった千九百十八年の春半ば過ぎのことで、彼が住んでいた家は、浅草の本願寺の裏の方にある、松葉町の露地の奥の長屋だった。戦争以来世間の好景気につれて、東京の市中や郊外には粗悪な掘立小屋も同然な借家が次々と方々へ新築されたが、彼のも其等の長屋の一軒であって、新しいには新しくても地震や火事のことを考えたら一日も安心して住えないような、立て付けの悪い、ガタピシした厭な家だった。 二階が六畳一と間、下が四畳半に二畳の玄関に台所、――しかし、妻子もなく下女もなく、本当の孤独であった服部には、それだけでも結構広過ぎたくらいだったのである。 大抵の日は彼はいつも寝道具を敷きっぱなしにしてある二階の六畳にごろごろしながら、何を考えるともなく暮らすのが常で、食事の時と便所へ
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