先日亡くなった社会学者の小室直樹は、奇人として知られ、また天才だとも言われたが、私は若い頃、『日米の悲劇』というカッパ・ブックスを読んで、明らかに口述筆記をそのまま本にしたような、ひどいものだったので、以後ずっと関心を持たずにいた。 どうやらこれは、小室の著書の中でもひどいほうのものだったらしい。さてそれからしばらくたって、称揚する人がいるからには、ほかに主著があるはずだと考えて、人に聞いて、『危機の構造』を中公文庫で読んだ。さすがにこちらはまともな本だったが、時論的なものであるため、十年もたつと古びてしまうようなところがあって、古典的名著とは言い難い。 ただ、小室の論じ方で印象に残ったのは、現代の現象を説明するのに、歴史を用いることである。 たとえば古代のカルタゴでは、という風にやるわけである。こういうやり方はうさんくさくなりがちなものだが、小室の用い方は、あくまで例としての規矩を超えず