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日本の大学・研究業界において、長年議論されていながら改善されない「実績の数え方」。 履歴書の業績欄を埋める際、ジャーナルへの投稿論文(査読付き論文)と並んで記載されるのが、紀要論文、招待論文、寄稿論文です。 しかし、あえて厳しい言葉で言いたい。 これらは「学術的実績」としての評価対象から外す、あるいは明確に区別すべきではないでしょうか? 今回は、なぜこれらの論文が「真の実績」とは呼びがたいのか、その構造的理由を掘り下げます。 「審査(査読)」の欠如による質の担保のなさ 学術論文の価値は、同分野の専門家による厳しいチェック(査読)を経て、その客観的妥当性が証明される点にあります。 紀要論文 多くの大学紀要は、学内の教員や院生であれば「出せば載る」のが実態です。身内同士の甘いチェックで、学術的な厳密さが欠けているケースが少なくありません。 招待・寄稿論文 依頼された時点で掲載がほぼ確約されてお
現代哲学(contemporary philosophy)は、分析哲学に限らず、ニーチェ研究であれ、他の哲学者研究であれ、英語を用いて行われる。英語が実質的なリングア・フランカ(lingua franca)となっているのだ*1。これは記述的事実である。この状態は英語帝国主義的であり正義に反する事態であるかもしれないが*2、記述的事実としてそうなっているのである。したがって現代哲学を行うには、英語文献を読むしかない。日本の研究者が日本語に訳してくださった文献を読んでいるだけでは、二次的文献に当たることもできない。しかし英語文献であれば、このような情報を簡単に手に入れることができる。たとえば、「ウィトゲンシュタインとクワインが翻訳不確定性について、どう違った考えを持っていたのか」を知りたいとなった場合、英語文献であればすぐに調べることができる。Googleで「Quine and Wittgen
大規模言語モデル(Large Language Models)とは、OpenAIのChatGPTやGoogle Gemini、AnthropicのClaudeといったTransformerベースの言語処理システムを指す*1。これを哲学するのが、大規模言語モデルの哲学である。Philpapersには「Large Language Models」というカテゴリがあり、多くの原稿が上がっている。 この記事では、大規模言語モデルを哲学するにあたって必要な書籍の紹介をしようと思う。この分野はあまり人がいない。というよりも、そもそも哲学界隈に人がいない。そのため、読書紹介記事を書き、少しでも間口を広めることで、興味を持つ人々を蝿瓶に吸い込もうという訳である。この記事を読めば、君もポケモンマスターになれる!!!! 入門(★) 日本語で書かれたものとしては、次の2冊+1記事を勧める。「入門」と題に付されて
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