■ 田母神航空幕僚長更迭の件について記してみる。 雪斎も、件の論稿を読んでみた。 率直にいえば、雪斎は、この論稿には高い評価を与えられない。「不可」に限りなく近い「可」というところである。「不可」にしなかったのは、「自分と意見を異にする論稿は、否定的に評価する」真似は、したくないからである。少なくとも、懸賞論文で「最優秀」を取るようなものではあるまい。選考した人々の見識は、どうなっているのであろうか。 というのも、これは、雑誌『正論』辺りに載ったならば、航空幕僚長が書いたということを除けば、他の論稿に埋没するような「没個性的な」中身であるからである。とある漫画家の漫画に影響されて、保守論壇の作品に触れ始めた若者が、そういうものを必死になって真似して自前の論稿を書けば、こういうものができるという風情であろう。要するに、この論稿を航空幕僚長が書く「必然性」が、まったく判らないのである。 たとえ
とうとう、田母神俊雄の長編評論「日本は侵略国家であったのか」が論文になった。 ⇒http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf この論文は今、すべての日本人が読むべき論文だと思う。「すべての」と言えば言いすぎであれば、知的生産を志す人、あるいは勉学途上の中学生、高校生、大学生、大学院生(専門はいっさい問わない)、これから先言葉で何かを表現したいと考えている人、何にせよ教育に関わる人、子供を持つ親、そんな人たちは絶対に読むべきだと思う。願わくばこの論文がベストセラーになって、日本人にとっての戦争と平和について、これから誰かが何かを語るときの「プラットフォーム」になってほしいと思う。この論考に賛成するかしないかは別として、田母神の明晰な論理による思考がぎゅっと一編に詰まったこの論文が「プラットフォーム」になれば
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