平素より「はてなハイク」をご利用いただき、ありがとうございます。 「お題でつながるミニブログ」としてご利用いただいていた「はてなハイク」は、2019年3月27日をもちまして、サービスの提供を終了させていただきました。 これまでご利用いただきましたユーザーの皆さまに深く感謝いたします。 誠にありがとうございました。 詳しくは下記をご覧ください。 http://labo.hatenastaff.com/entry/2018/11/19/113653 株式会社はてな
2009.08.10 「反日」なる言葉について (10) カテゴリ:社会 最近というわけでもないが、一部の 「右派」 勢力や団体、政治家らによって 「反日」 なる言葉がしきりと使われている。いわく、「反日国家」、「反日サヨク」、「反日マスコミ」、「反日外国人」 などなど、その使用例は、まことに枚挙に暇がない。 たとえば、西尾幹二や渡部昇一のような 「学者」 や、彼らを信奉する者らに言わせると、中国や韓国、北朝鮮は 「反日」 国家であり、在日韓国人・朝鮮人らは 「反日」 外国人なのだそうだ。また、日教組や朝日新聞は「反日サヨク」であり、男女平等やDVについての啓蒙活動、性教育、差別の禁止や人権の保護などを訴えている人らもみな、「反日」 勢力なのらしい。 彼らによれば、戦後のGHQによる占領と東京裁判、さらには日本国憲法制定によって、神武天皇の即位以来、2600年の歴史を持つ日本の古きよき伝統
近況 仕事のスタイルがすごく変ってしまった。激変である。 ケータイをポケットにいれたまま洗濯してしまった。いままで燃したことと川に投げ捨てたことはあるのだが、かようなるウッカリははじめてなので情けない。デシケータで低圧下にしばらく放置する予定。 水村美苗の「日本語が亡びるとき」をついに読んだ。仲俣さんの詳細な批判がほぼあたっているし、日本人は全員読めって某売れっ子ブロガーが絶叫していたが、これはやはり間違い。後半に行くにつれ、神がかってきて大変な状態。最後の章などはしかられているような気分で、なんでオレがおこられなきゃいけないんだ、という気分になった。なお、村上春樹批判であると仲俣さんもいっているが、この点を私も強く感じた。 しかしながら「本格小説」における主人公である東太郎のヨウコとの関係は、自分と母語である日本語の関係の隠喩であるという記述。水村美苗の小説の大ファンである私はこの部分に
※漢字(かんじ)の苦手(にがて)な人(ひと)は左(ひだり)メニューにある「かんじ→ひらがな」をクリックしてください。 ※If you want to read this blog in Roman, please choose "Japanese into Roman" from the left menu. 目次 「好ましい/好ましくない」外国人論としての日本人原理主義 マスター・ナラティブへの欲望――保守とリベラルによる支配の相互補完―― 日本人原理主義におけるレイシズムと「好意」の共存 外国人を監禁する同化の無限階段 生の極限にいる外国人にとって「反日上等」は迷惑なのか?――では<金嬉老>はどうすればよいのか?―― 「在特会」と「リベラル・左派」の敵対的な共犯関係を問う 外国人に対する「善意」はどこから来てどこへ行くのか? ニーメラー牧師の訴えは日本人マジョリティに届くか? トラック
AA 本質的な論点は、「外国人の人権を擁護する運動は、「反日」的と見られないようにすべきだ」という主張に対する是非である。(金光翔) http://watashinim.exblog.jp/9975529/ BB「日の丸を拒否することは、日本を拒否することではない。」というテーゼを確認しておくべきだ、となりました。(野原) http://d.hatena.ne.jp/noharra/20090713#p2 AAとBBはほぼ同じことを言っている。その発想の元になった事件(主語の部分)が違うだけで。 述語部は、次のようなものだ。 日本を拒否すること=「反日」的 と見られることは、避けるべきだ。 なぜならそれは政治的に不利だからだ。少なくとも当事者の不幸を招き寄せることに加担する可能性が強い。 主語の部分は、次のようなものだ。 不法滞在外国人であること、それを排除させない運動に加担すること。 日
ハイクにつらつらと書いてるうちに、先日のエントリ(「反日上等」について)では触れていなかったことなども出てきたので、一応貼っておきます。ブックマークコメントやコメントへの応答になる部分もあるかと思いますので、ひとまずこれをもって応答の代わりにしたいと思います*1。 「同胞として受け入れて欲しいだけ」の外国人もいるよ、とか言うけど、本当に日本社会に虐げられ恐怖を抱き、「同胞として受け入れて欲しい」とも言えないまま怒りや戸惑いやつらい歴史を抱えつつ、それでも日本で生活してる外国人がいるわけでしょう。また実際に、明確に「反日」的な暴力行為に及んだ非-日本人もかつていて、そういう人たちのある者は逮捕されて運動体からも追われ、またある者は死刑判決を受けすぐに執行された。外国人の間に「同胞として受け入れて欲しい」だけの人と、そうでない「反日」的な人がいるという見方そのものもかなり怪しいと思うけど、日本
1. このところ、ネット上で、在特会への抗議デモにおける一部参加者の、「反日上等」というプラカードが論議を呼んでいる。こうした行動は、生命すら脅かされている外国人やその支持者にとっては、迷惑極まりないものだ、というのだ。 ネット(特に「はてな」)界隈の議論にはあまり関わらないことにしているのだが、この議論は大規模かつさすがに酷いと思っていたので、近々まとまったものを書こうと思っていた。だが、この件について論じようとすると、ものすごく基本的なところから説明しなければならないので、面倒でかまけてしまっていた。 ところが、そのあたりも説明してくれている、大変よい文章が現れたので、私が長々と書く必要もなくなったようである。深海魚さんというブロガーの方のものだ。 http://sillyfish.blog2.fc2.com/blog-entry-723.html 基本的なことは、上の文章でほぼ言い尽
Posted by nene2001 at 20:39 / Tag(Edit): 外国人排斥 デモ / 0 Comments: Post / View / 0 TrackBack / Google Maps 他のエントリ挟んだので間が空きましたが、最初の、二度目のに続いて、三度、在特会カウンターデモについて書きます。 一応最初に明確にしておくと、これも含め3回のエントリで書きたいのは、特定の主張をして別の主張の折伏したい、というのではなくて、既にある対立した2主張に対して、私はどちらの主張も局面によっては間違いだとは思えないので、その対立が食い違う原点になったのはどこかを明確化すれば、そこまで巻き戻せば妥協点が探れるんじゃないの?ということです。 あえて言うなら、何かを折伏したいとすれば、主張が対立した事によって、「あいつらは先鋭化した、話が通じなくなった」と心理的に切断し
今夜の焼きザカナ こんがり味噌しょうゆ味の、深海魚のどうでもいい今日の出来事。只今、コメント投稿時の画像認証と、言及リンクのないトラックバックの制限を行っております。 2024年03月/ 02月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫04月 いくつか書きかけの記事がたまっていますが、この件だけ急いで先に書きます。後ほど下書き状態になっているエントリを優先順位をつけて完成させていくつもりなので、もっと前の日付の記事がいきなりアップロードされることになるでしょうが、ご理解願います。 といっても、すでにだいぶ出遅れてますが。 ・「在特会許すな!ファシスト倒せー、おー!」 - はにかみ草 ・自由帳で数学とか物理とか | 「反日上等!」と外国人差別反対デモで掲げるのがなぜいけなかったのか この件ね。論争に加わっていらした「いしけ
2009年07月06日 今回のデモで「反日」「日の丸XXX」が拙いことは判りました が、であってもまだいくつか 先のエントリですが、いろいろコメントやブクマいただいて、結局のところ対立点はmujinさんの書かれた mujin 政治, 民主主義, 外国人, メタクマした 現場・短期・個別性重視のspecialistと会議室・長期・普遍性重視のgeneralistの見解は往々にして矛盾する。片方だけじゃダメ。イジメられない個人の工夫だけではなくイジメそのものをなくす社会の努力も。両方大切。 こちらのエントリも参照 なのかなと思いました。 で、一般人としては、「『反日XXX』の是非は戦術的巧拙の問題、ゲインを稼ぎやすいかどうかの問題であって、それを理解して批判しているのならいいですが、本質的なところから問題だと思って批判しているのであれば、むしろそっちの方が危険でしょう」と考えたのが、先のエント
Posted by nene2001 at 19:50 / Tag(Edit): 外国人排斥 デモ / 0 Comments: Post / View / 0 TrackBack / Google Maps 仕事がむちゃ忙しくてはてブとかも全然チェックできてません。 その間になんか世間では京都カウンターデモの「反日上等」「日の丸ウンコ」とかで盛り上がってて、ishikeriasobiさんがはてなから撤退する騒ぎにまでなっちゃってて驚きです。 全然流れ追えてないので、なんでそんなに盛り上がっているのか、元になった事実よりも誰かが不用意な発言したために炎上したのかとか、全然掴んでないんですけども、正直元の「反日上等」「日の丸ウンコ」の事実だけの印象だと、何でそんなに盛り上がってるのか全然判らない。 なので、流れ知らないのでもしかしたらトラの尻尾踏むかもしれんなとビクビクしつ
id:seijigakuto - inflorescencia - はてなハイク http://h.hatena.ne.jp/inflorescencia/9236550953087150492/ 自由帳で数学とか物理とか 「反日上等!」と外国人差別反対デモで掲げるのがなぜいけなかったのか http://hisamatomoki.blog112.fc2.com/blog-entry-499.html 上記のエントリーに引き続いて、共有すべき前提を述べた補足のエントリーを書きます。 支援の現場・最前線から、一般のデモ参加者にお願いした事を(私なりに)解釈すると、以下のようになると思います(よくある間違い(だと私が思うもの)には、×をつけています)。 ○ 外国人排斥にNOという事は大歓迎。但し、他者支援のデモならば、自分の主張したい事よりも支援する他者の立場を考える配慮が欲しかった(支援対象の
前エントリ 「目指すべきは理不尽のない世界」6/18 「それは本当に他者のための行動なのか」6/27 いしけりさんやPledgeCrewさん、CrowClawさんらのおかげでわかってくださった方はいらっしゃるようです(反省させられた - 真面目なふざけ、適度な過剰)。 ですが、現状でも「デモはなかったほうがよかったというのか?」とか曲解する方もいらっしゃるようなので、もっと噛み砕いて書かせていただきます。 あの場で「反日上等」や日の丸侮辱というものが何を意味してしまうか? あのデモは、そもそも「外国人差別反対」のためのデモだったわけです。では、そのデモにおいて「反日上等!」や日本国旗を汚す行為は、一体どのような意味を持ってしまうのか考えてみてください。日本においては、日の丸は日本の国旗だと、明らかに国民は認識しています。いくら少数がこれに反対しようと、事実は事実です。それをあのようなふざ
首:どーも首猛夫です。 矢場:矢場徹吾です。 首:われわれはなんでこんなペンネームなんですか。 矢場:自同律の不快とか、そういうことです。ググってください。 首:講談社から怒られませんか。 矢場:ごめんなさい。 首:そういうわけで首と矢場の対談コーナーです。今回も飲んでます。 矢場:今回は赤ワインですね。カナート洛北の地下の酒屋で買ってきた、パックに入ったやつです。チーズとレーズンをつまみにすると非常に旨いです。 首:われわれは地域密着型の情報をお伝えします。 矢場:輸入物ですよ? 1 首:今回はショーヴィニズムについてです。 矢場:ショーヴィニズムと在特会をイコールで結んでもいいんですか? 厳密には・・・ 首:彼ら自身の主張では、自分達は違うと言ってますね。そこにショーヴィニズムの現代的な展開の一つの特徴があると思います。 矢場:ええと、僕は日本国籍を持つ日本民族の社会で生まれ育ちました
⇒http://d.hatena.ne.jp/K416/20090627/1246070435 ⇒2009-06-27 反日を在日日本人が叫ぶのと、在外日本人が叫ぶのと、在日外国人が叫ぶのは、違います。全然違う。日の丸ウンコが許されるのは在日日本人だけ。日の丸が血に塗れていようがいまいが関係ない。日の丸が血に塗れていることを告発する筋合を持ち合わせる在日外国人が存在することも、関係ない。彼らが今なお日の丸に象徴されるものに抑圧されていることも関係ない。 ――だから、その発想がそもそも糞である。それはわかります。その糞が、日の丸をウンコにすることによって表現されることも。しかし、その表現が許されるのは在日日本人だけ――というところで話はループする。出口なし。国家――革命の論理における人々を疎外する国家ではない、共同幻想の延長にある国家は健在であり続ける。 mojimojiさんとは幾度か意見を
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