先日のJR事故ニュースに関連して思ったことを、いくつか。第1に、JR側に100パーセント責任を負わせることができるかどうかについて、法的な論理を離れて、いささか抽象的に考えてみる。第2に、確率としてのリスクと、まさに他ならないわたしが被害者になるということの間にある埋めがたい距離について(偶有性=contingency)。反論を切実に希望します。 ※04/27, 16:00, 後半大幅加筆修正 第1に、JRをただ非難するのはおかしいよ、という話から。ここ数年はリスク論やリスク学が大流行しており、文1東大後期小論文の問題まで『安全学』から出題される有様だったのだが、事故などの「リスクを0に抑える」ことが至上命題だと勘違いしてはならないだろう。リスクを可能な限り抑えることが大切なのだ。第1に、何をとっても100%の安全などあり得ない。第2に、リスクコントロールするためには人的・物的資源が必要だ