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アメリカ大統領選
tach.hatenablog.com
2chに関連スレを見つけた。 そのうち見られなくなってしまうかもしれないので主として自分用にメモしておく。 402 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/23(土) 17:27:26 id:rJFAjZgW 自分用メモ テンプレ サービス名 [取り扱いレーベル、ジャンル等], (フォーマット, ファイル形式, DRM有無) 補足事項 url 【レーベル系】 DG [独Grammophon, 英Decca系], (16bit/44.1kHz, FLAC, 無) http://www2.deutschegrammophon.com/ Linn Records [Linn Records系], (24bit/88.2kHz他, FLAC, 無) 自社レーベルのみ。5.1chもあり。 http://www.linnrecords.com/ Gimell [Gimell] (24bit/96
利根川といえば日本で一番大きな川。関東平野の深部に流れを発し、千葉県の犬吠埼から太平洋に直接注ぎ込んでいることは日本人の常識ですね。 でも、この利根川、昔は東京湾に注ぎ込んでいたのだとか。それを江戸時代の人たちが大規模な土木工事を行い、川の流れを変え、力ずくで太平洋に流れ込む川にしてしまったというのです。 何かスゴイ話ですね。 Wikipedia(利根川東遷事業)等で詳しいことを調べてみようとしたのですが、経緯が錯綜していてなかなか全貌が把握しきれません。その上、同じ川でも場所(例えば上流と下流)や時代によって名前が変わるし、更には時々大きな洪水が起こって川の流れが完全に変わってしまったりする。もう何が何だか分からなくなってきます。そもそも川筋自体が網の目のように入り組んでいて、工事前・工事後の地図(利根川東遷事業)を見ても、何処がどう変わったのかを把握事すら困難です。これはもう、一度思い
日出処の天子 (第1巻) (白泉社文庫) 作者: 山岸凉子出版社/メーカー: 白泉社発売日: 1994/03メディア: 文庫購入: 10人 クリック: 293回この商品を含むブログ (166件) を見る 関西旅行から帰ってきた日の晩からひどい咳が出始め、翌日は、貴重な晴天のゴールデンウィークの一日を棒に振る。しかたがないので寝床の中で(熱でやや朦朧としながら)山岸凉子の「日出処の天子」全巻を読み返していた。 本作はご承知のように聖徳太子が実は「超能力者」でその上「ホモ」の「美少年」だったという(史実完全無視の)トンデモ系の少女マンガである。こういうトンデモ系の設定の場合、設定倒れに終わるのが普通で、成功したとしてもせいぜいのところが「ゲテモノ」「キワモノ」「珍品」止まりになるはずなのだが、本作は違う。日本マンガ史上に燦然と輝く珠玉の名作に、しかもシリアスで格調高い作品に仕上がっている。何度
すべてがFになる (講談社文庫) 作者: 森博嗣出版社/メーカー: 講談社発売日: 1998/12/11メディア: 文庫購入: 16人 クリック: 241回この商品を含むブログ (588件) を見る 今頃初めて読んだんですけれどね… 今まで、誰も教えてくれなかったんだな… …それは多分、メフィスト系ミステリー・ファンの常識なんだろうけれど、常識であるが故にかえって誰も口にしないのかも… でも、おかげで知らない人はいつまで経っても知らない、なんてことになるんですよ、自分みたいに… いえ、要するに、西尾維新の『クビキリサイクル』って、森博嗣の『すべてがFになる』だったんだな、ということなんですけどね。 ちなみに、『クビキリサイクル』は西尾維新のデビュー作にして第23回メフィスト賞受賞作。これに対して『すべてがFになる』は森博嗣のデビュー作にして第1回メフィスト賞受賞作です。 つまり、同じメフィ
[rakuten:book:12996989:detail] イケダさんのブログ等で既にお聞き及びと思いますが、祥伝社のレディース・コミック雑誌「フィールヤング」の2008年8月号(7月7日発売)に「岡崎京子デビュー25周年記念読本」という別冊付録が付いています。 内容は旧作の『毎日がクリスマスだったら…』の再録と各界関係者からのメッセージ。 『毎日がクリスマスだったら…』は初出が1988年「微笑feel」1月16日増刊号で、その後「フィールヤング」2004年7月号にも『ヘルタースケルター』手塚文化賞受賞記念として再録されているので、正確に言うと今回は再々録ということになります。 メッセージを寄せた関係者とその推薦作品は下記の通り。 寄稿者推薦作品 よしもとばなな『愛の生活』『東京ガールズブラボー』 やまだないと『愛の生活』『ハッピィ・ハウス』 魚喃キリコ『pink』 山本直樹『私は貴兄の
滝山コミューン一九七四 作者: 原武史出版社/メーカー: 講談社発売日: 2007/05/19メディア: 単行本購入: 12人 クリック: 287回この商品を含むブログ (175件) を見る 私は今、猛烈に怒っている。ちっくしょう、そういう仕掛けだったのかよ その佐藤亜紀が読んで今にも噴きこぼれんばかりに激しく興奮していた(←いつものことですが)ので、興味をそそられて読んでみました。 ところがこの奇っ怪な逸脱、実は、ソ連の集団主義教育理論に基いた運動を展開する全国生活指導研究協議会なる悪の秘密結社の仕業だったらしい。 と、佐藤亜紀は納得し、実際、原武史もそう書いているわけなのですが、自分的には、それはちょっとちがうんじゃないのだろうか?、二人とも「敵の正体」を「誤認」しているのではないだろうか?、とついつい思ってしまったのでした。 だって、佐藤亜紀も書いているように「ウヨもナチもアカの仲間
クイックショナリーII ジーニアス 出版社/メーカー: ウィズコム・テクノロジーズ社発売日: 2003/07/18メディア: オフィス用品 クリック: 20回この商品を含むブログ (5件) を見るスキャナー付の電子辞書です。なぞるだけでジーニアス英和辞典第三版が引ける。誰もが思いつきそうなコンセプトだけど、実際にはあまりない。 最初、コイツは「緑のヒヨコ」だろうな、と思っていました。 「緑のヒヨコ」というのはあれですね、例のお祭りの日に夜店で売ってる「緑のヒヨコ」のことですよ。 一目見て「おお、スゲェ!!!」と私は思う。こんな生き物が本当にいるはずがない。しかし今この目の前にいるものは何だ! イヤ、本当のことを言うと、かなり怪しい状況であることは、心の底では分かってはいるのだ。でも、それを認めたくない。私は「緑のヒヨコ」が本当にいて欲しい。「緑のヒヨコ」こそが私の願望するものなのだ。だから
1918年から数年間猛威をふるったスペイン風邪は、全世界で4000万人の死者を出したとも言われている。その後、残されていた当時の標本などからウイルスの遺伝子配列がわかり、同じウイルスを人工的に作り出せるようになった。 遺伝子配列さえ分かれば「物」と「物」を混ぜ合わせて「生きたウィルス」を人工的に作り出せる段階まで達しているという話は聞いたことがあって、そんな凄いことが出来るのか、信じられないと思っていたのだが、やっぱり本当らしい。 それって「物」から「生命」を造ったと言うことにならないのか? もっとも、ウィルスは「物」であって「生命」ではないという説も強いらしいけれど… それはそれとして、絶滅したはずの天然痘ウィルスを人工的に合成してばらまくことも出来るわけだわな… 恐ろしい世の中だ… 《追記》 「遺伝子配列さえ分かれば「物」と「物」を混ぜ合わせて「生きたウィルス」を人工的に作り出せる段階
都営地下鉄「大江戸線」は、都心部を走る環状線部分と都心部から郊外に向う放射状部分を合体させたハイブリッドタイプの路線だと言われています。つまり都庁前駅を出た電車は都心部の地下を山手線のようにグルリと一周してまた都庁前駅に帰ってきたあと、今度は郊外の光が丘を目指してまっしぐらに進んで行く、というわけです。 不肖私は、へぇ、そうなのかぁ…と何も考えずにその説明を鵜呑みにして分かったつもりになっていたのですが、ある日、東新宿駅から六本木駅へ抜けようとして、気が狂いそうになりました… ▼都庁前駅での「超異常体験」 東新宿を出た電車が都庁前駅に着きました。 車内アナウンスが「この電車はここで終点だから乗り換えろ」と言います。 「えっ、このまま六本木まで直通じゃないのかよ?」と意外に思ったものの、どうせ環状線です、降りたホームの向かいの線に六本木方面の電車が待ってるか、少なくとも入線してくるのだろうと
ネット漂流中に偶然見付けた岡崎京子とウィリアム・ギブスンの話題。(本当は田口犬男という詩人の話なんですけど…) (引用者注:前段省略) 岡崎京子って漫画家がおりまして。 結構わたしすきなんですけれども。 このかた交通事故でいま闘病なさってて、お元気なころに書かれたマンガがもう10年ぐらい前のやつなんですね。 それでも、けっこういろんなところに影響与えた作品をおかきになったかたなんです。 そのかたが、事故の直前に描くかもしれなかった雑誌が「COMIC CUE」(1995、イースト・プレス)というのの3号なんですね。 この雑誌江口寿史さんが責任編集してて。 すごくまじめに編集長してて、それは巻末の編集日記でわかるんですけれど、 そこに岡崎京子さんが出てくるんです。「COMIC CUE vol.3」(1997、イースト・プレス)に。 原稿を江口編集長が依頼しに行くんですね。 5月14日(火) (
彼女より年長の男たちがこぞって彼女を自分たちの手前勝手な「80年代」に幽閉しようとしていることが、腹立たしくてならない。 (引用者注:太字は引用者による) もちろん、大塚英志や宮沢章夫を批判すること自体は自由だ。 しかし、こういう書き方をされると、大塚英志や宮沢章夫以外の「彼女より年長の男たち」まで「こぞって」同じことをしていると言っているように聞こえてしまうので、抗議しておきたい。 自分も、「彼女より年長の男たち」の一人ではあるが、「彼女を自分たちの手前勝手な「80年代」に幽閉しようとしている」つもりはない。 むしろ 岡崎京子の「90年代」との格闘を引きつごうとする作家がいないことが私には残念だ という気持ちにおいては、【海難記】の筆者と全く変わらるところがない。 だからこそ、岡崎京子のファンサイトを立ち上げたのであり、80年代の終りと90年代の始まりを告げる(と自分が信じる)「リバーズ
えー、某出版社の名前を書かなければならなくなると、無意識の抑圧で別な出版社の名前を書いてしまう大蟻食です。思ったより深刻にびょーきだな。今朝はそこの、名前がどうしても思い出せない雑誌を読んでいました。蓮實先生が書いておられたからです。 平野啓一郎の芥川賞受賞がきっかけとなって、佐藤亜紀と新潮社の関係が深刻な危機に陥ったことは、知ってる人は知ってる類の、一部には有名な話だ。この日記を読んで佐藤亜紀に同情しない人はいないだろう。これはあくまで佐藤亜紀の視点から語られた状況なので、はっきり言えば、ことの真相は分からない。新潮社側には新潮社側の言い分があるのだろう。ただ、それにしてもである…、やはり「心情」としては佐藤亜紀に同情的にならざるを得ないではないか… 状況が、あまりにも、佐藤亜紀にとって辛すぎる。痛々しい。この事件によって佐藤亜紀がどれほど深く心を傷つけられたのかと思うと、戦慄を禁じ得な
「平坦な戦場でぼくらが生き延びること」といえば岡崎京子の代表作「リバーズ・エッジ」に引用されたウィリアム・ギブスンの詩の一節で、岡崎ファンなら誰でも知ってると断言してもいいくらい有名ですね。椹木野衣も自分の「岡崎京子論」の題名を、そのまま「平坦な戦場でぼくらが生き延びること」としたくらいだし… で、その出典がこの本*1なわけなんですが、それを知って探し始めた時点で既に出版元の京都書院は倒産していたし、本屋にも在庫はなく、アマゾン・コムでもヒット無し。古本屋をマメに回る根性もない自分は、とっくの昔に、もう、絶対手に入らないだろうと諦めていました… しかし、世の中、何が起こるか分かりません。つい最近になって、あちこちの岡崎関係の掲示板*2に「まだ手に入れられるぞ!」という情報を書き込んでくださった方がいて、半信半疑のままメールで注文してみたら、いやぁ、本当に届いちゃいましたよ! 今日になって…
●休刊のお知らせ● ASAhIパソコンは二月二十八日発売の三月十五日号で休刊させていただきます。今お手にとられている号を含めて、あと三号でひとまず終わりです。 創刊号を買った覚えがあるが、あれはもう十八年も前のことだったのか… ちょうど初めて個人でパソコンを買った時期と重なっていて、あの頃はパソコンにかける思いも熱かった…(←遠い目) ASAhIパソコンで特に思い出深いのは1994年4月25日増刊号「computing U.S.A. インターネットの波に乗れ!」。当時米国に出現しつつあったインターネット社会のリアル・タイム・レポートだ。これを読んで「新しい時代」がやって来る「予感」に胸をときめかせた。ネットはやがて、分断されていた少数派の人々を結びつけるだろう、そうすれば真に多様性を許容する活気に満ちた社会が生まれるに違いない… しかし、ああ、実際にやってきたのはこんな時代かよ! 社会は同
クルーズ&アトラスとは何か? 岡村製作所が慶応大学理工学部の山崎信寿教授と共同開発したコンピューター作業用の椅子と机。 その基本コンセプトは革新的な低座・後傾姿勢。(詳しくはメーカーのサイトを参照のこと。) 実際に座ってみると今までに全くなかったタイプの座り心地に驚かされます。まるで浜辺のデッキチェア。 感激のあまり大枚はたいて買い込み、今日まで2ヶ月以上実際に使ってみた結果、やっぱり買って良かったという深い満足感を得ることが出来きたので、使用レポートを試みることにします。 クルーズ&アトラスを今まで知らなかった方はもちろん、存在自体は知っていたがその価格故に購入を躊躇っていた方々にも、何かの参考にしていただければ幸いです。 尚、当方が購入したのは品目の仕様詳細等は下記の通り。 名称クルーズ(デスク)アトラス(チェア) 種類基本ユニットエクストラハイバック モデル名YM10ZZ MJ61C
先頃放送を終えたテレビ・ドラマ「野ブタ。をプロデュース」の第7回から第9回までを続けて見直し、これはやっぱり岡崎京子の「リバーズ・エッジ」に対する「本歌取」というか「返歌」というか「アンチ・テーゼ」というか「オマージュ」というか「引用」というか「サンプリング」というか何といったらいいのか本当はよく分からないけど、とにかくそんな感じの、少なくとも「リバーズ・エッジ」を激しく意識した作品であるという思いを新たにした。なにしろ「意図的」としか思えないほど共通の「要素」が頻出する。「東京の下町の川の畔にある高校」という設定をはじめとして、「河原に広がるススキの原」「橋」「校舎の屋上を舞台に交わされる会話」「校舎の屋上から見上げる空」等々、出るわ、出るわ… これが「意図的」でなかったら何なんだ? もちろん食い違いもある。「山田一郎」が「河原に広がるススキの原」で「白骨死体」を見つける代わりに、「修二
ライトノベルブームと『ファウスト』の行方 商業的には成功したものの、皮相な「ブーム」に終わらせてはならない、道はまだ半ば…ということか。 個人的な実感として、本当の意味で可能性を感じられるのは上遠野浩平と西尾維新だけなんだけど… それでもいいのさ、二人もいれば。 元SFオタクとして言わせてもらえば、かつてのニューウェーブ運動だって結局J・G・バラード一人だったし、サイバーパンクだってウィリアム・ギブスンだけだった… でも確かに、ライトノベルに関しては、上遠野浩平や西尾維新の何がどう素晴らしいのか、誰もが納得できるような…というのは無理だとしても、広く一般的に受け入れらるような共通認識がまだ形成されていないような気がする。またもや個人的な実感を持ち出せば、彼らの共通項は「社会への絶望」であるように思える。ただ二人とも自分たちを蝕んでいるものが「絶望」であることに気付いていないのだけど。それは
ファウスト vol.5 (講談社 Mook) 作者: 上遠野浩平,佐藤俊樹,元長柾木,西島大介,西尾維新,北山猛邦,竜騎士07,奈須きのこ,東浩紀,渡辺浩弐出版社/メーカー: 講談社発売日: 2005/05/17メディア: ムック購入: 3人 クリック: 33回この商品を含むブログ (146件) を見る 「ファウスト」の第5号の発売が近づいている。待ち遠しい(写真のように本棚に場所を空けて待っている)。何しろ上遠野浩平特集号だ。ライトノベルといえばやっぱり上遠野浩平。「ファウスト」の創刊号に上遠野浩平の(エッセイではなく)「小説」が見あたらなかったとき、とても寂しい思いをしたのだけれど、やっとその物足りない思いが満たされる日がやってくる。編集長の上遠野浩平に対する思い入れもたっぷりみたいだし、きっとこれは気合いの入った特集になるに違いない。ライトノベルの「今」といえば西尾維新に違いないが、
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