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暑さ対策
apeman.hatenablog.com
nordot.app (アーカイブ) 上記記事に在中ウクライナ人のこのような体験が紹介されています。 (……)ただ彼女の周りの中国人はウクライナへの同情を示してくれたという。「プーチンの手法が、かつての日本の中国侵略を思い起こさせた」ためだ。実際、ロシアの侵攻をそう捉える中国人もいる。それでも「反米」が優先され、国内でロシア批判の声は上げにくいのが実情だ。 プーチン・ロシアの手法が大日本帝国のそれに類似していることについてはすでに複数の指摘があります(例えばこれ)し、当ブログの読者の方々ならそうした指摘を待つまでもなく類似性を感じられたことと思います。 もし歴代の日本政府がアジア・太平洋戦争の侵略性を率直に認めてきたとしたら、ロシア・ウクライナ戦争に関して日本政府にどんなことができたか……。ロシアの手法が日帝のそれに類似していることを中国政府に対して公然と指摘することで、中国政府にプレッシ
神戸連続児童殺傷事件から25年ということで放送された関連ドキュメンタリーを2本見ました。 www.ktv.jp www.ntv.co.jp いずれも今年に備えて何年にもわたって取材を続けてきたことがわかる内容でした。ただ、二つの番組を見ながらどうしてもあることが気になって仕方ありませんでした。 どちらの番組でもとりあげられていたのが、加害者から被害者遺族に送られてきた手紙が数年前から途絶えていることです。殺害された男児の遺族も女児の遺族も納得のゆく説明や謝罪がないままに手紙が途絶えたことにやりきれなさを感じており、番組はそうした遺族の気持ちに寄り添っています。 しかしその一方で、私たちは「いつまで謝らせれば気が済むのか」と言い募る「加害者」の存在をよく知っています。納得のゆく説明や謝罪を受けていないという気持ちは同じでも、そうした被害感情をいだき続けていることをなじられる被害者・被害者遺族
SNS等でさんざん話題になっているのですでに皆さんご存知のことでしょうが。 www.fnn.jp (アーカイブ) 本人もツイッターで“自白”していました。 【日本外務省がチェック含めしっかりしないと。昨日、外交部会長として外務省と頻繁にやりとりしたが、外務省は約1ヶ月動画を放置した反省と再発防止対策が必要→ウクライナ政府、日本に外交ルートで謝罪。昭和天皇の写真を「ファシズム」と… 外務省が動画に削除要請】 https://t.co/lVTimO9leH — 佐藤正久 (@SatoMasahisa) 2022年4月25日 いくつもある記事の中からこれを選んだのは、「歴史戦」の関連タームである「情報戦」が佐藤議員の口から出ている、という理由です。「情報戦で負けている」って、いったいどこと戦っているという認識なのでしょうか? 「ウクライナ政府のSNSなどをチェックする担当者を設けるよう求めた」
4月1日と8日の『毎日新聞』夕刊に「日本国紀「南京大虐殺はウソ」論を検証 上・下」が掲載されました(大阪本社版)。インタビューを受けているのは笠原十九司さんです。 4月1日夕刊 4月8日夕刊 ご覧の通り(新聞としては)かなりのスペースを割いています。とりあげられている「ウソ」は7つ。 ・南京大虐殺は中国国民党の宣伝 ・ダーディン記者、スティール記者の記事は伝聞に基づく ・南京には各国特派員も大勢いたのに大虐殺は報じられていない ・南京の人口は20万 ・日本軍兵士と南京市民の和気あいあいとした日常生活を写した報道写真がある ・南京市以外での大虐殺の話がない。日本軍の軍紀は厳正 ・30万人も殺したのに松井石根一人しか裁かれていない
3月24日に行われたゼレンスキー・ウクライナ大統領のリモート演説。実施が議論され始めた当初右派は大はしゃぎだった。代表的なのがこれだろう。 ゼレンスキー演説が実現すれば、それは「憲法第九条護憲平和主義」への「余命通知書」になろう。ゼレンスキー演説が日露戦争、ソ連参戦とシベリア抑留、北方領土不法占拠に言及し、日本に一層の戦争支援を訴える中身のものになれば、そうした結論になる。立憲民主党のサボタージュも驚くに値しない。 https://t.co/rjyyK9oyrs — Jun SAKURADA /櫻田淳 (@jun_sakurada_01) 2022年3月16日 要するに第一次湾岸戦争時の "Show the Flag" 発言の再来をゼレンスキー大統領演説に期待していたわけである。 そうした右派に冷水を浴びせたのが、アメリカ議会でゼレンスキー大統領が「真珠湾攻撃」に言及したことだ、というのは
昨年11月にBS1スペシャルとして放送された「「幸せなら手をたたこう〜名曲誕生の知られざる物語〜」。 www.nhk.jp これはもともと2016年に放送された番組だそうですが、これが去る2月14日、15日にBSプレミアムの「プレミアムカフェ」枠で再放送されました。日課の番組表チェック時に番組名は見たのですが、特にこの曲に思い入れもないのでスルーしていました。 ところが14日の放送時間帯にたまたまチャンネルをBSプレミアムにあわせていたらこんな場面が……。慌てて翌15日の再放送を録画予約しました。 曲の作者の男性は、1950年代にYMCAのボランティアとしてフィリピンに滞在します。その際、日本に対する非常に厳しい視線を体験します。その背景にあったフィリピンの人々の戦争体験が生々しく証言されていました。 「幸せなら手をたたこう〜名曲誕生の知られざる物語〜」より 「幸せなら手をたたこう〜名曲誕
今年は“太平洋戦争80年”ということで例年よりも冬の戦争関連番組が多かったように感じます。今年が同時に満洲事変90年の年でもあることはほとんど無視されていること、12月8日にはスポットがあたっても12月13日はスルーされていること、そして日本軍による加害を正面から取り上げる番組は稀であること……という限界は例年通りです。というわけで全体としてはとても高くは評価できない今年の「12月ジャーナリズム」でしたが、いくつか印象に残った番組もありました。 まずは自らの罪への自覚から赦免申請書を出そうとしなかったBC級戦犯を扱ったこの番組。例えば捕虜と民間人を殺害したとして終身刑判決を受けた憲兵准尉は、戦犯釈放のための手続きを推し進めていた国の担当者に「事件の非人道的なことに対する深い反省に基づき 赦免を申請する意思はない」と語ったという。また捕虜殺害でやはり終身刑となった海軍の兵曹長は「いかに上官の
先日、11月14日に NHK 総合の「目撃!にっぽん」枠で放送された「遺された声〜横井庄一の“戦争”〜」を録画して視聴しました。 www.nhk.jp まだ存命の妻へのインタビューや帰国の翌年に録音された横井さんの証言を軸とした構成。 タイトル 証言から、軍の上層部にとって自分の存在は都合が悪いと横井さんが考えていたことがわかります。 参謀は終戦前に脱出 「わしが出てきて困る人」 当初、グアム戦について積極的に証言するつもりだった横井さんが口を閉ざすようになった横井さん。 「戦争の後始末」 その横井さんが口を閉ざすようになった経緯について、当時取材にあたった中日新聞の元記者が証言。横井さんが「民兵を射殺した」と証言したのです。 民兵射殺の証言 当時の紙面 しかしこの証言が報道されると横井さんは発言を翻します。県の援護課が介入した可能性を否定できません。 発言撤回 元記者は当時の自分の取材姿
digital.asahi.com (アーカイブ) 「7月7日」や「12月13日」とともに日本のメディアでは軽視されている「9月18日」ですが、今年は90周年ということもあってか『朝日新聞』が社説で取り上げています。そのこと自体は評価したいと思いますが、内容はといえば…… まず「だが日本では、この日はそれほど意識されない」「中国との戦争がいつ始まったのかを答えられる学生はあまりいないという」といったあたりから引っかかります。例年、中国で式典が開かれたことくらいしか記事にしてこなかった自社の姿勢をまずは問うてみるべきではないでしょうか。 しかし最悪なのは次の部分です。 その際に不可欠なことは、自国だけでなく、関係する他国の目線でも過去を顧み、思考することだ。当時の自国の行動と思惑が他国にどう映り、なぜ誰も望まぬ破局に陥ったか。 「複眼的な歴史観」を説いておきながら“自国の目線”なるものは当然
オリンピック中継に埋もれつつ、この夏もNHKを中心にアジア・太平洋戦争関連の番組がいくつか放送され、一部をのぞいて録画・視聴しました。あいかわらず被害体験中心の番組が大半でしたが、そのなかでも「“玉砕”の島を生きて〜テニアン島 日本人移民の記録〜」は「集団自決」に対する軍の深い関与を訴える証言がとりあげられていました。 www.nhk.jp 9月2日に再放送予定です。 加害の側面に関して突出していたのはやはり「感染症に斃れた日本軍兵士 マラリア知られざる日米の攻防」、特に後半でしょう。 www.nhk.jp 多数の兵士が戦病死したこともある意味では日本「軍」による加害と言えるでしょうが、後半では先日ご紹介したばかりのインドネシアにおけるワクチン禍がとりあげられ、『世界』8月号に寄稿されていた倉沢愛子さんも登場しました。こちらのインタビューでも倉沢さんがこの問題について触れています。 テレビ
「八月ジャーナリズム」という言葉がありますが、月刊誌『世界』(岩波書店)の8月号は普段よりもアジア太平洋戦争に多くのページを割いていました。 まずは倉沢愛子さんの「それは日本軍の人体実験だったのか? インドネシア破傷風ワクチン“謀略”事件の謎」。1944年8月のジャカルタで、七種混合ワクチンを接種された「ロームシャ」から破傷風を発症するものが現れ、判明しているだけで300人以上が亡くなったという事件。日本軍は謀略を疑って捜査を行い最終的に医師一名を死刑に、またもう二名を獄死させたが、“自白”は強要された疑いが濃厚とのこと。筆者の仮説は南方軍防疫給水部によるワクチン開発の失敗が原因というものだが、ならばなぜタイトルに「人体実験」とあるのか。一つには海軍軍医部が破傷風ワクチン開発のために人体実験を行っていたことが戦後の戦犯裁判で明らかになっていること。もう一つはあの帝銀事件で捜査線上に上った松
昨年は(いまも、ですが)図書館の利用も制約を受けたのでチェックするのが遅れていたのですが、『世界』(岩波書店)の2019年8月号から始まっていた佐藤純氏(大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター)の連載「慰安婦がいた時代――新資料とともに改めてたどる」が2020年の5月号で完結していました。 「新資料」として目を引くのは、筆者自身が古書店で入手し第7回で紹介している「美濃部資料」、日中戦争に従軍した軍医が残したと思しき資料です。1938年7月の時点で、第22師団軍医部長が中支派遣軍「管下」にある「特殊慰安婦人」が約2,000人だったと述べたという記述や、中支派遣軍がこれまで未発見の「慰安所」に関する内規を作成していたことを伺わせる記述があるとのことです。 またラムザイヤー・ハーバード大教授のせいでまたぞろリピートされている「慰安所は公娼制の戦地版」と言った主張との関係で興味深いのが第2回、
『歴史評論』(歴史科学評議会)の2021年5月号が「ひとびとの歴史意識に向き合い、疑問に答える」と題する特集を組んでいます。歴史科学評議会はラムザイヤーの日本軍「慰安婦」問題否定論を批判した「新たな装いで現れた日本軍「慰安婦」否定論を批判する日本の研究者・アクティビストの緊急声明」を出した団体の一つです。特集のねらいはもちろん歴史修正主義批判です。 しかし、意図的に歪曲された歴史像、学術的成果を無視して拡散されている情報も少なくありません。特にインターネットの普及で、近現代史をめぐるいくつかの論点については、その傾向が強くあらわれています。こうした状況は歴史学研究の担い手にとって放置できないのであり、書籍やマスメディアをつうじて研究成果にもとづいた歴史像を提供し、また、ひとびとの歴史に対する関心や疑問にこたえなければなりません。 (http://www.maroon.dti.ne.jp/r
『産経新聞』が大喜びで紹介したマーク・ラムザイヤーの「太平洋戦争における性行為契約」。しかしこれが根拠のない主張や引用文献の恣意的な利用、先行研究の無視といった手続き上の問題点を多数抱えていると批判されていることは皆さんご存知のことでしょう。 いまのところ右派からのまとまった反論らしきものは「歴史認識問題研究会」のサイトに掲載された、西岡力による「慰安問題に関するラムザイヤー教授論文撤回を求める経済学者声明の事実関係の誤りについて」だけです。しかしタイトルを見ればわかるように、ラムザイヤーの主張を正面から擁護すると言うよりも「経済学者声明」への批判に重きが置かれています。「性奴隷」という擁護への反論は例によって「公娼制」を引き合いに出すもので、公娼制が当時においても「事実上の奴隷制度」と批判されていたことは相変わらず無視されています。 さて明日14日、Fight For Justice 主
-小林太郎(笠原十九司、吉田裕編・解説)『中国戦線、ある日本人兵士の日記 1937年8月〜1939年8月 侵略と加害の日常』、新日本出版社、2021年2月 bit.ly 2015年10月4日号の『しんぶん赤旗 日曜版』に「遺族が公開 虐殺生々しく 上等兵の日誌」と出して報じられた旧日本陸軍第16師団所属の兵士の日記が新日本出版社から刊行されました。笠原十九司氏による詳細な解説が付されており、日中戦争をミクロな視点とマクロな視点で学ぶことができます。さらに日記の主が撮影した写真やスケッチが収録されているのですが、編者の一人吉田裕氏による「あとがき」によれば「本人が撮影した多数の写真が残されていること、その写真がほぼ時系列に従って整理されている」という点で、数ある従軍日記の中でも「際立った特徴」を持つ、とされています。 内容については今後折に触れて紹介させていただくつもりでおります。
-沖縄タイムス 2021年1月7日 旧日本軍の司令部に「慰安婦」 沖縄大学の研究員、裏付ける資料を新たに発見 第32軍司令部の留守名簿に軍「慰安婦」と見られる女性が「特殊軍属」として記載されていたことが明らかになった、という今年はじめのニュースです。ちょっと気になるのが記事に引用されている発見者のコメントです。 沖本さんは「この名簿から『慰安婦』を軍隊が紛れもなく管理していたことが分かる証拠になる。名簿の無い朝鮮人や沖縄関係の慰安婦もいる。32軍司令部の公開と合わせて研究が進んでくれたら」と話した。 一般の読者に史料の意味を伝えるのが必ずしも容易でないのはわかりますが、これではあたかも「軍が「慰安婦」を管理していたか否か」がいまだに争点となっているかのように受け取られかねません。そのような地点はもう四半世紀も前に通り過ぎたはずです。
AFPBB NEWS にこのような記事が掲載されていました。ニュルンベルク裁判の開廷から75年目となる日にあわせて掲載されたようです。 -2020年11月20日 「ナチスの「虐殺部隊」に所属…父の秘密と向き合うドイツ人女性」 【11月20日 AFP】ドイツ人のバーバラ・ブリックス(Barbara Brix)さん(79)は、医師で歴史と文学を愛する父親を尊敬していた──生前、ナチス・ドイツ(Nazi)の「虐殺部隊」の一員だったと知るまでは。その事実を知ったのは、父親が死去してからだいぶたった後だった。
西岡力と高橋史朗が発足した歴史認識問題研究会は『歴史認識問題研究』というどこか既視感のある論集を刊行しています。現在までに全7号と中国人「慰安婦」を特集した別冊号(2018年10月)が出ています。 今回とりあげるのはこの別冊号です。数人がかりでひたすら蘇智良の「慰安婦」研究が穴だらけであると主張するものですが、この別冊号に収録されている右派論壇人たちの主張の粗雑さもたいがいです。 一番驚いたのは島田洋一。これじゃまるでレジュメです。おまけに冒頭部分の書誌情報から著者名が抜けているという……。 「<総論>中国人慰安婦問題の全体像、明らかになった4つの真実」を書いているのは西岡力。その「4つの真実」の一つ目が「1 中国人慰安婦問題の研究と運動は1992年朝日の慰安婦強制連行プロパガンダを契機に始まった」で、「またか……」とうんざりさせられます。しかし「蘇は自分が慰安婦問題を知ることに
日本社会が急に戦争を思い出す8月も今日で終わりです。この夏に放送されたアジア・太平洋戦争に関連した番組中、地上波で18本(1本は7月30日放送、またレギュラー報道番組中の特集も含む)を録画し、BSでは5本(過去の番組の再放送を除く)を録画しました。 そのほとんどはすぐに視聴したのですが、NHKスペシャルの「渡辺恒雄 戦争と政治〜戦後日本の自画像」は放送予定をはあくした時点でゲンナリしてしまいまだ見ることができずにいます。 もはや指摘するのもゲンナリしますが、20本を超えるこれらの番組のうち旧日本軍の加害や連合国および戦場になった国々の人々の被害を正面からテーマにしたものは一つもありませんでした。8月2日放送のテレメンタリー2020「揺れる平和都市〜被服支廠は残るのか〜」と8月3日放送のNNNドキュメント「煉瓦の記憶 広島・被爆建物は語る」がいずれも旧被服廠の保存問題をあつかっており、「軍都
アジア・太平洋戦争に関する記事や番組が増える季節になりましたが、毎年のことながらその大半は“日本人の悲惨な体験”を扱ったものです。そのなかで日本軍による被害体験を扱ったものとして目についたものは泰緬鉄道に関するものでした。 一つは東京新聞によるイギリス人元捕虜へのインタビュー記事です。本日の時点で2回目までが掲載されています。 -100歳元英兵が語る ジャングルに散った親友〈死の鉄道〉(1)」 -生ける骸骨の集団、腐敗臭にまみれた病人小屋〈死の鉄道〉(2)」 もう一つは FNNプライムオンラインに掲載された「終戦から75年…旧日本軍が建設した“死の鉄道” 悲劇の現場で働いたタイ人とマレーシア人の証言」です。二人の証言者のうちタイ人のトンプロムさんは自身が虐待をうけたわけではありませんが、現場で「数え切れないほどの数」の捕虜が亡くなっているのを目撃した、とはなしています。 16日追記 『朝日
この記事はこちらの続きです。 「不覚の「南京占領」研究 : 法廷論争を十年ぶりに振り返る」ないし「南京「占領」研究の盲点 : 法廷論争を11年ぶりに振り返る」の第5節では、日教組の訪中団が1985年に聴取した夏淑琴さんの証言がとりあげられています。彼が噛みつくのは「私は2⼈の妹をつれて、隙をみて逃げだし、死体の⼭の中に埋もれて15⽇間かくれていた」という箇所、および「意識をとりもどして 今でも脳裏にやきついているのは、空地といわず私の周囲は死体の⼭で埋まり、それがガソリンをかけられて無残な炎に包まれていたことであった。」という箇所です。 第一にマギーフィルムでは「古い敷布の下に隠れていた」とされていたのにこちらでは「死体の⼭の中に埋もれて」となっていることに文句をつける東中野センセー。しかしちょっと考えればわかることですが、「古い敷布の下に隠れて」と「死体の⼭の中に埋もれて」は両立します。
7月7日、9月18日、12月13日といった「12月8日と8月15日以外」でアジア・太平洋戦争の節目となる日付に日本の新聞の報道をチェックする記事を書いてきましたが、今年の7月7日も相変わらず「中国で式典が……」という記事だけです。しかも『朝日新聞』はそういう記事すら掲載していないようです。 Googleニュース検索で「盧溝橋事件」を検索 ただ、7月7日の『朝日新聞』の大阪本社版夕刊には「(戦後75年)日中戦争、ある教師の従軍日記 亡父の手帳・原稿用紙、公開」という興味深い記事が掲載されています。 日中戦争の発端となった「盧溝橋事件」から83年を迎えた7日、野砲兵として中国戦線に赴いた亡父の従軍日記を、大阪市中央区の高田幸男さん(63)がHP上で公開した。埋もれかけていた手稿を公的記録と照合。一兵士の実体験を戦況の推移と併せて追える資料に仕上げた。 『朝日新聞』大阪本社版2020年7月7日夕
日本軍「慰安婦」問題や「徴用工」問題に関しては、日本の右派メディアが積極的に主張を展開する一方、それに対する反論を主流メディアがほとんどとりあげない状態が続いています。李栄薫(編著)『反日種族主義』(文藝春秋)についても同様です。日本の右派メディアがとりわけ強調しているポイントの一つが、李宇衍が論文「戦時期日本に労務動員された朝鮮人鉱夫(石炭、金属)の賃金と民族間の格差」で展開した、“朝鮮人炭鉱夫に対する賃金差別はなかった”という主張です。 差別現象の多くに共通するのは「制度上の建前」と「実態」との間に大きな乖離がある、ということです。これこそ先のエントリで私が「……のはずだ」「……のはずがない」論法として批判した歴史修正主義の手法に関わることです。“リンカーンが奴隷を解放したのだからそれ以降のアメリカに黒人差別は存在しない”と聞かされてそれを鵜呑みにする日本人はまずいないでしょうが、朝鮮
ちゃんととりあげなければ、と思いつつ先延ばしにしているのが李栄薫らの『反日種族主義』(文藝春秋)です。とはいえ、先延ばしにしている最大の理由は、同書の内容に目新しいところがないことであり、単に内容だけを問題にするならば改めて批判するまでもありません。目次を見るだけでも、李栄薫らの主張が日本の右翼のそれ(例えば百田尚樹の『今こそ、韓国に謝ろう』など)と変わらないことは一目瞭然です。 そう考えると、版元サイトでの同書の紹介はちょっと笑えます。 本書がいわゆる嫌韓本とは一線を画すのは、経済史学などの専門家が一次資料にあたり、自らの良心に従って、事実を検証した結果をまとめたものであるということだ。 その結果、歴史問題の様々な点で、韓国の大勢を占めてきた歴史認識には大きな嘘があったことが明らかにされている。そしてそうした嘘に基づいた教育が何年も積み重ねられた結果、韓国の人々の多くは誤った歴史認識を正
「ボーナスタイム」だった2月と3月、安倍政権や東京都がオリンピック、パラリンピック開催に執着したために無為に過ごしたせいで、ここへきて感染の拡大がすすんでいます。早くから「検査を拡大すると医療崩壊する」という主張が政権の対応を正当化してきた一方で、この二ヶ月間「医療崩壊」を防ぐための具体的な手立てがろくに講じられてこなかったという現実を前に、願望で現実認識を歪めた戦中の日本を想起したひとも少なくないようです。 現在焦点になっていることの一つは営業「自粛」に対する休業補償ですが、予想通り安倍政権は後ろ向きであり、東京都のように一定の支出を表明している自治体でも「協力金」という名目であって「補償」という用語は忌避されています。 理屈で言えば強制力のある休業命令ではなく「自粛要請」だから補償ではない、協力金だ、ということにはなるのでしょう。しかしこれは実は順序が逆であって、国や自治体の法的責任を
本日、来年度から使用される中学校教科書の検定結果が公表されました。「つくる会」が先月、結果の公表前に自由社歴史教科書の不合格を発表したことで注目されていた検定結果です。 -産経新聞 2020年3月24日 「「従軍慰安婦」の呼称復活 中学校教科書検定 自虐色強まる傾向も」 一方、先の大戦をめぐる記述では、歴史で2社が慰安婦について説明。このうち新規参入の山川出版は「戦地に設けられた『慰安施設』には、朝鮮・中国・フィリピンなどから女性が集められた(いわゆる従軍慰安婦)」と記述した。「従軍」をつけた呼称は不適切との批判が強く、現在の教科書では使われなくなっている。 高校の教科書で有名な山川出版が新たに中学校の歴史教科書に参入したということ自体がニュース価値の高い情報だと思うのですが、もちろん産経の目のつけどころは違います。右翼のつまらない言い掛かりとは別に「従軍慰安婦」という呼称は支援団体も使わ
何年か前に『戦史叢書』(防衛庁防衛研究所戦史室)をオンライン公開する計画のニュースを読んでいたのですが、最近は『戦史叢書』を参照しなければならないような記事を書いていなかったこともあり、それっきりになっていました。先日、ふとしたことから実際に公開されている(2018年6月に開始、その後随時追加)のを確認しました。こちらのページの「戦史叢書の検索・閲覧はこちら」というリンクから検索、閲覧ページに移ることができます。 『戦史叢書』については補備6巻を除く全96巻が完結した段階で藤原彰さんが『歴史学研究』第451号(1977年12月)に書評を書き、「作戦参謀の立場から書かれた作戦史という面がきわめて強い」としています。他に否定的な評価として「個々の作戦の記述は詳しいが、相互の関連と全体の中での位置づけがあまり行われていない」「旧軍の陸海軍の対立をそのまま持ち越したかのよう」ともされています。その
2018年に放送された NHK スペシャル『ノモンハン 責任なき戦い』を講談社現代新書で書籍化したもの。 本を読むにあたって番組を見直すことはしなかったので放送で使われていたかどうか記憶がはっきりしないが、引用されている辻政信の回想に次のようなものがある。 よく知られているようにノモンハンでの戦いで関東軍は独断で越境爆撃を行っている。これを強く主張したのが辻であることもよく知られている。関東軍は計画が事前に参謀本部に伝わらないための工作も行い、のちの大本営発表を思わせる誇大な戦果を得意げに発表した。これが当時の作戦課長、稲田正純を激怒させる。関東軍の作戦課長に電話をかけ「もってのほかだ」「これ以上言うたら、首切るぞ」などと怒鳴り上げたという。統帥権干犯という暴挙なのだから、当然であろう。ところが辻は次のように主張しているという。 死を賭して敢行した大戦果に対し、しかも明らかに我は報復行為に
2月27日はアウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所がソ連軍によって解放されてから75年目の日に当たり、記念式典が行われています。 -BBC NEWS JAPAN 2020年01月28日 「アウシュヴィッツ解放75年、各国首脳が式典出席 反ユダヤ主義への対抗呼びかけ」 これに先立ち、オランダの首相がホロコーストに関して「十分に保護せず、助けず、認識しなかった」ことを謝罪しています。 -BBC NEWS JAPAN 2020年01月27日 「オランダ首相、ナチス虐殺で初めて謝罪 ユダヤ人保護せず」 個人としての積極的協力者は別として、国家としてのオランダはホロコーストを積極的に立案・推進したわけではなく、ドイツに占領されている状況下でホロコースト政策に抵抗しなかった責任を問われていたわけです。人道に対する犯罪の進行を看過したことが「謝罪するようなことはしていない」とみなされない。これが2020年以
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