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衆院選
d.hatena.ne.jp/hidamalar
これ読んだ 俺は結構前からエロ漫画読んでるけど、その入り口はエロサイトだった。エロサイトをたらい回しにされていたときにエロ漫画と出会ったと思う。一話分まるまる画像が置いてあるサイトだったかな。あれは違法だけど、エロ漫画の入り口として有効に機能しうると思う。もちろん、そこから金を払う客に変えるのは相当に難しいし、認めていいものじゃない。 でも、エロ漫画を読む入り口が他にあるかといえば他にない。エロ漫画業界は、エロ漫画をまず読んでもらい、エロ漫画読みを増やさなければならないが、エロ漫画は偏見が多く漫画好きにさえあまり読まない。書店で買うのも壁があり、メロンブックスとかコミックZINのような専門店でないと売れにくいだろう。一般書店では隔離されていて、人気作でない限り棚晒しにされていると思う。そもそも単行本の18禁漫画コーナーがなく、入荷してない書店すらある。 唯一例外はコンビニのエロ漫画雑誌だが
エロゲに必要だったのは本当にボリュームなの?読んでた。結論の出ない議論だし、各論にいちいち突っ込んでいても無駄なので俺の言いたいことを短く一つだけ言う。みんなそれを指摘しないし、だれも気にせずまるでコンセンサスがとれていたように扱われてたから言わせてもらいたい。だらだらとした日常パートのなにが悪いこの議論の前提として持っていなければいけないはずの認識が抜けてる。シナリオの長大化の原因はなんだ?それは日常パートの肥大化のせいだ物語の本筋と関係ない部分を長くやるからシナリオが長大化する。シナリオを削ろうと思えば削れる部分はあるはずで、それを実現したときまず削られるのは無駄な日常パート。これに文句のあるやつはここで撤収したほうがいい。これ以上書いても長くなるばかりだから書かないから。だが、ここで重要視するべきはどうしてシナリオが長くなったかという根本的な問いだ。なぜ?そんなもんユーザーが望んだか
声優さんのお仕事は、深夜アニメだけではない。メディアに露出するような声優さんが深夜アニメに出演されている方ばかりなので、畑違いの吹き替えやナレーション、ゲームで活躍されている声優さんの名前を聞くことはあまりない。なので、私が語れる範囲で活躍されている声優さんに焦点を当ててみようというのが今回の思いつき。これから紹介する桐谷華さんはエロゲ業界で活躍されている方だ。彼女はエロゲ初出演からまだ3年目の若手(wiki参照)だが、初出演のゲーム(穢翼のユースティアのサブヒロイン)で注目を浴びエロゲ声優としてトップにまで一気に駆け上がった。エロゲ初出演から半年もしないうちにメインヒロイン2本を務めている。制作の日程から逆算すると、ラヴィリアの演技を見てからのキャスティングは不可能。エロゲのキャスティング発表は遅くとも発売の半年前には行われる。つまり、エロゲ業界で活動を始めて一作目が発売された頃には、二
場が弱い。個人ブログという場の集客力のなさがなんとも言えない。昨日、琴浦さんについてTwitterで書いたことがTogetterとしてまとめられたんです。そのことはどうでもいいんですけど、その際実感したのはサイトの力の差です。俺が、このブログで琴浦さんについて書いたらどのくらいの人が読んでくれたかなーってことを考えると、たぶん半分も見てくれなかったろうなと。Togetterのほうは一日経ってないんですけど、なんか7000くらいきてるみたいんですよ。このブログ更新し始めて半月くらいですけど、それで2000ちょい。3倍いってますね。ブログとTwitterじゃ違うんで、ブログは読まなけどTogetterは読むみたいなこともあると思うんですよ。短い文章は読んでもいいけど、長いのはちょっとみたいな。その違いから読まない人はそれでそれでいいんですけど、これでブログの集客力の弱さが完全に出ちゃったんです
G.A.Wさんのブログがなくなった。なんだそいつはと思う人は、もう読まなくていいです。今回はそういう人に配慮をしない内容になるので、分かる人だけ読んで下さい。というか、もうこれは完全に自分のために書いています。もうこれを公開するかもわかりませんけど、どかいさんというツイッター上の知り合いの方への返事も兼ねているので、その人のためだけに公開するかもしれません。でも、どかいさん別に読まなくてもいいですよ。こっから先、どういう内容になるか自分にも想像がつかないので。なんで、一つのブログがなくなった程度で、こんなものを書いているのかというと、私にとってmk2さんがそれだけの人だったからです。はてな民としてどうとか、インターネットの時代からいた人だからとか、そんなことは知ったこっちゃありません。私がはじめてネットを見始めたとき、そのおもしろさを教えてくれたのはmk2さんだったからです。別にコンタクト
ネットの世界ではファイル共有ソフトが蔓延している。ファイル共有ソフト、この言葉を聞いたとき多くの人はネガティブなイメージを抱いてしまうだろう。実際、その面があるのは否定しない。しかし、これは馬鹿と鋏は使いようみたいなもので、使い方次第でどんなものにでもなるという技術だ。なにが善悪なのかは知らないけれど、そのどちらにでもなれる非常に有用性のある便利な技術なのは、間違いないだろう。別に、こんな一般論を物知り顔で言いたいがために、これを書いているわけではない。”P2P技術は悪”というレッテルが張られることが嫌、という理由で書いているわけでもない。ファイル共有ソフトを利用しているやつは”犯罪者”みたいなイメージがおかしいように思うから、書いている。普通に犯罪者と思われている方がいるでしょうけど、犯罪はあくまでアップロードしている側であって、ダウンロードによって違法の判決が下されたことは、少なくとも
アマガミ最終回だが、力がいい感じに抜けていてよかった。アマガミSS+ plus (1)絢辻 詞 【Blu-ray】出版社/メーカー: ポニーキャニオン発売日: 2012/04/04メディア: Blu-rayクリック: 8回この商品を含むブログ (26件) を見る最終回が番外編というのはよくあることだが、無理に締めようとしてダメになる作品もある中、アマガミらしいとも言える非常に力の抜けたカットが多く、見ていて飽きない楽しい回だった。この回を見て終わった後、思ったのは『切り替え』がうまかった。あらゆる意味においての切り替えがなされていた。初めにいったように、この回はカットの力が抜けている。だけど、ただ力を抜いているわけではなく、そこには明確な意図が感じられる。力を抜くところと、入れるところを分けているのだ。手を抜いているというわけではなく、話の中に落差が出ている。緩急といえばいいのだろうか。こ
white album 2 私は、まだやってない。導入部と最初の少しだけやっただけ。主人公のキャラとヒロインたちのキャラが少し掴めたくらいか。まだ、そんなんだが、これの導入部が恐ろしくうまかった。”うまい”って言葉のかっこいい感じの方の”巧い”が似合うくらいにうまい(感じと漢字を掛け…ああ、言わなくていいの…そう)。ということで、これ読むなら体験版落として最初の導入部だけでもやってほしい。俺は鳥肌が立つくらいすごかったと思ってる。最初さえやれば、中身いいんじゃねってくらいにすごいうまいと思ってる。体験版リンク→http://leaf.aquaplus.jp/product/wa2ic/special_trial.html 別にやらなくても読めるとは思うから、それで興味もったらやってみるのも良し。 そんで、本題を書くけど、始まって1分程度の会話なのだから別にネタバレと隠すようなものでもない気
ミルキィホームズの二期がどうしてつまらなくなったのかは、最近その界隈ではどこにでも書かれているようなことですが、一つ私の考えも書いておきたいと思います。 いろいろな意見があるようですが、私は2chとかそういうクラスタの意見をほとんど読んでいないので、偉そうに書いているくせに、どこにでも書いてあるようなかもしれません。でも、そんなことは私には関係なく、読む人の問題なので、書くこと自体に意味ある、という正論を盾に自分の意見を言わせてもらいますと、すべてのミスは始まりにありということだと思います。ミルキィホームズは、まず前提として優秀な探偵であったはずです。一期見た人もほとんど忘れている設定かもしれませんが、一期一話では確かに優秀な探偵でした(そのころもトイズの能力だけだったが)。一期は、探偵としての能力がなくなってしまったらどうするか、という主題がありました。”トイズという力がなくても、私たち
これから先、映画けいおん!のことを書くけど、勘違いされたくないので前提として「映画けいおん!は最高だった」というのが私の真摯な感想であることを理解しておいてください。あとネタバレとか、それなりにあると思うので、読む人はそれを了承の上で読んでくれ。映画「けいおん!」オリジナルサウンドトラックK-ON! MOVIE ORIGINAL SOUND TRACKアーティスト: サウンドトラック出版社/メーカー: ポニーキャニオン発売日: 2011/12/21メディア: CDクリック: 17回この商品を含むブログ (16件) を見る そんで、まあ、映画の話な。うん、見てきたよ。今日。なんか歯切れが悪い感じなのは、そういう内容だったからだよ。いや、最高だったと思うよ。だけどね、あれは俺のような人間にとってあまりにもつらい映像でもあったんだよ。俺はさ、あのキラキラして青春のど真ん中を仲間とわいわいしながら
ましろ色シンフォニーが9話に引き続き10話までおもしろかった。私は、演出的には9話に圧倒されたので、そのとき程の衝撃は受けなかったのだが、今回も十分にレベルの高い一品に仕上がっていたのも確か。10話は衝撃的展開もあって、相当に話題になっているので、よかったら見てみるといいですよ。単発でも、見る価値があるほどに完成度が高いし、なによりもこの話はヤマのつくりかたはお手本のようにうまかった。ためてためて、ここで泣かすっていうのが画面からにじみ出てるのだけど、それが嫌な感じがしなくて、紗凪ちゃんに感情移入させる演出は、見事という他ない。ニコニコで配信しているらしいので、見ることをおすすめする。10話では前回までに、新吾とみう先輩がおそらく両想いであること、自分に恋心があること、に紗凪が気付いているところからはじまり、前回までのそれを踏まえていた。二人を邪魔したい気持ち、そして新吾に自分を見て欲しい
ましろ色シンフォニー9話があまりにも素晴らしかった。脚本、作画、コンテ、演出、音響すべてが噛みあうとここまでおもしろい一本が出来るものかと感動するほどにおもしろかった。シリーズ通してそこまでおもしろいものではないが、9話はすごいのでそれだけでも見て欲しい。別にシナリオとかないから、単発で見ても楽しめるというのもあるけど、それ以上に単体でのフィルムとしての完成度が素晴らしいので、私としては是非とも視聴することをお勧めする。ニコニコ動画でたぶん配信してるんじゃないかな?してなかったらすまん。それで、9話なのだけど、すごかったのはAパート終わりの紗凪と慎吾の一緒の下校のシーン。夕日を背景に紗凪と慎吾が同じ方向に向いて帰っている。このとき、紗凪は猫に対して「慎吾(猫の名前)になら全部見られても構わない」とか「慎吾、一緒に寝ようなぁ」とか言いまくる。これは、言うまでもなく猫が慎吾の暗喩で、猫に言って
何者にもなれない俺たちは一体なにになればいいのか。俺はアニメを漫画をゲームを消費している。それはもうめちゃくちゃに消費しているわけで、漫画の連載は60本くらい読んでるし、アニメは10本くらい見てるし、ゲームは、まあやってないけど、とにかく物語をめちゃくちゃに消費してる。そんで、たぶん俺のブログを読むような人は(偶然きた人すみません)アニメや漫画を多少なりとも見てる人で、たぶん、そういう人には理解してもらえると思うのだけど(いや、小説やドラマを読む人もわかると思う)、物語に出てくる人って、俺達からみれば何者かになれている人たちなんだ。物語に出てくる人はなにかを成そうとしてる。物語なのだから、語れるほどのなにかをしていないといけなくて、物語に出てくるような人、いや主人公やその仲間たちはなにかの目的があって、その目的を果たすためになにかを一生懸命にやってる。それで、物語の主人公たちはその目的を結
「エロゲー」は「エロ」を前提としているのだから「エロ」がなければ「エロゲー」じゃない、よって「エロゲー」に「エロ」は必須、はい論破。などと書いてもあまり意味もないので、この問題は別の視点で考える必要があるのだろう。この問題は、「エロ」がなくても成立する作品に対しての疑問なのだろうから。今のエロゲーは「純愛ノベル」がベースとなってる。「エロゲーらしいエロゲー」つまり『へんし〜ん!!! 〜パンツになってクンクンペロペロ〜』とか『世界に男は自分だけ、全世界の女性を妊娠させて人類を救え!』みたいにわかりやすく「エロ」を目的としてつくられているエロゲーが少なくなっていて、エロゲーなのに「エロ」がなくても成立することに対してエロゲーをみて、ユーザーが「エロゲーとはなんなのか」がわからなくなっているのだ。「エロゲー」なのに「エロ」を排して成立する作品があることは、コンシューマー向けに移植しているエロゲー
「エロゲーにエロは必要なのか」という議論がある。この議論のきっかけはおそらく、18禁ゲームのコンシューマー用への移植が多く見られるようになったからだろう。18禁だったものをコンシューマー向けに出すメーカーをみてしまったら、エロゲーなのにエロ無しで成立するものなのか、というのは考えて当然だ。この18禁ゲームのコンシューマー移植は、「エロゲーとはなんぞや」という根本的疑問と、一つのユーザーの不満を生み出したように思う。コンシューマー向けの作品にはレーティング制度があり、エロやグロが過剰であればCEROの判定に沿うように内容を改変しなければならない。しかし、これはそのままではコンシューマー(大衆)に売り出せないということを逆説的に示してしまう。それは18禁版をやった人たちに、マイナスに考えられる余地を与えた。「自分たちがやった作品は大衆にとって好ましくないものなのだ」というような考えだ。一般大衆
私はエロゲーに飽きていました。いや、飽き飽きしていた。私は純愛系と言われるジャンルが好きなので、そればっかりやってるのですが、純愛系はノベルゲームが主体です。だから、純愛ノベルゲームばっかりやることになったわけですが、その展開がなかなかにワンパターン。告白して、いちゃいちゃして、セックスして、エンディング。別のキャラクターに変えて、告白して、いちゃいちゃして、セックスして、エンディング。それで5人くらいやったらゲーム終了。これは恣意的な言い方でしょうし、この構造自体に文句はないです。2人の男女の恋物語をゲームにするならこうなって当然でしょう。メインはその間にあった2人の物語がなわけですから、そういう展開に以外に展開のさせようがないですしね。ただ、私は昨今の物語がどうにも好きになれない。純愛系のエロゲーは結構なものが、高校を舞台にしているわけですが、そこで展開される物語に新鮮味がない。もうや
アニメには、漫画、小説(ライトノベルを含む)、ゲーム、などの原作がついていることが多々ある。それをメディアミックスというのだけど、今回はそういうビジネス的視点を排して、それがアニメ視聴者にとってどういうものかを考えたい。原作プレイヤー(漫画小説既読、ゲームプレイ攻略済みの人 以後はこの意味で使う)にとって、それを原作としたアニメはなんなのか。それは、その人がどれだけ原作が好きかで変わる。原作を好きならば原作の良さを最大限に引きだしてもらいし、原作を好きでないならアニメは原作から変わってもいいからおもしろくなることを願う。人によっては、原作を好きでなくてもアニメでは原作通りにつくることを願うだろうし、原作が好きだけど、アニメでは原作とは違うシナリオを願う人もいるだろう。ただ、統計的には、原作に愛着があるほどに原作通りにつくられることを願う人が多いだろう(そんな統計ないから推測だけど)。原作プ
バカとテストと召喚獣にっ!が始まった。僕は、このアニメの大ファンで一期の七話は今まで観てきたアニメの単発話数の中で一番おもしろい回だと思っているくらいに好き。ちなみにそのときの絵コンテと演出を手掛けていたのも大沼心さんだった。そんな、僕が大沼心さん回の一話をおもしろいと思わないわけがない。ということで、二期の一話で気づいたことをさらいながら、大沼心さんの演出を素人だけど考えようと思う。まず、レイアウトがかっこいい。このレイアウトのセンスは特筆しておく必要があると思うので書かせてもらう。SilverLinkは一期の頃からセンスのよさが、際立っていたけど二期になってもそれが健在であることが、始まってすぐのところで入れてくる。これで視聴者を逃さないようにしている。このあたりの工夫は流石。車内では、キャラクターを名前で配置し、しゃべるときに窓枠を設置するだけでなく、画面内でめいいっぱい遊ぶ。それが
このエントリーあんまり長くない上に、つぶやきみたいなものなので、本来ならTwitterでポストするくらいで満足できそうなのだけど、最近つぶやきでネタを消化して、ブログを書いていないのでこっちに書く。あまりたいしたことは書けないので、悪しからず。ちなみにスマホを使い電車内で書いているので他人の目がすごく気になりながら書いてる。隣の人がちらちらこちらをみて、しばらく経って去っていったのだけど、まさか見られてないよな…記事タイトル見られたら……去っていくときに目があったのだけど、そのときの目がまるで汚物を見るような感じがしたのは気のせいであってほしい。 それでは、書きはじめる。最近、アニメ、漫画、ゲーム、ライトノベル等のサブカル業界では『近親相姦』が流行っている。直接的な近親相姦だけでなく、兄妹がいたら妹は必ず「お兄ちゃん大好きっ!!」みたいに間接的な近親相姦を匂わすものが流行っている。俺の妹が
普天間問題、現行案にもどる!!このニュースを見たとき驚いた方も、やっぱりかと思った方も当然いるだろう。私はというと後者だ。このブログに書いたが、私は小さな島ごときがあの程度の反対をしても、政府の圧力で当然のように反対の声を押しきり徳之島に移設されるのだと考えていた。それが、政府は移設を諦め現行案にもどることになったのだ。私は、民主党がというより政治家が、国民の声を聞くということが信じられない。私たちの世代は、そういう人が多いと思うのだ。生まれたときから、政治家は、裏で何してるか分からない、表ではいいことを言ってもうそばっかり言っている。政治家を信じてはいけない。そんな、すり込みをされて、生きてきているのだ。この世代の僕は、当然国民の声なんて無視して、当然のように約束を破って(民主党は破っているが)、と思っていた僕が現行案に戻ることは衝撃だった。まあ、私としては、現行案に戻るのが最善だと思っ
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