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大谷翔平
sffts.hatenadiary.jp
"栃木"を"地獄"に変えると急に田舎臭くなる? 群馬はアフリカのような県? 行田市(埼玉)にブラックホールがある? もううんざりなんだよ、あなたたちの北関東いじりは。そもそも地獄に変換なんて栃木以外でも成り立つじゃないか! どうせあなたたちは自分より弱い奴を見つけて、ほとんど言いがかりとしか思えないような理由で、殴って、蹴って、見下して、笑って、「あー?"北関東"?誰だっけ?ぎゃははは!!/うっぜえなあ/あいつまじで一刻も早くしんでくれると助かるんだけど/ネタで首吊らせようぜ?/えーおれらのせいじゃないっしょ/自分からいじめられてるんすよ/」など宣う。一方で強い奴ら、例えば文武両道、眉目秀麗で学校一の人気者、雑誌モデルと俳優業をさらりとこなしさらには超絶不良グループのヘッドも努める"東京都"君や、両親が旧財閥系の御曹司でバリバリのお嬢様であるところの"神奈川"さんには媚び、諂い、進んでパシ
ドアを開けるとドアがあった。まただ。いい加減にしろ。「6」という文字が不気味に輝いている。 ドアは、それぞれ正面と側面に数字が標されている。くぐるたびに数字と周りの景色が変わるのだが、ドア自体の形状はどれも同じに見える。そもそもこの数字はなんなのか。先ほど俺は「5」と書かれたドアをくぐった。そして目の前にあるドアは「6」だ。「5」の前は「9」で、たしかその前は……。数字を遡ろうとした俺は途方に暮れて息を吐く。既に100近い数のドアを開けていたし、その全てに書かれていた数字を覚えていられるほど上等な頭は持ちあわせていない。 わかっているのは、「0〜9」の数字が不規則的に現れるということ。同じ数字が連続したり、「789」だとか「5432」のように順番に並ぶこともあったが、そこに明確な規則はないようだった。ドアの周囲は公園のように芝生が続いており、果ては見えない。まっすぐに歩いていたはずが、少し
震災後の仙台を訪問してきた。市街地から海に向かって歩いた。 土地の形や残った基礎などから、住宅が並んでいたとか田んぼが広がっていただとかはなんとなく想像できるが、どういった町並みだったのか、どういった暮らしが営まれていたのかはまったくわからない。そんな有り様だった。外からやってきた自分が見ることができたのは、津波が町を襲った後の姿だけだ。 でもここに住んでいた人は違う。かつて在った風景を知っている。だからこそ、受けた衝撃はきっと僕らには計り知れないものだろう。 道には砂埃が舞うのを防ぐために水が撒かれていた。がれきのなかで絶え間なくユンボが動く。採石場を思わせるような広い集積場に、たくさんのダンプトラックが木材などを運んでいく。3月11日から1カ月半。相当量のがれきが片付けられているはずだが、傍目には全く終わりのない作業が続いているようにも見え、なんとも言えない気持ちになった。できるだけ早
日が暮れるころに鳥取駅に着いた。朝からずっと弱い雨が降っていた。グーグルマップで適当なビジネスホテルを見繕う。ジャスコ的な店でトップバリューのヒートテック的な肌着と下着を買い、簡単に夕食を済ますと部屋に戻り眠った。 翌日も雨だった。前日よりも雨足が強くなっていた。荷物を駅のロッカーに押し込み、駅前のターミナルでバスを探す。バスは「鳥取砂丘 バス」でインターネットを検索したらすぐに見つかった。iモードでも余裕だった。麒麟獅子号という名前のイカしたループバスだ。ループの方向を間違えると1時間バスに揺られることになるらしい。 正しいバス(Bルート)に乗ることができれば20分ほどで砂丘に着く。「砂丘はつぎのバス停からが近いですよ」という親切な運転手のおじさんの台詞を降車タイミングで理解するようなグズは砂丘展望台から400円のリフトを使って砂丘へ向かうことになる。しょっぱすぎる簡易リフトの上、体育座
栃木県、国道293号線。 道の端から盆送りの煙。 東京の練馬と群馬が38度超で今年の最高気温を更新した。埼玉も37.9度と超猛暑日。関東を中心に100以上の観測点で猛暑、猛暑とアラームが鳴った。 とにかく関東一帯でアスファルトがとろけていた。朝方に墓場へ挿した花の水は昼前に蒸発。供え物の団子は石のように乾燥してカラスも食わない。 線香は消しても消しても立ちどころに発火。先祖の霊があの世に辿り着く前に燃え尽きた。 墓にかけた水は一瞬で蒸気になる。あちらこちらの墓から塵と水蒸気が混じった煙が上がり、空へ消えていく。 一方、おれの吐く息は白かった。 ここは、ひどく、寒い。 以前にこちらの記事 超巨大地下空間!大谷石地下採掘場跡に行ってきました!! - 俺は魚だ,と言ってみるテスト を読み、以来ずっと行ってみたいと思っていました。栃木県宇都宮にある洞窟のような地下空間です。 超暗い! 階段を下った
名称はわからない。それは小学校にあった。線路上でもみかけたことがある。「ボビン」「ボビン 木製」「ケーブル ボビン」などで検索してみたが当該物は引っかからなかったし、ボビンボビン考えていたらなんだか悲しい気持ちになってきたのでそれ以上探すのをやめた。そもそも名前なんてどうだっていいのだ。「巨大ウッド軸」だろうと「超電磁ワイヤー芯」だろうと「携帯用コテージ」だろうと。 「筋肉オールスターズ殲滅くん試作4号機」は僕が住んでいた村のはずれで生産されていて、そこから市内の小学校へと旅立っていく。夏場には腐った水をため、冬にはたきびの燃料として使われた。胴体を蹴るとコルクのような感触とともに簡単にほどけた。比較的きれいな状態のものは工作材料として使われもした。雑草に取り囲まれたまま忘れ去られるものもあった。本来の用途を知ったのはもっと先になってのことだったが、何かが巻かれている姿を目にしたことはない
どこかで似たような話を聞いたことがあるかもしれない。ということは、これはそこらじゅうにごろごろと転がっているケースであって、つまりまあその、ありふれているといえばありふれている。先日実家に帰った際に母親に聞かされた話だ。 異例の長梅雨で学生が夏休みに入ってからもしばらく大雨が続いた年。ようやく梅雨明けが宣言された翌日の8月3日、とてもよく晴れた日だった、と母は話す。日付までよく憶えてるなと聞いたら、「妊婦の記憶ってのはそういうものなのよ」とあたりまえのように返された。「というか妊娠時期のと言ったほうがいいわね。ふしぎなことだけど、おなかに子供がいるあいだに起きたことはひとつも忘れてないのよ」。ばかばかしい。俺と兄ちゃんと妹の分を合わせて約31カ月分か。なら大家族のかあちゃんは年代史をまとめるときとかに必須ですねー、超役に立ちま「それでね」遮って母が語り始める。 そのころ母は産休に入っていて
またとないチャンスである。おれたち秘境探検隊北関東支部に、本部の役員達が監査に来るというのだ。引率役には東京支部隊長、あの某巨大掲示板に廃村写真のリンクが貼られた探検隊設立以来のエースでおれの元上司だ、も付いてくるらしい。これを逃したらもうおれに昇格の目はないだろう。情けない姿は絶対に見せられない。 なんの説明もなしで始めてしまったので、おれたち秘境探検隊について少しだけ話そう。詳しくは「おれたち秘境探検隊vol.3―死の海岸と秘境の果て―/飲めヨーグルト」やそこの過去ログを漁るとわかる。検索エンジンにかければ、東京支部の活動報告だけでなく東北支部の活躍こついても知ることができるはずだ。そういったあれだ。 そんなわけでおれは、「あの海のときみたいな失敗は繰り返さない」と意気込みながら彼らを待っていたわけです。 しばらくして、ヤアヤアヤア!おれと北関東の前に黒塗りのセダンが停まって法被姿の本
「池袋は埼玉の属国のようなもの」と、南国育ち横浜在住の友人、ボブ桜井が言った。 ばかやろうとおれは返す。 こんな街いらないし。そもそも埼玉に池袋を支配できるほどの力があるのかよ。 「マア、ボクら東横線住民には、関係のナイ話だけドね、ハ、ハ、ハ」 そう笑いながら見せる真っ白な歯を、粉々に砕いてやろうかと思った。 「コンナ埼玉だか東京だかわからない街とは違ってサ、ボクの東横線は…」 話を続けながら池梟の像をぽんぽんと叩く。 ボブ桜井よ、それはおれじゃない。渋谷で言うところのハチ公とかモアイのやつにあたる待ち合わせスポットだ。なぜか狭い屋内にあるので待ち合わせ場所としてはどうかなどの疑問が… 「そうそう渋谷けーゆで、東横線で」 聞けよ。寒い冬だった。 「ボーントゥビィーワーアアアーアー」 ボブ桜井のケータイがピカピカ光りながら叫ぶ。 「ハイ、ボブサクライぃ」高校の頃に流行ったテレビドラマの主人公
この町に観るようなものなんてありません。歴史も文化も自然も人も。 鉄塔があたりを取り囲んでいる平地、ただそれだけです。 2009年が終わろうとしていました。 空は曇っていて、とても寒い日でした。 鉄塔は北関東電力の南部基地から毎日のように生み出されていて、日が暮れると北へ南へと列をなして歩き始める。乾いた地面をえぐり、高圧の送電線を引き摺りながら大きな一歩でゆっくりと。撒き上がった土は家々の屋根に厚く積もり、この時期は屋根の土下ろしが日課となっていた。 彼ら(とここでは呼んでおく)は日が昇ると同時に動くのを止める。やがて彼らの体には狐狸だけでなく骨組みを利用して生活をする野盗までも住み着き、雀を捕食したり近くを通る小学生に糞尿を浴びせかけた。引き取り手のないポルノ雑誌などを棄てて行くという習慣まで出来た。 町にはしばしば、ドン、ドンと空砲のような破裂音が鳴り響く。「高圧線にカラスが引っかか
冬の田舎は風が強い。ほぼ毎日風が強い。それを遮る高い建物や林がないから。 田んぼと畑はからっからに乾いていて、吹き上がる土煙で視界が茶色く染まる。 学生時分はチャリ通がとても難儀だった。 風にあおられてチャリンコごとダイブ。畑に自転車を突き立てたことのない中学生なんていなかった。 沼をみてみよう。 気持ち悪くなるくらいの量のカモの中に、なぜか1匹だけアヒルがいた。 醜くも子供でもなかった。置いて行かれたのだろうか。この日の風もとても強く、なかなか前に進めないでいる。 ボスガモとおぼしき3羽がそれを眺めていた。でかい。 白鳥登場! ナイスシンクロ! 次回に続く。
シルバーウィークat実家。父親が釣りに行くというので付いて行った。既にリタイヤしてる父は、ほぼ毎日のように釣りに出かけているらしい。自分も行くと伝えるとテキパキと竿の準備を始めた。かしてよおれにもできるよそのくらい、という言葉は無視された。 近所の川というか農業用水路。なんたら渠と書いてあった。キョ? 浮き 太陽。直接見ると目が灼ける このあたりには民家と田んぼと送電用の鉄塔しかない ああああ!ごめんなさい!ごめんなさい!
「文字として形にされなかった私の思考は、いったいどこに消えてしまうのだろうか?」 2013年6月某日。思ったことや考えたことを忘れないように親指を走らせたいわけだが、かつてあったその場所はもうなかった。結果、思考はぶつぶつとした判別不能な音声に変わり果て路上へと消えた。時と場所と状況によっては、この世ならぬ場所へ連行されかねない。それはちょっと良くない。 経緯と呼べるほどの経緯や、理由と呼べるほどの理由はない。ないのだが、とりあえず事実を記してみることにした。日々の生活のなかで溜まっていくストレス、また、得体の知れない不安は無尽蔵に湧き出てくるように思われた。胸がもやもやとしたものでいっぱいになり、気づくとインターネットに向かって独り言をつぶやく回数が増えていた。 外回りが多い仕事ゆえ、つぶやくのは造作ないことだった。社外であれば同僚や上司にディスプレイを覗かれる心配はない。移動時間をつぶ
約163.5km、車を走らせる。海から15メートル。小学生やサークル集団や外国人や犬が、水着あるいは裸で海に飲みこまれていくのを見ていた。まだ砂は熱かった。 海の家が解体されていた。夏が終わったあとには建物ごとなくなってしまうなんて知らなかった。 シーズンオフも解体されることもないぼくらはいったいどこへ向かったらいいのか。そもそもどこへ向かおうとしていたのか 繰り返される退屈な日々のなかで、ただただ擦り減っていきながら しだいに「何がしたい」「何になりたい」なんてことを考えることすら億劫になっていき そしてなにも見えなくなる 秋のはじまりに 海を見にいった。 台風が近づいた空は灰色で、 海はひどく荒れていた。 ん?…! 夢か幻か。さっき誰かに告白されたような気がしたけど、まさか高速道路上で、そんなことありえるわけがない…
前回までのあらすじ 「秘境は僕らのすぐそばにある」というメーテルリンク発言によって組織内での立場を危うくしたおれは、さらに某乳酸菌系発酵食品さんの策略によりメンヘルの烙印を押されてしまう。後日、探検隊本部組織がおれに寄越したのは「北関東支部異動」という事実上の解雇通知だった。もう生きて都会に戻ることはできまい。腹を括ったおれは一人だけのサマーウォーズを仕掛けることにした。しかしここは旧家ではなく、頼りになる親戚筋も可愛い先輩もいない。 「お前だけがともだち」 ガレージのシャッターを上げると、そこには旧型の日産マーチがある。ETCもナビも付いていない1000ccのパステルカラー。ぼくは世界で二番目に上手にこいつを動かすことができる(一番目は母親だ)。 地図帳でルートを確認し、ページ端を折り曲げる。高速料金も確認。 「さて、じゃあ」キーに付いたボタンを押す。「あい」ガチョという音とともにピカピ
トンネルを抜けるとそこは海岸だった。 海のない街に生まれ、潮風の吹かない丘に育った。海というものはそれはそれはとても美しいものだと聞いており、実際に臨海学校、海水浴、ドライブで行った海はどれも美しいものだった。だがここはどうだ。私がいままでに(数える程しかないにせよ)行ったことのある海とはまるで様子が違っている。 朝、ドラゴンボールを見ていると突然電話が鳴った。 「どうせ暇なんだろうから写真を撮りに行きましょう」「イエス」 計画を立てるとなかなか動きだせないもので、いきなりのほうが行動に迷いがないことが多い。コトコトと電車に揺られ、同日昼には海岸に着いていた。海を見つめる隊長がいた。 「早いですね。それにしてもここはどういった場所なんですか。ひとは全然いないし、わたしはもっとこう、きらきら光っているような砂浜だとばかり…」 「bishamon」そう短く言うと、隊長は堤防を乗り越え岩場へ向か
ー何も山奥ばかりが、秘境というわけではありませんよ。 飲めヨーグルト 確かにそうかもしれない。身近な場所にも廃屋があった。 シリーズ"廃"その2ーじっかー 歴史を感じさせる数々の遺物 人形もあった そしてあんまり歴史を感じさせない数々の… プラネタリウムまで付いている 迫り来る怪物達 何者かによってノブが破壊された扉。この奥には怪物達が徘徊する地下迷宮に続く階段があるはずなのだが、キーアイテムがないのか能力不足か、扉は開かなかった。
「文学フリマに行ってきたよ!わりと真面目に書くよ!」 と昔マガジンにあった(まだ時々やってたりするのだろうか?)「○○に行ってきたよ!」ぽく書こうと思ったんですが、記憶が曖昧だし記憶が全く残ってないしググっても出てこないし。 今回で8回目の開催となる文学フリマ。存在は知っていましたが、会場に足を運んだことはありませんでした。以前てん竺という雑誌にid:yoghurt君が書いたときも結局は買ってきてもらったわけで。要するに狭い空間でオレも知り合いオレも知り合いid飛び交いを想像して二の足を踏んだわけですね。100%偏見ですよ。殴るならタイムマシン使って過去の僕を殴ってやってください。で、今回は事前に「怖くない」という情報も入ったし文フリを盛り上げよう!と皆さん頑張ってる姿を(ブログ上でですが)見ていたので、よっしゃ行ってみようと。 というわけで秋葉原に到着です。うわー人がいっぱいいるね。 お
『んもうおにいちゃんたら、おーそーいーよー!!まちくたびれちゃったよ!!"関連エントリ"のほうから来たんだよね!ね!まあいいやはやく靴脱いでー。ごはんにするおふろにする、それとも廃村のしゃ・し・ん?』 まあカチャカチャするのは少しお待ちくさい。ちょっとその前に。 d.hatena.ne.jp/よぐはーと/5月18日からのアクセスが500を越えた。このブログには似合わないアクセス数の確変が起こっている。ええ、ええ、twitterでおれは『みんなクリックして見に来てくれるけどブクマもスターも付かねえや!』と愚痴をこぼしましたよ。せめてもの誠意として、そのことを明らかにしておきます。 ブログとは時に戦略的であるべき。いまこそまさにそのときである。なのでおれは過去日記を修正する。普段ならありえないほどのアクセスが集中しているこの5月8日に+αとして、最も自信のあるエントリへのリンクをぶち込んでおく
今週日曜は文学フリマ行ってみるだぜ! id:yoghurtが書いてる文芸誌「UMA-SHIKA」を買うぜ! なんだこれ、宣伝か! 「おれだけ誰も知り合いが買いにこないなんて哀しいじゃないか!」と言っていたけど、 内容面白そうだし描いてる人も豪華なので、100冊くらいならあっというまに売り切れちゃうんじゃないかと思ってるぜ! ほかにもたくさんのダイアラーが色々な本やらを出品してるみたいだし、僕はリアルではてなの人たちを見たことがないからすっごく怖いぜ! つまりだ! 「plugged?そんなidは知らないね。ばったもんじゃないのか。おら、その村民証みせてみろよ!」 「ちょ、やめてください、なにするんですか」 「ああん?被ブクマ累計…、こいつ2年も書いてて30だってよぉ!あっはは!ほい、パース。返して欲しけりゃ取ってみろよー」 「返せー!それは、それは、おっかさんが内職で貯めた金で買ってくれたた
出陣式なるものが開かれていたので(友達がいなそうな)生徒面をして混ざって見ていた*1。数年前の僕がこのような光景に出会ったらなら、『ちきしょう!みんななんであんなにやる気溢れてんだよ!人種がちげえんだよ!だって社会出んだよ、社会!あーもう絶望しか無いね!奴隷が!奴隷どもがああ!じゃあおれはあれか奴隷にすらなれない』と下宿に戻ってから各位に喚き散らし、『社会出たくないよなー(こいつまたかよ、うっせえなあ。唾が飛んでんだよ)』と友人からの暖かい同意を得たりしたわけですが、さすがに僕も大人になったのでもうこのくらいの光景ではイライラしませんよハハハ。学ランの応援団とチアガールがいることにも疑問を持ちませんでしたし、むしろ出陣という単語に対して死地に赴く兵士の姿を思い浮かべたり…なんかしません!後ろのほうはなんか地方の成人式みたいで、スーパーサイヤ人、スーパーサイヤ人、ひとり飛ばして名古屋巻き、み
「あぶれた雇用の捌け口を農林水産業に!介護福祉に!」 あるいはタクシー運転手に、なんていう話を聞きます。そもそもタクシー運転手なんて会社に上げるぶんを引いたらほとんど手元に売り上げが残らないとか聞いたので、「これ以上ワープア増やしてどうすんの?」とか思わなくもないんですが、農林水産業と介護はどうなんでしょうか。みんなの目には、本当に農業が魅力的に映ってるの? 思うに、人と農業の距離が離れていた時期が長過ぎて、みんなの記憶のなかで適当に美化されてしまっているのではないのだろうか。家庭菜園じゃないよ。刈った稲の束って重いんだよ。夏のビニールハウスのなかはとても暑いよ。雑草生えるスピードって結構早いよ。晴耕雨読なんていうけど、実際は大雨でも畑いかなくちゃいけないこともあるんだよ。台風がきたら体を張って作物を守るんだよ?ぼくは雷が怖くて泣きながら畑までばあちゃん迎えにいった記憶があります…。 など
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