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1937年7月7日に起きた盧溝橋(ろこうきょう)事件(日本軍の演習中に発生した中国国民党軍との衝突事件)を引き金として、45年の太平洋戦争終戦まで8年間に渡って続いた日本と中国の戦争。
【THE 変形】河森正治デザインワークス展 THE 変形 河森正治デザインワークス展 「マクロス」〜「サイバーフォーミュラ」〜「アクエリオン」〜∞ 開催決定!! 宝塚市立手塚治虫記念館 第65回企画展として、 THE変形 河森正治デザインワークス展「マクロス」〜「サイバーフォーミュラ」〜「アクエリオン」〜∞ の開催が決定いたしました。 続報は、こちらのページか、宝塚市HPにて更新する予定ですので、引き続きお楽しみに! 【 タイトル 】 THE変形 河森正治デザインワークス展 「マクロス」〜「サイバーフォーミュラ」〜「アクエリオン」〜∞ 【 開催場所 】 宝塚市立手塚治虫記念館 2階 企画展示室 〒665-0844 兵庫県宝塚市武庫川町7番65号 TEL:0797-81-2970 【 開催期間 】 2015(平成27)年7月3日(金)〜10月26日(月) 【 開館時間 】 9時30分〜17
手塚治虫のマンガは“萌えマンガ”の元祖だと言われることがよくある。ジッサイ手塚作品には初期作品のころから、今でいう“萌え〜”的な要素が満載だった。だけど一方で「ソレって後から言われてるだけで手塚自身はそんなこと、当時はまったく意識してなかったんじゃないの?」とも言われる。そりゃそうだ。しかしそんな中で、手塚が意図的に“萌え〜”を狙って描いた異色の作品があったのをご存知だろうか。その作品が登場したのは1980年代初め、時代はラブコメとロリコンマンガが少年雑誌を席巻していたころのことだ。今回は、そんな手塚の幻の(でもないが)“萌え〜”マンガ誕生の時代を振り返ろう! 高橋留美子の『うる星やつら』は、雑誌『週刊少年サンデー』に1978年から87年まで連載。当初は不定期連載だったが、やがてレギュラーになった。81年にはテレビアニメ化され、さらに人気が爆発した。女性作家ながら男性の“萌え”るツボを的確
小学館の青年向けマンガ雑誌『ビッグコミックスペリオール』で、ちょっと変わったマンガの連載が始まったのを皆さん、ご存知でしょうか? その名も『チェイサー』。“漫画の神”を追う男とは?!、というキャッチフレーズのとおり、主人公は手塚治虫……ではなく、手塚治虫を『マネする』男! 戦記マンガを得意ジャンルとし、3本の連載を抱え、……そしてなぜか、何かと手塚治虫の行動を“マネ”してしまうという漫画家・海徳光市を通して、“手塚治虫”を描く!? という挑戦作。今月の虫ん坊では、作者のコージィ城倉さんにお話を伺い、今後の見所や作品にかける意欲、さらにはご自身の「手塚治虫愛」について語っていただきました! 関連情報: 『チェイサー』紹介ページ 小学館 ビッグコミックスペリオール 公式サイト ——城倉さんというと、『砂漠の野球部』や『おれはキャプテン』、また、別ペンネームの森高夕次として原作を提供されている『
戦争(1) イエロー・ダスト ただ一つ、これだけは断じて殺されても翻せない 主義がある。 それは戦争はご免だということだ。 (『手塚治虫エッセイ集』より) 戦争というのは、兵隊が戦って死んでゆく、という単純なものではありません。 歴史の上で何回も戦争は繰り返され、そのたびに多くの子どもたちが犠牲になってきました。 いまも世界中で沢山の子どもたちが、大人たちの争いの中で傷つき、手足を奪われ、両親や兄弟と引き離され、命も未来も踏みにじられています。 その現実から目を逸らさないこと。 「関係ないじゃん」とそっぽを向かないこと。 平和な世界を望むなら、まずそこからはじめなければなりません。
虫ん坊読者の皆さん、明けましておめでとうございます! 先月の上旬に発表された「グスコーブドリの伝記」の劇場アニメーション制作発表のニュース、ご覧になった方も多いのではないでしょうか? 実は「グスコーブドリの伝記」は、ビジュアルビジョン・バンダイビジュアルそして手塚プロダクションの3社が制作に携わるアニメーションで、手塚プロダクションとしても今年一番のアニメーションとして力を入れている作品です。 原作は宮沢賢治の晩年の秀作。自然災害で両親を亡くした少年・グスコーブドリがさまざまな苦難や危機を乗り越えてゆく物語です。アニメ化にあたって、作品についてや、今、この作品を発表する狙いなどを、手塚プロダクション著作権事業局長 清水義裕に聞きました。 —— 手塚先生も「やまなし」などの作品を漫画の短編として描かれていますが、清水さんは宮沢賢治に特別な思い入れがあったのでしょうか? 清水: この作品の制作
アクセスランキング 1位 ライオンズレオ2位 年賀状3位 手塚治虫のマンガの描き方4位 ライオンズライナ5位 コチラちゃん6位 手塚治虫カレンダー7位 岩手競馬 マスコットキャラ8位 新宿京王百貨店防災展防災の心得9位 ブリヂストン自転車カレンダー10位 蟻人境11位 手塚治虫シナリオ集12位 マンガ博覧会13位 ぼくはマンガ家14位 色紙15位 おどろいたあんなに病巣があるのにまだ元気だ!(三木内閣当時)16位 ウオルト・ディズニー物語17位 ユニタン18位 手塚治虫エッセイ集第1巻19位 燃えよドラゴン20位 「吉成曜画集 ラクガキ編[手塚治虫キャラクター]」 「手塚治虫… 最新のコメント らびちゃんつきへいく 投稿日: 2015年11月10日 (しろちゃぷさん)手塚治虫の「昆虫標本」実物展示@東京スカイツリー 投稿日: 2015年07月22日 (AnimeMeraklisiBlogc
秋田書店が刊行する少年向けマンガ週刊誌『週刊少年チャンピオン』41号より連載が開始した『ブラック・ジャック 〜青き未来〜』。21世紀を舞台に、50代となったブラック・ジャックが、独裁国家「ハロイ」の大統領の治療をたのまれ……という第1話からエキサイティングな展開で、毎週を楽しみに待っていらっしゃる方もおおいのではないでしょうか? 読者投票でも毎週上位に選ばれる本作、手塚治虫の『ブラック・ジャック』を原案に、『寄生獣』『ヒストリエ』の岩明均さんが原作、『P・S 羅生門』『不安の種』の中山昌亮さんが漫画という強力タッグ。4話までがすでに掲載されていますが、今後の展開も大変楽しみな作品です。今月の虫ん坊では、『週刊少年チャンピオン』編集長・沢 考史(さわ たかふみ)さんに、この『ブラック・ジャック 〜青き未来〜』についてのお話を伺いました! ——『ブラック・ジャック 〜青き未来〜』という企画が生
「osamu moet moso」(オサム モエット モッソ)とは、「手塚治虫アキバ化」をコンセプトに、クリエイターの持つ「妄想フィルター」を通して、「神仏化」してしまった手塚治虫=手塚作品に隠されたアキバ要素を抽出し、具現化するコラボレーション企画です。 「osamu moet moso」でさまざまなクリエーターに表現された手塚作品が現在のマンガ・アニメマーケットに浸透し、手塚作品を知らない若い世代にもアピールするため、2010年9月、東京・秋葉原からスタートし、都内各地で展開してきました。今回、この企画展が関西初の開催となります。 本展では、「osamu moet moso」参加クリエイターたちの表現する新たな手塚作品の世界を、イラスト原稿で紹介します。 さらに、「osamu moet moso」参加クリエイターであり、ライトノベル「涼宮ハルヒ」シリーズ(谷川流著 角川書店)などで注目
日本を代表するアニメーション作家の一人、出崎統(でざきおさむ)さんが4月17日、死去しました。 虫プロダクションにアニメーターとして入社し、『鉄腕アトム』や『悟空の大冒険』などの各話演出、作画監督を務めたのち独立し、『あしたのジョー』『ルパン三世』『ガンバの冒険』『ベルサイユのばら』『ジャングル黒べえ』、近年では劇場版『とっとこハム太郎』『源氏物語千年紀 Genji』『劇場版CLANNAD』など、1960年代から現在まで、数々の名作アニメーションを世に送り出してきた出崎さん。手塚治虫原作作品でも『聖書物語』やOVA版『ブラック・ジャック』、京都手塚治虫ワールド オリジナルアニメ『ASTROBOY 鉄腕アトム特別編』などで監督を務めています。 そんな、手塚治虫とも縁の浅からぬ出崎統さんについて、現在制作進行中のOVA版『ブラック・ジャック』の続編、カルテ11・12の制作スタッフ3名にインタビ
昭和40年代初め、ようやく市民権を得かけていたマンガに、再び批判の嵐が降り注いだ。問題とされたのは、エロチックなシーンをあからさまに描写したハレンチマンガの数々だ。ではその時、手塚治虫はどうしたか? 何とまたしても自ら火中に飛び込むように、性教育マンガを立て続けに発表し、予想通りの厳しい批判にさらされたのだ。そんな手塚の意図は果たしてどこにあったのか!? 今回はそんなハレンチマンガ批判の時代を振り返る。 昭和39年と平成22年、歴史は繰り返す!? マンガやアニメへの規制を盛り込んだ、東京都の青少年健全育成条例改正案──これをめぐる論争は、いまだ決着が付かず、現在も延長戦にもつれ込んでいる状況だ。 ぼくは、ニュースで“非実在青少年”という言葉が出てくるたびに「光瀬龍(みつせりゅう)のジュヴナイルSF小説にでも出てきそうな言葉だなぁ」と思って、何だかワクワクするドラマのイメージが浮かんでくるん
徳間書店から発行されているコミック雑誌「月刊COMIC リュウ」から、福山(ふくやま)けいこさんの連載で『メルモちゃん』が、8月19日発売の10月号から新しく始まりました! 一度読み切りで登場した本作が、満を持して登場! 虫ん坊では、徳間書店・「月刊COMIC リュウ」編集部にお邪魔して、作者の福山けいこさんと、同誌編集長 大野修一(おおのしゅういち)さんにお話をうかがいました! 9月7日生まれ。東京都出身。A型。個人誌「ふくやまジックヴック」で注目され、旧「リュウ」が連載を依頼、『エリス&アメリアゼリービーンズ』を皮切りに、マンガ家・イラストレーターとして大活躍。 先生のサイン色紙とイラストをそれぞれ1名様にプレゼントしちゃいます。詳しくは最後に!! 丸みのある線で描かれる、少年・少女や、動物の絵に、たまらないキュートさがある福山けいこ先生。手塚治虫のアトムやレオにどこか共通する味わいが
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1970年代初め、手塚マンガは、劇画やスポ根マンガに押されて人気の低迷がささやかれていた。そんな1974年、手塚がひさびさに放ったスーパーヒット作が『三つ目がとおる』だ。鉄腕アトムにも似た愛くるしい風貌(ふうぼう)の少年。だが、その第三の目の奥には底知れない力が秘められていた……!! 新ヒーロー・写楽保介は、マンガファンをたちまちとりこにし、時代を席巻(せっけん)する人気キャラクターとなっていった。今回はこの名作が生まれた時代と、作品誕生の背景を振り返る! ◎迷走の中から生まれた久々のヒット作! ここに『三つ目がとおる』第1話が掲載された『週刊少年マガジン』1974年7月7日号がある。巻頭30ページの読み切り作品。トビラページのみカラーだが本編はすべてモノクロという、かなり地味なデビューだった。お話の内容も、主人公の写楽保介が、その力を発揮する前に終わってしまっている。 記念すべき『三つ目
かつて、マンガは子どもに悪影響を与えるものとされ、排斥(はいせき)されようとした時代があった。そしてその悪書を生み出す代表として矢面に立たされたのが手塚治虫だった。マンガへの激しい逆風の中で、手塚はいったいどんなマンガの未来を思い描きながら、作品を描き続けていたのだろうか。今回はそんなマンガ批判の時代を振り返ります。 今年3月、マンガの表現の規制をめぐって激しい論争が起こった。 その具体的な内容についてはネットや新聞でお読みいただくとして、この騒動の最中、不謹慎な言い方をすると、ぼくはある「懐かしさ」を感じていた。 というのは、昭和30〜40年代に子ども時代を過ごしたぼくらにとって“マンガは悪書だ!”という批判や、マンガを追放しようとする運動は、もう過去にウンザリするほど経験してきたコトだったからである。 だからぼくにとっては、昨今の大人たちの気持ち悪いほどのマンガ歓迎ムードの方がむしろい
手塚治虫について 手塚治虫は、1928年11月3日、大阪府豊中市に3人兄弟の長男として生まれ、5歳の時に兵庫県川辺郡小浜村(1954年に宝塚市となる)へ引っ越した。その後、上京するまでそのまま宝塚で過ごした。 開放的な家庭に育ち、漫画とアニメーションに親しみ、機智に富んだ想像力豊かな少年であった。 また昆虫をこよなく愛し、ファーブルを思わせる少年でもあった。自身のペンネームに「虫」という字を当てたことでも、その興味の程がわかる。 戦争体験から生命の尊さを深く知り、医学の道を志して後年医学博士になるが結局彼自身が一番望んだ職業を選んだ。 すなわち漫画家、アニメーション作家である。手塚治虫が創作した漫画とアニメーションが、第2次世界大戦後の日本の漫画・アニメ界、また青少年の精神形成の過程で果たした役割は計り知れない。 ...MORE プロフィール 年譜 アルバム 手塚治虫のメッセージ アニメ「
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