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ノーベル賞
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1930(昭和5)年に開業した奈良市半田横町の銭湯「勇湯」=いさみゆ、磯崎正幸さん(60)経営=が来月1日、惜しまれながら85年の歴史に幕を閉じる。辺り一帯は生活感のある歴史的町並みが広がり、奈良きたまちの名で知られる。古い公衆浴場はこの町の景観の引き立て役だった。 すぐ近くには明治建築の建物が残る奈良女子大学がある。勇湯は同大学が旧制女子師範だった頃から、学生にも親しまれてきた。近年は利用客が減り、建物や設備が老朽化し、修繕費がかさむことなどからやむなく閉店を決めたという。 同銭湯の目と鼻の先に町家の古書喫茶「ちちろ」がある。1936(昭和11)年、俳人・種田山頭火がこの町家を訪れたという情報は2000(平成12)年、店主で俳優の宇多滋樹さんが湯船で銭湯仲間から仕入れた話がもとになった。その後の宇多さんらの調査で、山頭火の足跡がくっきりと浮かび上がった。 勇湯は当時と変わらぬ外観を保ち、
外国人観光客動向実態調査の前年2005年に発行されたロンリープラネット「ジャパン」第9版 ロンリープラネット「ジャパン」第9版、奈良に関する案内の冒頭文 Nara is so small that it’s quite possible to pack the most worthwhile sights into one full day. It’s preferable to spend at least two days here, but this will depend on how much time you have for the Kansai region. Those with time to spare should allow a day for Nara-kōen; and another day for the sights in western and so
弥勒プロジェクトで構築されたナラシス・ネットワークのイメージ(県のナラシス・ネットワーク運用支援事業に係る概要説明書から) 2010年を中心に実施された奈良県の平城遷都1300年記念事業のうち、日本と東アジアの未来を描くことを目的に進められた「弥勒プロジェクト」で、取り組みの一つとして構築されたインターネットサイトが公表に至らないまま3年で廃止されていたことが、県への取材などで22日までに分かった。 プロジェクトは同サイトについて、ネット上に議論の場を設け、まとめを蓄積して東アジアの未来に関する「知」のアーカイブを構築するとうたっていたが、実際には議論のまとめの蓄積はなく、構築と呼べるものにまで至らなかった。 同サイトは08年度に設計が行われ、09年度から11年度まで運用された。ネット上にアップロードされていたが、県がその存在やアドレスを公表していなかったため、一般の人がアクセスし、閲覧す
奈良市は、昭和初期の近代和風建築、旧都跡村役場(同市四条大路5丁目、市有財産)の取り壊しを決めたが、2012年5月には「近代遺産をはじめとする地域に埋もれた資源を再発掘し、魅力ある観光地づくりを目指す」と表明していた。このままでは施策に一貫性がない。建物存続の可能性を探るのが市政の本筋ではないか。 「近代建築物語~奈良・武雄の古館(こかん)追想」と銘打った新規事業の中で表明していた。事業は、明治の近代和風建築である奈良市高畑町の奈良ホテルと佐賀県武雄市武雄町の武雄温泉楼門・新館(重要文化財)の双方の建物が辰野金吾の設計であることから、2市が連携して観光振興を図ることを打ち出した。 これまでに辰野ゆかりの東京駅でPR活動を行ったり、イベントでの2市共同展示、物産展などの交流事業を実施したりしてきた。奈良市は今後の展開として、近代遺産をはじめとする隠れた地域資源の発掘などを行うと、市のホームペ
奈良市が取り壊しを決めた同市四条大路5丁目の近代和風建築、旧都跡村役場(市有財産)は、世界遺産「古都奈良の文化財」の第2バッファゾーンともいえる「歴史的環境調整区域」に位置していることが分かった。旧役場は唐招提寺の近隣にたたずむ昭和初期の貴重な建物で、昔の小学校を思わせる板塀の雰囲気などが、のどかな景観づくりに一役買っている。80年掛けて形成された風景を、なぜ簡単に壊してしまうのか。惜しむ声が出ている。 「歴史的環境調整区域」は、世界遺産を重層的に守るため、「古都京都の文化財」に倣い設けられた。遺産を直接保護する「緩衝地帯」(バッファゾーン)に対し、第2バッファゾーンとも呼ばれるが、「古都奈良の文化財」はハーモニーゾーンの呼称を用いている。環境保全と都市開発の調和を図るための区域になっている。 薬師寺や唐招提寺の東側が「歴史的環境調整区域」の一部で、旧都跡村役場は同区域内にある。市の景観計
Link 精神疾患がもとで心のコントロールができずに傷害などの行為に及び、刑法上の責任を問われずに不起訴や無罪になった人を長期間にわたって強制的に入通院させる心神喪失者等医療観察法が施行されて今月で丸8年になるが、制度の対象になった人のうち、少なくとも36人が自殺していたことが法務省、厚生労働省に対し記者が行った情報公開請求の過程で分かった。 両省とも「自殺に関する文書は不存在」としていたが、口頭で自殺件数を明らかにした。法務省保護局総務課の精神保健観察企画官室は、法施行後の2005年7月15日から本年3月末日までの間、「通院処遇中に自殺したと推定されるものは28件」と回答。厚労省の医療観察法医療提供体制整備推進室は法施行後、今月24日までの間、「入院中の自殺は8件」と回答した。「どこの医療機関に該当するかは個人情報に当たり公表しない」と話した。 法施行後、放火や殺人、傷害などの容疑で送検
道路の新設で消えてしまった奈良市内の風情に、楽人長屋の建物がある。昔、雅楽の奏者が住んでいた所で、独特な形をした塀は名勝・大乗院庭園文化館(同市高畑町)で復元されている。これに「実物より大きすぎる」という市民の指摘があり、本年、取材して報じた。 塀は奈良市が1996年に復元した。取材を開始するにあたり、関係する文書が保存されていないか、市の情報公開条例に基づいて開示請求した。市は当初、文書を「不存在」とした。ところが、実際には庁内に保存されていたことがこのほど分かった。 行政の文書管理について考えてみた。 請求用紙に書いた主な内容は次の通り。「大乗院文化庭園において、復元された楽人長屋について、市の助成金、市の指導および完成後の指導など、楽人長屋に関する文書をすべて請求いたします」。ここで、市の助成金や指導と書いたのは、念のため市の工事でなかった場合を想定したからだ。また、すでに「実
国営平城宮跡歴史公園事業概要で紹介されている事業の青写真( 一部、文字を拡大する修正を加えています) 草原の遺跡として親しまれてきた奈良市の平城宮跡(国特別史跡)の中心部で舗装化が進んでいる。国営公園化に伴う国土交通省による整備などの一環。復元された大極殿の前の広場がこれまでに舗装され、新たに、隣接する朝堂院跡の広場で舗装工事が始まった。平城遷都1300年祭を機に設けられた県の駐車場も含めると、合わせて10万平方メートル以上が舗装面に代わる。全面積122万平方メートルの10分の1を占めることになり、緑地の減少や木簡など地中の遺物への影響を懸念する声が市民らの間で上がり始めた。国営公園化やそれに伴う整備は観光利用の促進が狙いで、市民・国民の財産である歴史遺産のあり方に関わる変更となるにもかかわらず、その是非について市民が関与する機会はなかった。 市民が声を上げることになった発端は、9月2
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