サクサク読めて、アプリ限定の機能も多数!
トップへ戻る
大谷翔平
www.jairs.jp
ケンタッキーダービー(G1)の入線直後、私は隣にいたツイッター好きな記者のほうを向いて、着順を投稿するのをしばらく待つように言った。現地で観戦していて、明らかに審議が必要な事象を目にしたからである。 最後の馬がゴールに到達するとほぼ同時に、当然審議のランプは点灯するだろうと思っていた。しかし1分、そして数分経っても、暗いままだった。 これは2019年のダービー直後の瞬間である。残念なことに、2024年のダービー直後の瞬間もこのように描写できた。 2019年の混乱は、審議が必要な事象があったのがはっきりしていたにもかかわらず、ケンタッキー州の裁決委員がレース直後に審議ランプを点灯させなかったことが一因だった。それから5年経っても、彼らは失敗から何も学んでいなかった。 2019年にはマキシマムセキュリティが残り500mの地点に差しかかったあたりで強引にレーンを横切ったことで、ウォーオブウィルの
イクイノックスへの国際的評価は過小だったのではなかろうか?(国際)[その他] ジャパンカップ(G1 11月26日 東京)の前、イクイノックス(牡4歳 父キタサンブラック)の国際的評価について日本人が不満を抱いていることは明らかだった。いつもは外交にそつのないJRA(日本中央競馬会)でさえも、「この馬がレーティング129であるのは過小評価だとハンデキャッパーは感じている」と漏らしていた。 それはジャパンカップでイクイノックスが楽々と4馬身差の勝利を決めたときに証明された。ゴール手前の3完歩でクリストフ・ルメール騎手は鞭を使わず手綱を緩めたままだった。この結果をふまえて、12月に開催されるIFHA(国際競馬統括機関連盟)の国際ハンデキャッパー会議でイクイノックスのレーティングが引き上げられることに疑いの余地はない。 国際ハンデキャッパーたちがこんなに長いあいだイクイノックスの真価を見抜くことが
競馬のプレミアム化(訳注:競馬というスポーツのトップレベルを披露する試み。強豪馬が競い合う最高級レースの提供を目指す)は現在興味深いコンセプトである。このコンセプトの実現に向け、土曜午後に最高のレースを披露するために考案された競馬開催日割が発表されている。 5月にプレミアム化の提案が発表されたとき、ほとんどの関係者が条件付きで賛同していたが、実際にうまくいくかどうかは今後を見ないとわからない。ただこの原型となるものが順調にスタートしたとしても、抜本的な見直しにつながるとは思えない。競馬の発展を常に妨げてきた束縛のある環境下でなんとか実施されていくことになるのだ。すでにあるものを最適化することになるので、初心者たちを熱心なファンに改宗させるようなことにはならないだろう。 新たなファンを獲得するという点では、どんなスポーツでも"にわかファン"を引き付ける最大の魅力は看板イベントである。つまり私
180年の歴史に幕が下ろされるにはわずか15分しかかからなかった。 6月のシンガポールターフクラブ(Singapore Turf Club: STC)のCEOとの短いミーティングにおいて、シンガポールの調教師たちは2024年10月にシンガポール競馬の2世紀にわたる歴史に終止符が打たれることを知らされたのだ。 競馬産業がもう長くは存続しないかもしれないとの噂は流れていた。それでも競馬産業で生計を立てる何千もの人々にとって、この計画的な競馬崩壊のスピードは衝撃だった。彼らの多くは"当局がこの計画を意図的に隠蔽していた"と信じている。 シンガポール唯一の競馬場であるクランジは、2024年10月5日に最後の開催を実施する予定となっている。国有地不足のために、競馬場と厩舎のある120ヘクタールの土地は2027年までに政府に返還されるのだ。STCの職員たちは引き渡しまでの"スムーズな移行"を約束してい
毎年、英ダービー(G1)が最高潮を迎えるとき、エプソムで醸し出される独特なプレッシャーによって、名声は作り出されたり打ち砕かれたりするものだ。 今年はオーギュストロダン(父ディープインパクト)がこのクラシック競走でまばゆい勝利を収め、これまで以上に畏敬の念を抱かせる名声を手にして去っていった。それとは対照的に、サラブレッドを絶滅させることを使命とする抗議団体アニマルライジング(Animal Rising)は戦闘の岩場であっけなく倒れてしまった。 エプソム競馬場のオーナーであるジョッキークラブは、サリーとサセックスの警察と協力して抗議活動の実施をできるだけ困難にするためにあらゆる手を尽くした。とりわけ膨大な数の警備員は目を引くものであり、レースを妨害しようとする者たちにとってはかなり視覚に訴える抑止力になったのと同時に、この世界有数のレースを見ようとしていた人々にとっては心強い存在となった。
世界中のスポーツは、成功するために大枚をはたける裕福な人々によって支配されるようになった。競馬も例外ではない。しかしリスク対報酬比が悲惨なほど崩れることもある。ここではセリに現れた有名な"超高額の大外れ"を10位から紹介しよう。 第10位 ガルドシャンペートル [2004年 53万ギニー(約9,461万円)] 5歳のガルドシャンペートルがドンカスタースプリングセールのリングに現れるまで、セリで購買された世界最高額の障害競走馬は34万ポンド(約5,610万円)だった。しかし数分のうちに、ガルドシャンペートルはそれをはるかに超える額で落札され、満員のアリーナは"信じられない"といった雰囲気に包まれた。 その2週間ほど前に、ガルドシャンペートルはポール・ニコルズ調教師のもとでノヴィースハードル(G2 エイントリー)を制していた。しかしJ・P・マクマナス氏に購買されてジョンジョ・オニール厩舎に転厩
北米の傑出したサラブレッド生産者の多くは、吉田ファミリーをはじめとする日本の生産者たちが20年以上にわたって世界最高級の繁殖牝馬、もしくは将来有望な繁殖牝馬を集めてきたことに注目してきた。そしてその優良馬が競馬場に衝撃波をもたらすのを待っていた。 その衝撃波の最先端は2021年のブリーダーズカップ開催に到達した。日本で生産されて調教されたマルシュロレーヌがBCディスタフ(G1)を、ラヴズオンリーユーがBCフィリー&メアターフ(芝G1)を制したのである。 日本勢の世界最高峰級レースへの最近の進撃は実際のところ、1990年から始まっている。この年、北海道の社台ファームは米国二冠馬サンデーサイレンス(父ヘイロー)を獲得したのだ。サンデーサイレンスは1995年から2007年までサイアーランキングの首位に君臨し、日本で最も偉大な種牡馬となった。彼は2002年にこの世を去ったが、その影響は産駒のディー
それはベッドの中で始まった恋だった。嬉しいことに、それはとても素晴らしい形で続いている。 暗がりで布団の中で横たわり、BBCラジオでメルボルンカップ(G1)の生中継を聞いていた記憶が今でも鮮明に頭に残っている。財布には優勝したジューンの名前が書かれた馬券(betting slip)が入っていたので、すごく興奮したのを覚えている。若い私にとってそれは高配当だった。ただその12ヵ月前には、この伝統あるレースにもっと大きな意味を持つ勝利があった。 1993年、ダーモット・ウェルド調教師は"国を止めるレース"を制して国中を驚かせた。この豪州で最も大切にされているレースをオーストラレーシア(豪州 & NZ)以外の調教馬が制したことは、それまでなかったのだ。ヴィンテージクロップは単に勝っただけではない。バート・カミングス調教師など地元のトレーナーが取り入れてきた調教よりもずっと軽い調教しか受けずにレー
世界のあらゆるところで、競馬は多種多様な形態で実施されている。しかし、この「世界で最も不思議な競馬10選」に入ったレースの多くは、極めて異様な競技である。それでも、いくつかの例外はあるものの、正規ルールの下で施行されているか、もしくは一応は"従来の"競馬番組に含まれている。これらの競技はれっきとした競馬であり、インディアンリレー(④)などは、エメラルドダウンズ競馬場やカンタベリーパーク競馬場のような従来の競馬場で開催されている!もちろん、他のレースはそうではない。だからと言って、パリオディシエナ(⑥)をこのリストから除くことを本当に望みますか? ① スキージョーリング(スイス) 凍った湖の雪上で行われる平地競走に飽き足らないのであれば、毎年2月にサンモリッツで行われる"ホワイトターフ(雪上競馬)開催"において、思いも寄らない形態で施行されるもう1つの競馬、スキージョーリングを観戦することを
オブライエン調教師本人に聞いた調教の秘訣(アイルランド)【その他】 バリードイル(クールモアの調教拠点)のすべての馬にはハートレートモニター(心拍数の測定装置)が装着されている。スタッフのトム・カーティス(Tom Curtis)氏は心拍数を見ただけでどの馬か言うことができる。そんなこと知っていましたか? 毎週すべての2歳馬が格付けされて、それを参考にスー・マグニア氏(クールモアの総帥ジョン・マグニア氏の夫人)が馬名を選ぶ。そんなこと気付いていましたか? 調教でハロン(約200m)ごとにタイムが測られていることは知っていたかもしれません。それでも、ジョン・マグニア氏が2歳になったばかりのオーストラリア(Australia)が4回続けて1ハロンを12秒で走ったことに興奮して、エイダン・オブライエン調教師に電話したことは知らなかったでしょう?この馬はその段階で名前すら無かったのですから。 それに
改築工事後のパリロンシャン競馬場における初めての凱旋門賞開催日では、一般入場券の価格が著しく引き上げられただけでなく、来場者は飲食・トイレ・馬券購入のために長い行列を作らなければならなかった。このことは、フランスギャロ(France Galop)に寄せられる批判の中に盛り込まれるだろう。 英国とアイルランドから同競馬場に足を運んだ競馬ファンは10月7日、その日経験したことについて厳しい意見をぶちまけたが、その翌日になっても大きな不満を表し続けた。そして彼らの多くが、二度と凱旋門賞開催日にパリロンシャン競馬場には行かないと明言した。 パリロンシャン競馬場の総工費1億4,100万ユーロ(約183億3,000万円)のグランドスタンドは、10月7日に最初の大きなテストに臨んだが、来場者の意見の大半は"惨めにも落第した"というものだった。 フランスギャロは10月8日、「現地で業務に当たったさまざまな
エリザベス女王、種牡馬ディープインパクトに関心(イギリス)[生産] エリザベス女王の繁殖牝馬群の今年の交配計画を見ると、ディープインパクトなど世界一流のターフ種牡馬数頭に目を奪われる。 2013年アスコットゴールドカップ(G1)で王室の勝負服を背に印象深い勝利を収めたエスティメイト(Estimate 父モンズーン)は、3年連続でドバウィ(Dubawi)と交配する。クイーンズヴァーズ(当時G3)、サガロS(G3)、ドンカスターカップ(G2)も制したエスティメイトには1歳のドバウィ牡駒がおり、この2月にもドバウィ牝駒を出産した。 エリザベス女王の生産・競走顧問を務めるジョン・ウォレン(John Warren)氏はこう語った。「女王陛下はロイヤルスタッド(サンドリンガム)にいらした際に、エスティメイトの生まれたばかりの仔をご覧になりました。今や2頭の質の高い仔馬を出産したエスティメイトが繁殖牝馬
世界中を遠征したヒーロー、シリュスデゼーグルが引退(フランス)[その他] 世界中を遠征した競走馬の中で最も愛された1頭であり、欧州調教馬として史上最高の賞金額を獲得したシリュスデゼーグル(Cirrus Des Aigles)が引退した。 コリーヌ・バランド-バルブ(Corine Barande-Barbe)調教師により管理されたシリュスデゼーグル(10歳)は、600万ポンド(約9億3,000万円)以上の賞金を獲得し、3ヵ国でG1を制した。勝鞍にはドバイシーマクラシック(G1)、英国チャンピオンS(G1)、コロネーションカップ(G1)、ガネー賞(G1)などがある。 強靭さと持久力に定評のある同馬は"戦うシリュス"という異名をとる。記憶に残る勝利には、一番得意とするロンシャン競馬場でトレヴ(Treve)を短クビ差で破った2014年ガネー賞がある。 フェイスブックのファン向けページでは、最近の調
帰国したウォーエンブレム、輸入規則に従い去勢(アメリカ)[その他] 引退馬施設のオールドフレンズ(Old Friends ケンタッキー州ジョージタウン)で引退生活を送っているウォーエンブレム(2002年米国最優秀3歳牡馬)は、米国およびケンタッキー州の輸入規則に従って去勢された。 ウォーエンブレム(17歳 父アワエンブレム)は日本で供用された後、帰国してオールドフレンズに入った。米国の輸入規則は、主に精液を通じて蔓延する細菌が原因の伝染性子宮炎(CEM)に輸入馬が罹っていないか判断するために、2頭の牝馬に試験的に種付けすることを義務付けている。CEMは米国で概ね根絶されているが、もし発生すれば検出・抑制は困難になりかねない。主として馬属に見られるCEMは、種牡馬と繁殖牝馬の両方の生殖能力に悪影響を及ぼす可能性がある。 良く知られているように、ウォーエンブレムは日本で供用されているときには種
ドバウィの種付料、大幅に上昇(イギリス)【生産】 13歳のドバウィ(Dubawi 父ドバイミレニアム)の評価は、今年多くのG1馬を送り出したことで一層高まり、その種付料も上昇した。2016年は前年から10万ポンド(約1,850万円)増の22万5,000ポンド(約4,163万円)で、ダーラムホールスタッド(Dalham Hall Stud)で供用される。 ドバウィ産駒は今年、頻繁に新聞の見出しを飾った。アルカジーム(Al Kazeem)、アラビアンクイーン(Arabian Queen)、イラプト(Erupt)、ハンターズライト(Hunter's Light)、ニューベイ(New Bay)、ナイトオブサンダー(Night Of Thunder)、ポストポンド(Postponed)、プリンスビショップ(Prince Bishop)、レッドドバウィ(Red Dubawi)が北半球のG1を制した。
ハンガリーの伝説のスプリンター、オーバードーズが疝痛で死亡(ハンガリー)[その他] ハンガリーで最も有名な競走馬であり、その驚異的なスピード故に“ブダペストの弾丸”との異名をとったオーバードーズ(Overdose 10歳)が、疝痛のために死亡した。 オーバードーズは、タタソールズ社(Tattersalls)のセリにおいて、馬主ゾルタン・ミコツィ(Zoltan Mikoczy)氏に、僅か2000ギニー(約40万円)で購買された。2000年代後半に驚くべきスプリンターとして、ロンシャン競馬場、バーデンバーデン競馬場、ヘイドック競馬場、ロイヤルアスコット開催に遠征し、競馬地図にハンガリーを登場させた。 オーバードーズの競走生活は、格調高いものであると同時に論議に満ちていた。ハンガリーで無敗を誇り、真っ向勝負の破壊的な勝利を見せるインターネット上のビデオが、その伝説を作り上げていった。 大差の勝利
英国チャンピオンズデー、馬場全体をカバーで覆う計画を検討(イギリス)[開催・運営] アスコット競馬場は、英国チャンピオンズデーを台無しにしてしまう降雨の影響を克服するために、来春の試行で良い結果が得られればコース全体をカバーで覆うことを計画している。 アスコット競馬場とQipco社は、来年4月にその有効性をテストするために、馬場1ハロン(約200m)を覆う空気注入式のビニールカバーを購入しようとしている。 調教師たちはこの提案を大歓迎しているが、馬場不良のために管理馬ザグレイギャッツビー(The Grey Gatsby)がチャンピオンS(G1)を回避したケヴィン・ライアン(Kevin Ryan)調教師もその1人である。 英国一の高額賞金を誇るチャンピオンズデーは、2011年の第1回開催は上々の馬場状態だったが、その後2年間は重馬場、今年10月は不良馬場で施行され、数頭の一流馬が出走を取りや
競馬事業開始から4年目のカタールレーシング社(国際)【その他】 夢のような走りぶりであった。2011年にフレデリックエンゲルス(Frederick Engels)がロイヤルアスコット開催のウィンザーキャッスルSを優勝した瞬間から、ファハド殿下(Sheikh Fahad Al Thani)とその2人の兄弟は、大きな出費をする前に、成功を味わった。 同年、ライトニングパール(Lightening Pearl)がチェヴァリーパークS(G1)を優勝し、その後、フランスで安価で購買したドゥーナデン(Dunaden)がジーロングカップ(G3)、メルボルンカップ(G1)、香港ヴァーズ(G1)を連勝した。ドゥーナデンが2ヵ月間の電撃的な東方遠征で獲得した賞金は200万ポンド(約3億5,000万円)以上に上った。 合計で500万ポンド(約8億7,500万円)以上を稼ぎ出した8歳馬ドゥーナデンが現役を引退した
騎手生活25年のペリエ騎手、現状を語る(フランス)[その他] 尊敬と称賛を受ける成績を挙げているこの名手の騎手生活もすでに25年。これまでを総括するのに良い機会である。3,200勝以上を挙げ(うちG1競走109勝)、リーディングに4度輝いたオリビエ・ペリエ(Olivier Peslier)騎手の本音に迫るインタビュー。 Q(パリテュルフ紙):41歳になられてどのように感じていますか? A(ペリエ騎手):完璧なコンディションです。そもそも体は20歳の時よりもタフで、レース終盤での粘りに影響を与えています。いつも同じ信念と情熱を持っており、このことで騎手として働くことに常に変わらぬ喜びを持つことができています。さらに良いことは、信頼する人々と一緒に仕事に取組んでいることです。ヴェルテメール兄弟(Wertheimer)と契約を結んで11年になり、これまで固い関係を築き、状況の良し悪しに関係なく結
リチャード・ヒューズ騎手の日本競馬印象記(日本)[その他] 騎手の生活というものは国によってさまざまだが、日本においては全く別物である。当然のことながら、私はそうそう日本に行くわけではない。昨年11月にジャパンカップ(G1)でシメノン(Simenon)に騎乗するために日本を訪れたが、2003年〜2004年に(今ではほんの2〜3年前のことのように思えるのだが)6週間滞在して以来、初めてのことだった。久々に日本に足を踏み入れると多くのことが思い出され、英国ではよっぽど風変りな人々しか日本で行われている競馬のやり方について考慮しないだろうと思い返された。 トップジョッキーであれば、週末にしか騎乗しない。そういうわけで、武豊はこれ以外の日を色紙にサインすることに費やすことができる。しかし、その武豊でさえもタイムカード規定に従わなければならず、日本の騎手たちはちょうど工場従業員が毎日やっているように
イタリアの主要競走、グループ格付けはく奪の可能性(イタリア)[開催・運営] イタリアの主要平地競走はグループ競走のステータスをはく奪される動きが強くなっており、イタリア競馬の止められないように見える危機への転落は、来年早々には行き着くところまで行くかもしれない。 イタリアが国内馬・国外馬を問わず優勝馬の関係者に賞金をずっと支払っていないことに対し、各国の競馬統轄機関は対処を検討しており、G1競走7レースを含むイタリアのパターン競走は2015年までには事実上消滅する可能性がある。たとえば、昨年10月のグランクリテリウム(G1)を優勝したロウエンフォースメント(Law Enforcement リチャード・ハノン厩舎)の関係者に、8万ポンド(約1,360万円)足らずの賞金額が未だに支払われていない。このような支払い不履行への対応策としてBHA(英国競馬統轄機構)は、不満を表明するため、出走登録料
騎手31人が地下鉄に乗車してロイヤルアスコット開催をPR(イギリス)[その他] 昨日の朝、色彩豊かな勝負服とロイヤルアスコットの雰囲気がロンドンの地下鉄にもたらされたことで、通勤客たちは信じられないといった様子で疲れた目を擦っていた。 カースティ・ミルクザレク (Kirsty Milczarek)騎手、レイチェル・ネラー(Rachael Kneller)騎手、ジェイク・グリーンオール(Jake Greenall)騎手など、英国中から集まった騎手とアマチュア騎手は、朝のラッシュ時に何も知らない通勤客と観光客に不意打ちをかけた。彼らは騎乗時の用具一式、勝負服、乗馬ズボン、ヘルメットを身に着けレーシングポスト紙を振りかざした。 5日間の華やかな祭典ロイヤルアスコット開催のプロモーションのため、騎乗ではなく地下鉄乗車をしようという本紙の呼び掛けに、31人の勇敢な騎手が応じたもの。 彼らは、5路線の
ケンタッキーダービー馬の種牡馬としての成績(アメリカ)【生産】 ケンタッキーダービーは米国競馬界の誰もが最も優勝を渇望するレースであり、ダービーを優勝すればその牡馬は潜在的な優良種牡馬として運命づけられる。しかし種牡馬としての成功は必ずしもその立派な競走成績に一致するものではなく、近年ダービー馬は種牡馬としての売り込みに苦戦している。 この調査は、40年前の1973年三冠馬セクレタリアト(Secretariat)から始めたものである。産駒から5%のステークス勝馬を出すことが優良種牡馬の境界線と考えられており、1980年の牝馬ジェニュインリスク(Genuine Risk)を除く1973年〜1981年のダービー馬は、すべてこの基準に達した。すなわち、セクレタリアトのステークス勝馬57頭(8.7%)、キャノネイド(Cannonade)の27頭(5.2%)、フーリッシュプレジャー(Foolish
アガ・カーン殿下の世界的な生産事業(フランス)【生産】 1957年7月に亡くなったアガ・カーン3世殿下(Aga Khan III)は遺言で、1,000万人以上の信者からなるイスマイル派の精神的指導者として、孫のカリム(Karim)を後継指名していた。これは、まだ20歳7か月の若者にとっては重すぎる責務であった。 しかしアガ・カーン4世にとってのその責務には、祖父が創設し、父のアリ・カーン(Aly Khan)王子が共同経営者となっていた競馬・生産事業は少なくとも含まれていなかった。したがってアリ・カーン王子が生きていれば、同王子が引き続き一族の競馬界とのかかわりを持ち、サラブレッド産業に知識も興味もないと公言していた息子のアガ・カーン4世は精神的指導者としての責務に専念していただろう。 アリ・カーン王子が1960年5月にパリで交通事故死するまでは、すべてが順調だった。しかしカリムは、父の死に
エリザベス女王が行なってきたロイヤルスタッドの改革(イギリス)【その他】 エリザベス二世女王陛下がサラブレッドを最重要視する情熱は、自身の即位60周年を記念する4日間の国民の祝日を英ダービーデーの6月2日から始めさせるほどである。 エリザベス女王は戦時中の1940年に、代替場のニューマーケット競馬場で開催された英ダービーを初めて観戦して以来、このクラシック競走観戦を欠かしたことはほとんどない。女王に即位した1953年には、戴冠式の4日後の記念すべきダービーにおいて、王室独特の勝負服のオリオール(Aureole)は2着となった。 ダービーで王室の馬が勝ったことはなく、今年は出走馬すらなかったが、ロイヤルアスコット開催では話が違う。今年のロイヤルアスコット開催4日目にエスティメイト(Estimate)がクイーンズヴァーズ(G3)を優勝した時、観客は歓喜し空に向かって帽子を投げた。 エスティメイ
競馬界、モンジューの死に揺れる(アイルランド)【生産】 傑出した中距離馬として活躍し優秀な種牡馬であったモンジュー(Montjeu)が3月29日に病気から間もなく亡くなり、クールモア牧場(Coolmore Stud)と生産界は世界で最も成功した種牡馬を奪われたことになる。 2000年末に競走生活から引退したモンジューは3頭のダービー馬、そして今年の現在英ダービー一番人気馬キャメロット(Camelot)を送り出している。同馬は繋養されていたティペラリー郡のフェザードの厩舎で敗血症の合併症を患い、16歳で亡くなった。 モンジューは欧州のクラシック競走を2勝し、凱旋門賞(G1)を優勝した。難なくファンタスティックライト(Fantastic Light)を負かしたアスコットでのキングジョージ6世&クイーンエリザベス(G1)の勝ちっぷりは、競馬史においても大楽勝の1つと言われている。 同馬を管理した
スピード遺伝子の起源は一頭の英国牝馬に遡る可能性(イギリス)[その他] 遺伝子科学者エメリン・ヒル(Emmeline Hill)博士は、ウェブ上の科学誌である“ネイチャー・コミュニケーションズ”(Nature Communications)において、サラブレッド競走馬のスピード遺伝子の起源が約300年前に生きていた英国の牝馬1頭に遡る可能性を発表した。そして、現在ある遺伝子変異体はすべて種牡馬ニアークティック(Nearctic)に遡ることを発見したとしている。 そのスピード遺伝子が広範囲に伝播した背景には、ニアークティックの仔でありサドラーズウェルズ(Sadler’s Wells)やダンジグ(Danzig)などの父で種牡馬として圧倒的な支配性を示したノーザンダンサー(Northern Dancer)の存在があると、この研究結果は示している。 ダブリン大学、エクイノム社(Equinome L
フランケルの種牡馬としての価値は3000万ポンド(イギリス)[生産] 専門家の評価によれば、7月27日のサセックスS(G1)で輝かしい勝利を収めたフランケル(Frankel)は、少なくとも3,000万ポンド(約42億円)の価値がある。また、あるアナリストは“価値をつけるのが不可能な馬”と断言した。 ドバイミレニアム(Dubai Millennium)の保険を扱ったサラブレッド保険会社であるアングロハイバーニアン社(Anglo Hibernian)のジョン・ワーズワース(John Wordsworth)氏は、フランケルに付けられた価値は、同馬が引退して種牡馬入りすれば種付料が10万ポンド(約1400万円)となることに基づいたものであると次のように説明した。 「4歳時も競走生活を続けると思われるフランケルは8万〜10万ポンド(約1,120万 〜1,400万円)の種付料で供用されると推測される。
次のページ
このページを最初にブックマークしてみませんか?
『公益財団法人 ジャパン・スタッドブック・インターナショナル』の新着エントリーを見る
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く