「歴史」とは何か? 「自らの君主の事績を記述することは、彼が王位につくことによって新しい世紀が始まる、それは幸福な歴史である、という確信が無ければ、不可能なのです」 ウンベルト・エーコの小説『バウドリーノ』の中の、主人公バウドリーノの言葉だ。ここにある「君主の事績の記述」とは、すなわちその国の歴史のことで、それは必ず、君主のために美化してあるという意味にとれる。 ドイツ語で歴史は「Geschichte」で、物語も同じく「Geschichte」。最初、それを知った時、ドイツ人はいい加減だと思ったが、間違っていたのは私だった。歴史は、多かれ少なかれ物語だということを、ドイツ人は極めて正しく認識していたに違いない。 東洋史家の宮脇淳子氏は、歴史家が拠る史料で扱いに注意しなければならない点として、1)史料は、作者や、作者が属している社会の好みの物語の筋書きにしたがって整理されている、2)史料には、