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2010年04月23日21:02 極地を走る大ムカデ、ランドトレイン カテゴリ特殊車両関連USA! USA! 1867年に1平方kmあたり5ドルで米国に叩き売られたアラスカだが、その後豊富な資源があることが判ると大規模な開発が計画されるようになった。 しかしその広大な土地はほとんどが人跡未踏であり、道路から外れると即生命の危険さらされる(ソース:「水曜どうでしょう」)ような過酷な自然条件が待ち受けていた。 大型建機メーカーであるLeTourneau(ルターナ)がこのような土地に踏み入るための特別な輸送車両を初めて製造したのが1953年から1954年にかけての事だった。 ◎VC-12 ターナトレイン(VC-12 Tournatrain) VC-12は500馬力のカミンズディーゼルエンジンを搭載した動力車と3台のトレーラーで構成される。 動力車にはディーゼルと直結された発電機があり、トレーラー
2016年04月16日21:07 バルド・ノバーズ カテゴリUSA! USA!アウトローたち アメコミヒーローの源流の1つには自警団(ヴィジランティ)があるのですが。 今回ご紹介する「バルド・ノバーズ」はその後の文化的アイコン化を先取りしたかのような覆面を着用していたのが大きな特徴です。 そして「マスクド・ヴィジランティ」の代表格であるバットマンなんかよりもよっぽどヤバい存在でした。 「バルド・ノバーズBald Knobbers」は1883〜1889年にミズーリ州南西部のオザーク地方に存在した自警団である。トーニー郡Taney Countyを起源とするこの一団は特徴的な角付きのフードを着用していた事でその後近隣地域で急速に増加した同種のグループとは区別される。 「バルド・ノバーズ」の名前はオザーク山地の丘陵地帯にちなんでいる。グループが最初に会合を開いたのがミズーリ州カービーヴィル北部の「
2015年10月31日18:30 エチオピアの音楽 カテゴリ雑記ネタ 溜まりまくってた映画の録画を消化している最中なのですが。 ジム・ジャームッシュの「ブロークン・フラワーズ」(2005年)でビル・マーレーが友人に「旅の共に」と渡されたCDに収められた楽曲がなんか妙チクリンで気になりました。 これ、エチオピアのジャズなんだそうで、キーボードというより電子オルガンと言うべきか?その音色がステキです。 作曲者のムラトゥ・アスタトゥケMulatu Astatkeで関連動画を見てみると な…!? まるで昔の仁侠映画の劇伴とドリフの「ズンドコ節」をチャンポンにしたような摩訶不思議なメロディーとリズム。 サックスがチンドン屋の演奏にしか聞こえなくなってくる~。 エチオピア・ジャズ自体は1980年代にヨーロッパに紹介されてブームとなり、現在はヨーロッパ圏でその血筋を引くグループがいくつもあります。 ("
2015年07月04日22:43 ノルマンディーに英国ビールを届けろ(前編) カテゴリ英国面メカにまつわる四方山話 先日入手した「AIR INTERNATIONAL」誌をぱらぱらとめくっていたら興味をひかれる写真がありました。 スピットファイアIXEなんですが両翼に樽を積んでまして。 これ、D−デイ後のノルマンディーまでビールを密かに空輸するための物なのだそうです。 ピレネー犬か!?…セントバーナードですよね。なんでピレネーなんだよ。 面白そうなのでググってみたところそのものズバリの記事がありました。→■ なんか軍規違反ではあっても黙認されていたそうで、まぁ確かに戦争なんて飲まなきゃやってられない種類の状況ですしね。 訳してみていますがちょっと長いので前後編でお送りします。 70年前のノルマンディー。 海峡を越え、パラシュート降下を生き抜き、ヴィレル・ボカージュでの手痛いドイツ軍の反攻をく
2014年06月30日00:29 プロジェクト「アイスワーム」 カテゴリUSA! USA!アトミックエイジ 「プロジェクト・アイスワーム(Iceworm)」はアメリカ陸軍が冷戦時代にグリーンランドの氷床下に核ミサイル発射サイトのネットワークを構築しようとした計画である。 ソ連領内の攻撃目標に対して充分な近さにある氷の下に中距離ミサイル基地を設置するというものであり、デンマーク政府にも秘密裏に進められていた。 1960年に氷床下での施設運用の評価調査が始まったがこれは一般には「キャンプ・センチュリー」という擬装計画名で知られている。 しかし氷床内の氷の状態は流動的であり、計画は1966年に中止された。 計画の存在は1990年代まで極秘扱いであり、デンマークにおいてもいわゆる「チューレゲート」スキャンダルで議会の調査委嘱を受けたデンマーク国際問題研究所(DUPI)の報告によって1997年1月に
2014年06月13日21:57 マゼラアタックだけではなく… カテゴリすとれんじびじゅあるずパスト・フューチャー ガンダムメカの元ネタ(あるいは発想的な源流)は昔の科学イラストレーション誌に多くありそうです。 ●まずキュイ揚兵戦車 「Mechanics and Handicraft」誌1936年9月号に登場する「Super War Tank」がそっくりです。 兵士の乗った戦闘室を車体の左右に展開するというアイディア。 この頃はやはり塹壕戦が主流になるという考えが支配的だったんですね。 面白い事に同様のアイディアが1942年にも登場しています。 「Poplar Science」の1942年6月号。 全米発明家評議会が新兵器のアイディアを募集し(1年間で4万5千件!も応募があったそうです)、その中でも評価が「A」、「B」のものなのだそうですが…。 どっちかってーとこちらの方が現在のIFVに通
2014年04月30日19:56 ロッキード “ヒャッハー!!” CL-1201 カテゴリUSA! USA!実験機・計画機 1960年代後半、ロッキードのスカンクワークスは超大型輸送機の実現可能性を探っていました。 早ければ1970年代初頭にも実現していたかもしれないそのCL-1201コンセプトは、何から何まで既存の航空機とは桁違いの「怪物」でした。 無尾翼形態の航空機ですが、その全長は560ft(=約170m)、全幅は1120ft(=約341m)、離陸総重量は11851800lb(=約5300t)、ペイロード230000lb(=約1040t)。 わー、747がちっさーい 装備された4基の大型ターボファンエンジンは総推力500000lb(=約227t)。 しかもこのエンジンは離陸時などはJP-5を燃料としますが、巡航高度に達すると動力を原子力に切り替えるものでした。 原子炉は液体ナトリウム
2013年07月13日19:38 ギリシャ空軍農業機部隊 カテゴリ航空関連 359 Public Services Air Support Unit (359 MAEDY)はギリシャ空軍内にあってその主な任務が山林火災の消火活動、または農薬や作物の種子の空中散布などの公共サービスという世界的にも珍しい航空部隊である。 設立は1968年3月。 当初はベル47G-3とG-5といったヘリコプターが主装備だった。 そのためか1969年11月に第357ヘリコプター飛行隊と統合されるも翌1970年には部隊は再び独立する。 デケリア(Decelea, Dekelia, Decelia キプロス島の英国主権基地領域の方ではなくギリシア南部アッティカ地方の旧名タトイTatoiの方)のデケリア/タトイ空港に本拠を構え、装備機もC-47やグラマンG.164Aアグキャットという固定翼機が追加された。 (ここらへん
2009年07月02日01:30 冥王計画(Project PLUTO) カテゴリアトミックエイジUSA! USA! とは言ってもゼオライマーの事ではない。 1957年から1964年まで米国で開発が進められていた巡航ミサイルの計画名だ。 ミサイルそのものはSLAM(Supersonic Low-Altitude Missile=超音速低高度ミサイル)という素っ気ない名前で呼ばれていたが、そのプロファイルは「冥王」のプロジェクト名にふさわしいものだった。 米国本土のサイロから発射されたSLAMは補助ロケットブースターで加速・急上昇した後、高空の「フェイルセーフ」空域で周回待機する。最終的なゴー・サインをもって敵国の防空圏手前で高度300mまで降下。地形照合式の誘導装置によってマッハ3で巡航しながら機内に格納された核爆弾を複数の目標上空にデリバリーして廻るというものだった。 まだICBMの射程
2013年01月15日02:20 クライナ急行 カテゴリ軌道車関連 クライナ・セルビア人共和国はユーゴラスビアから独立したクロアチア領内に存在した短命な国家だった。 1990年にユーゴの社会主義体制が終焉を迎えると代わりに民族主義が台頭し、クロアチアとスロヴェニアが独立へ向けて動き出す。 クロアチア内のセルビア人地域はセルビアと呼応し連邦への残留を主張していたが、クロアチアの独立が避けられないものとなると、クロアチアからの分離独立を目指すようになる。 両勢力の大規模な衝突は1991年8月に始まった。 同年12月19日にクライナ・セルビア人自治州は「クライナ・セルビア人共和国」を宣言し、支配地域内から他民族を一掃しあう凄惨な内戦となった。 「クライナ急行(KRAJINA EXPRESS)」はこの紛争でクライナ共和国軍(SVK)が使用した装甲列車である。 (装甲列車はすでに時代遅れな兵器であっ
2012年10月14日12:18 英国本土決戦兵器 カテゴリ英国面火器関連 1940年、第2次大戦開戦以来のドイツ軍の破竹の進撃によって英国軍は大陸からの撤退を余儀なくされた。 バトル・オブ・ブリテンが始まり英国本土への直接侵攻が現実味を帯びてくる。 国民の恐れは高まり、父ちゃんの留守を預かる母ちゃんはサバイバリストと化し姉ちゃんは刹那的な恋に生きるようになり田舎の爺ちゃんは「こんな風に人生分からんモンだから真面目にやるだけ損じゃぞ」と碌でもない考えを孫に吹き込みその孫の周囲でも空襲で両親を失った女の子が数ペンスのために男子の前でスカートをたくし上げ(見るだけ)粋がった悪ガキが「汚い言葉を使ってみろよ」と絡んでくるも躊躇無く「F××k」と言うと「こ、こいつ、…勇者だ!」と一目置かれたり始業式で学校が誤爆されて「ありがとう!総統!」と大喜びしたりしていた(以上、ジョン・ブアマン監督の自伝的映
2012年06月30日02:05 (あれが)最後のパラサイト・ファイター(とは思えない…) カテゴリ実験機・計画機USA! USA! 2005年に機密解除がなされた米空軍の「マイクロパラサイトファイター」計画のPDFを発見→■ 本計画は1972年11月に空軍システム軍団、AFFDL(Air Force Flight Dynamics Laboratory)の打診に応じたボーイング社が1973年9月に提出したもので、同社の747型機に小型の戦闘機を搭載して長距離展開を図る「MICRO-FIGHTER / AIRBORNE AIRCRAFT CARRIER CONCEPT」である。 XF-85などとは異なり、搭載母機(戦略爆撃機)の護衛戦闘機ではなく、あくまで「戦闘機の長距離展開」を目的としているのがミソである。 比較図。 この図で問題とされているのはエンジンの種類による搭載母機の航続距離なん
2012年06月01日02:26 The Finishing Line カテゴリ英国面映画 「ブリテンの兵器はキモい 参考リンク集」で紹介されているので御存知の方も多いと思いますが、衝撃的なフィルムなので便乗させていただきます。 1977年に英国で制作された「The Finishing Line 」という安全啓発用の20分ほどの短編映画です。 どう衝撃的なのかは…見ていただいた方が早いでしょう。 開始3分半あたりから「え?」となり、その後はすごい展開の連続となります。 最後の方は「そして誰も帰ってこなかった」オチになるのだろうと予想していましたが……まさか……それすらも甘いとは…… 。 英語Wiki(→■)がありましたので解説として載せておきます。 “The Finishing Line”は線路において子供たちが遭遇しうる危険を警告する短編映画で、1977年にBritish Transpo
2012年05月06日00:28 Объект 760 ホバータンク カテゴリ装甲車両関連おそロシア 旧ソ連の試作車両を集めたこの動画 3分48秒から4分02秒まで登場するホバーな車両が何なのか気になっていたのですがようやく正体が分かりました。 ◎Объект 760 オブイェークト 760はPT-76やBRDMの後継として1960年代初頭に開発された試験的なエアクッション式のホバータンクである。 エアクッションを使用した特殊な偵察/空挺戦闘車両(СБМ)のテスト車両であり、その実用型としてBRDM-VPKが予定されていた。 1961年、VNII-100構想(1959〜63年)の一環としてエアクッション式陸上車両の実現可能性を探る試みがチェリャビンスクトラクター工場で進められた。 テストは1961〜63年にかけて行なわれ、湿地や新雪、水上など様々な条件が試された。 テストの結果オブイェーク
2012年05月01日00:49 SAAB LX カテゴリ実験機・計画機 スウェーデンのジェット戦闘機と言えばドラケンやヴィゲンといった同時代の航空機群から頭一つ飛び抜けた先進的な物が目を引く。 それもその筈で、彼の地におけるジェット戦闘機計画は1940年から始まっていたそうだ。 …ただ、その頃からすでにかなりカッ飛ばした物を作ろうとしていたらしい。 ◎SAAB LX スウェーデンがジェット機開発に乗り出したのは1940年4月にナチスドイツがヴェーザー演習作戦でデンマークとノルウェーを降伏させた事に起因する。 北欧全域の陥落も時間の問題とみた米国政府はスウェーデン向けの航空機やレシプロエンジンの輸出を差し止めてしまったのだ。 そこでスウェーデン政府は2種のジェット戦闘機計画を立ち上げ、サーブ社に英国製もしくは自主開発のジェットエンジンを搭載した機体の開発可能性を調査させた。 サーブ社はLX
2022年04月03日10:31 ミニ・シービクセン カテゴリ英国面 お久しぶりでございます。(いけしゃあしゃあ) たまたまYoutubeを覗いてたらシービクセンの地上発進訓練らしき動画がありまして。(↑動画にリンクしています) おお、コックピットへの乗り込みがこんなにばっちり!と喜んでいたのですがなんか違和感が。…このシービクセンなんか小さくない? ファイアストリークも模擬弾だと思ってましたが次第にハリボテっぽく見えてくる…。 コメント欄を見てみたら「シーベノムの改造で『The Vixettes』と呼ばれてたんだよ」という書き込みが! 道理で小さいわけだよ!w 訓練用なのかしら?と思ったのですが実は1962年7月のロイヤル・トーナメントで使用されたものとの事。 ロイヤル・トーナメントは1880年から1999年まで行なわれていた英海軍の催しです→■ 何でも会場だったアールズ・コート (Ea
2012年04月18日19:38 束ね束ねて OTRAGロケット カテゴリ宇宙関連どドイツ (キャプション以外の文章はウィキペディア:「民間宇宙旅行」→■より引き写しています。) OTRAG (ドイツ語: Orbital Transport und Raketen AG, または Orbital Transport and Rockets, Inc.)(オトラグ)は1970年代から1980年代初頭にかけて計画された人工衛星打ち上げロケットである。 Common Rocket Propulsion Units (CRPU)と呼ばれる同一の規格化されたロケットを束ねることによって様々な用途への適用を目指した。 OTRAGロケットのバリエーション。 最大のOTRAG 10000は静止軌道(GSO)に1.5t、高度300kmの低軌道なら10tのペイロードを打上げ可能なはずだった。 OTRAGは19
2012年01月06日18:19 クルチェフスキーと旧ソ連の初期無反動砲 カテゴリ火器関連おそロシア レオニード・ワシリエヴィチ・クルチェフスキー(Леонид Васильевич Курчевский 1880〜1937もしくは1939)はヤロスラヴリ州のベラスラヴリ-ザレスキーで教師の家庭に生まれた。 モスクワの大学で数学と物理を学んだ後(学費滞納で2年で退学させられた、とあるけど当時のソ連で?)、 1916年にモスクワ防衛産業委員会の設計主任を務め、1918年からは最高国民経済会議(VSNKh)の発明委員会で研究室を持った。 1923年頃から彼は無反動砲(DRP : динамо-реактивных пушек = dynamic recoilless cannon)の研究を始める。 1924年にヘリコプター(とあるがオートジャイロっぽい)の開発に絡んだ資金横領の容疑で投獄される
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