妻は毎朝六時になると素振りを始める。 気付いたときにはリビングの端に、見たこともないバットが一本壁に立てかけてあった。 新品のバット。 きっかけはバッティングセンターに行ったことらしい。 初めてのバッティングセンターはとても緊張したらしく、それでも非常に楽しかったのだと言っていた。 上手く打てなかったんだよね、でも一球だけ打てたの!と妻は嬉しそうに話した。 とっても気持ちよかった、と妻。 それ以来、妻は朝になると素振りをする。 ブン、ブン、ブン、とリビングで鋭い音を立てる。 その音を、寝室にいる俺は耳にする。 猫は怯え、俺の傍から離れない。 バットが握りにくいから、と妻は指輪を外している。 シンクには洗っていない食器が山積みだ。 ブン、ブン、ブン、と鋭いスイングの音が聞こえてくる。 あのバットは、いったい何を打とうとしているのだろうか