1日に89歳で死去した評論家、西尾幹二氏は昭和の終わりから外国人の単純労働者導入に慎重論を唱え、平成元年には著書で「労働鎖国」を訴えていた。テレビの討論番組でも孤立無援の中で問題提起するなど、いち早く、また一貫して「移民問題」に警鐘を鳴らし続けた。 西尾氏の産経新聞への寄稿によると、ヨーロッパの事情に精通する西尾氏が外国人単純労働者の導入に慎重論を唱え出したのは昭和62(1987)年。2年後の平成元年には「労働鎖国のすすめ」を出版、版を重ねた。当時出演した「朝まで生テレビ」でも他の出演者らの激しい野次が飛ぶ中、淡々と持論を述べ続けた。 平成初期、「開国派」の有識者は「発展途上国の雇用を助けるのは先進国の責務だ」などと口にしていた。そのとき、ある県庁職員が議会で西尾氏の本を手に、こう訴えたという。 「牛馬ではなく人間を入れるんですよ。入ったが最後、その人の一生の面倒を日本国家がみるんですよ。