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大谷翔平
blog.goo.ne.jp/touhou_huhai_blog
ニセ科学批判者が、被害者をどう見ているか。 【追記】2009/03/24、うーん。”被害者”というのは卑怯な表現だったな。そう。ニセ科学もカルトと同じで、被害者は加害者になりうる。だから被害者がかわいそうだろ、というのは、一面的な言い方にすぎない。ある意味でいえば、代替医療に入り込んでいく医師だって”被害者”なんだ。 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://b.hatena.ne.jp/entry/http://blog.goo.ne.jp/touhou_huhai_blog/e/e80068c1e7c4d2899024e785eb840ae8 A_lie_sunメタブクマ あ、こっちか。うん、まあ私は私の判断で私に出来る範囲のオフの事はやってるのでね。私の知己には今の所既存のニセ科学に嵌ってる人はいません。まあ運良く(?)ビリーバー気質の人がいないのも寄与し
うむむ。まずいな。 国政報告会に、色平哲郎医師が登場 http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/7caf2e057856e521bba297cfe1a817ca 今日も、杉並区内でマイクを握っていると「化学物質過敏症」を政治テーマとしてしっかり取り組んでほしいという提言があった。私の友人でも、数年前に発症して苦しんでいる人がいる。現在、「化学物質過敏症」の症状を訴える人はうなぎのぼりで増えていると聞く。 保坂議員には気をつけていただきたい。「化学物質過敏症」の分野は非常に危ういもの、擬似科学に分類される主張まで含まれている、具体的にどんな提言があったか知らないが、支持者の言葉だけに流されず、中立の立場で冷静に見てほしい。 以下に参考記事を示す。現役医師のブログだ。 香水の自粛のお願いに化学物質過敏症を持ち出さないほうがいい http://d.hatena.n
過剰なメディア露出をしない。実務の団体だから。 でも言葉を惜しんでは伝わらないものも…いや、心ある人には伝わる。 どっかの自称ジャーナリストだとか、国際事情通だとか 「善意だけではナイーブすぎた」みたいなこと言ってるけど、 なにか書く前に関係者に取材すれば?現地いくのは怖くても、ペシャワール会は日本にも事務局あるし、会から離れて在籍していたスタッフだっているんだぜ。ブログなんて放言するためにあるんだけど、言葉を商売にしている連中のくせに少々おそまつに過ぎる。 むこうの事情なんてペシャワール会が一番よく知ってるに決まってるだろ。 会報を読んでいるだけで、もう数年前からどんどん事情が悪化していて、活動を続けるのがいよいよ苦しくなっているけど、ここで撤退すればどうしても現地の人だけでは経済的にも技術的にも耕地を維持できなくなって、これまで積み上げてきた努力が水泡に帰すからって、こらえてやってきた
適法な行為を圧殺する「淘汰圧」に価値はあるのか。 http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/05/post_a4ab.html 炎上を淘汰圧とかいってる人間に対して、抽象的に「そりゃおかしいだろ」と言っても無駄です。たとえ話ではダメです。さらに実例をあげて、じゃーてめぇイラク人質事件の自己責任論大合唱もあれも淘汰圧かコラと問い詰めても、「はいそうです」という答えしか返ってきません。自分が被害に遭うか、被害を間近で目にする以外、決して人は被害者に同情しません。 特に、己が「加害者」または「傍観者」の立場にいると無意識に自覚している場合、加害者に非があるなど認めません。不正を看過してる自分を否定するのと同じですからね。 淘汰圧とかいって、匿名で死ねとかコメントをつけてるのは、生きた人間です。顔のない神でも、自然の摂理でもなんでもありません。
チベット自治区に住む回族という言葉を、よく目にする。 こういうときにも無知をさらけだす。 無知なくせに、行ったこともないくせに、新聞やネット越しに読んだ暴力に恐怖し、誰でもいいから止めてくれと願う私の意識は、傲慢だ。でも、どっちにしろ意味がないという点では、ほかのどんな感情とも同じだ。 回族。必ずしもイスラム教徒ではないらしい。少数民族の一つ。 店舗が焼き打ちにあったとか、仕返しを恐れてチベット族が警戒しているとか 嫌な感じがする。 少数派の攻撃対象が、より少数派に向かうようだと、もうどうしたらいいのか分からない。どうしたらいいなんて、外野が言うのはおこがましいが。 でも、多分、回族は…もっと攻撃の的になるだろう。 なんてことだ。 それを止められるのは、中国軍しかいないという、状況になるんだ。 【追記】2008/03/23 私が知っている回族は、金庸の小説にでてきたホチントンだけ。 顔見知
下記ブログで広く求められている「対案」を私なりに考えてみた。 匿名至上主義者には、実効的かつ受け入れ可能な対案がなく、かつ、妥協の余地がない。 http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/01/post_a534.html 匿名表現の自由を維持したいのであれば、匿名表現の自由を維持しつつ、匿名の濫用を防ぐ実効的な他の手段を提案すべきなのではないかと思うのですが、ネットの匿名性に執着する方々からそのような提案を聞くことはまずありません。 これに対して、私が提案するのは「名刺交換システム」というものだ。似たような仕組みを知っている人もいるかもしれない。 (1)誰もが希望すれば、ネット上で匿名または変名(HN)で発言した者の本名や住所といった個人情報を知ることができる。 (2)ただしそのためには、相手に対して自分の個人情報を開示しなくてはいけな
ブログの書き手本人が言う訳ではないが、その崇拝者などが、記事についての批判があるたび「あれは釣り(イタズラ目的のひっかけ)だった」といって、ゴマカしたがる風潮はどうにかならないものか。 マスメディアの記事では絶対にそんな風に誤報やミスリーディングの責任を回避できない。読者や取材対象から苦情を言われたときに「いやぁアレは釣りですから」と申し開きをすれば、社会的責任を問われる。 イタズラのつもりだろうが、なんだろうが、発言には責任を伴うものだ。 以前、オーマイニュースの編集部が、2ちゃんねる利用者が書いた釣り記事にしてやられたといって大騒ぎしていたが、本人がほかにどんなサービスを利用しているとか、どういう意図があって書いたとか、そういう情報で、記事の主張を「なかったこと」にはできないはずだ。 心にもないことを書いたとしても、それは本人の姿勢、思想の一部として扱われる。 またそうでなければ、ブロ
■「はてブ」と社会系個人ニュースサイトのレベルの低さ http://d.hatena.ne.jp/tukinoha/20070622/p1 この記事では、ブログのあり方について批判しているほか、「はてなブックマーク」(はてブ)という、自分の「お気に入り」をコメントつきで公開して意見交換するツールについて問題点を述べている。ネットオタク向けの非常に閉じた話題だが、重要な意味を含んでいると思う。記事にはおおむね同意する。 当然ながら、図星を刺された「はてブ」ユーザーがモゴモゴと文句を言う。 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/tukinoha/20070622/p1 こっけいな連中だ。思春期の少年のような態度だ。だが正直いって、つい先日まで私も同じことをやっていたのだ。ひどく楽しかった。安全で、無責任で、下劣な楽しみだ。今も同じか
シンポジウムに参加してきた。 刺激的だが、終わってみれば空疎な会合だった。 ふわふわして現実感が希薄だった。 ジャーナリズムやメディアという虚業に触れたときの感触。 鳥越が、ばかなおじさんのようで、一番地に足がついていたな。 #06/09/03 例えば自分が広告塔に過ぎないということを認めていた。 「ブロガー」はWeb2.0だとかリテラシーだとかフラット化する社会だとか、 キャズム転落事故を起こしたりとか、 http://bogusnews.seesaa.net/article/15166560.html 脆弱性を突かれそうな、 http://bogusnews.seesaa.net/article/10257876.html 発言をしていた。 結論からいうと、シンポジウムとしては失敗破綻していた。 話があっちこっちに飛んで、テーマが定まらない。 シンポジウムというものはブレインストーミン
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