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体力トレーニング
blog.livedoor.jp/argon1
昨日、学習院最後の講義を聴いてきた。講義が終わったときは気づかずに何も考えずに出てきたが、後から見れば今年に卒業するのならばあの講義がこの学校での最後の講義だったのだ。そう考えると非常に感慨深いものがある。…考えてみれば学習院での講義は興味深いものだったと振り返りたいが、実際は必修講義の数が多すぎたので大変だったという感想が強い。 さて、講義を長年聴いてきて思うことは教員が黒板に何か書いて話をし、それを学生が座って黙々とノートをとるという講義形式にどこまで有効性があるのだろうか?ということである。 ある程度物理学をやっていて思うことは、数学や物理学というものは自分のペースで考えないと分からないということだ(少なくとも私に関しては)。本を読んでいても、1ページを理解するのに数時間を要することは当たり前にある。一行の数式を理解するのに数十分考えることだって珍しいことではない。 それなので講義を
東京都知事の石原慎太郎氏が4男に対して(知事の権限を利用して)仕事を発注したんじゃあないのかという疑惑について都知事が「違法性があるなら指摘せよ」というような弁解をしていた。それに対して「法律に違反していなければ何をしても良いのか」という批判的な記事を新聞で読んだ。 私は石原慎太郎を擁護するものではないが、批判をするなら法律にのっとって違法性を指摘せよという石原氏の意見は至極もっともではないかと感じた。それというのも、良いか悪いかの基準というのは法律で全部定めようというのが、法治国家の基本的なスタンスではないかと思うからだ。 何が正しいことで何が間違っていることなのか、それは人によって基準が全然違う。だから一般市民が選挙で代表を選んで、立法府で法律を作って「何が間違っているか」を決めましょうということが法治国家での基本的な考え方なんだと思っている。 それなので、「法律に違反していなければ何
最近blogをやっていて思うのは、私は他人から嫌われることを意識してしまっているのではないかということです。 blogのメリットというか特徴は双方向性です。TBとコメントが強力なコミュニケーションツールとしてあります。そんなわけで、書いた記事について読者から反響がもらえることがとてもよいことなのですが、最近になって、嫌われそうなことを書けなくなってきているのではないかという気が自分でしてきました。 基本的に、私は「自分が書きたいように、好きなことを好きなように書く」をモットーにここに記事を書いています。ただ、そうは思ってもコメントで「それは違うよ」的な反響をもらうとちょっと「あ、まずかったかな」とか思ったりします。…さすがに無視はできないし、気にしないわけにはいかない。 もちろん自分と違う考えの人の意見を知ったり、違う意見の人とやり取りをすることは非常に重要ですから、それはそれで良いのです
ライブドアブログがリンクなしのTBを規制するかも、という話題が流れてしばらく。結局ユーザー設定で以前と同じようにスパムも受け入れる設定にできるということで私の中では一件落着したライブドアTB問題についてもうちょっと書いて見ます。 この問題についてなぜかこの「無重力実験とアニメについて」が、現在筆者が知る限り2ヶ所から引用されるという微妙な反響の大きさを誇っています。しっかりしたコメントもいただきましたし。引用していただいたのは、 「絵文録ことのは」さん、「トラックバックをめぐる4つの文化圏の文化衝突――「言及なしトラックバック」はなぜ問題になるのか」 「好奇心と怠惰の間」さん、「[考え事][blog]無言及トラックバック、究極の真理を見つけた気がした」 …正直、ここのような弱小blogなんかでよいのでしょうか? もっと大手のほうが考察対象として適しているのでは? という感じもしますが、まあ
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