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frroots.hatenablog.com
2022.4.21 追記あり 2. トランスイシューに関する記述について 前のエントリの続きです。こちらのほうが本題。 先に述べたとおり、6節はここだけ「フェミニズムとジェンダー理論」の著作の紹介という形をとっていないという点で異様なのですが、その代わりに語られている著者自身の時代診断のうち、トランスイシューに関する部分は特に問題が多く、「現在こうなっている」と著者が語ることの多くがトランス差別的なクリーシェをなぞっていると私は思います。 ぱっと見で気づいたところだけ順番に引用して指摘していきます。 こんにち、「女性が子どもを産む」という身体的な特徴の描き方のみならず、「母親」という言葉自体が、トランス差別であると批判 さかね(ママ) ない。出産する「トランス男性」や出産できない「トランス女性」に対する排除的表現だからだ。政治的に正しい表現は、「子宮をもつひとが出産する」となる。このように
『社会学評論』*1の72巻4号で、「ジェンダー研究の挑戦」という公募特集*2が組まれています。この記事ではそこに掲載されている千田有紀さんの論文「フェミニズム、ジェンダー論における差異の政治」について、私の簡単な感想を記しておきます。 千田さんはこれまでも(ご本人の意図はどうあれ少なくとも結果としては)トランスジェンダーに対する差別的な言説をエンカレッジしてしまうことになるような文章を書いてきており*3、その事情を知る人たちの間には評論掲載の論文もそうなっていないかという懸念がありました。実際に読んで、残念ながらその懸念が払拭されたとは言い難いという感想を私は持ち、そしてそのことは日本社会学会の会員として表明しておくべきだと考えました。 1. 論文の構成に関する問題 トランスジェンダーについての記述について検討する前に、私にはそもそも千田論文の構成がよく理解できず、結論として何が主張されて
この記事はこのツイートについての補足説明です。 この記事はトランス排除言説にもとから共感する人には自分の考えが擁護されたように見え、そうした言説の問題点を知る人には排除言説そのものに見え、よく知らない人には「両論併記」の中庸なもの見えるでしょう。3番目にあてはまる人は気をつけてほしいなと思います。 — KOMIYA Tomone (@frroots) June 26, 2021 言及対象となっているのは『論座』に掲載された千田有紀さんの「LGBT法案をめぐる攻防が炙り出した『ねじれ』」という記事です。 千田さんの記事は全体的に 「現状認識」+「現状についての両論併記」 とう形で記事が書かれていて、その「現状認識」の部分がネットで仕入れた排除言説になっているように見えます。だから「両論併記」の部分にはトランスの権利を部分的に擁護するかのようなことも書かれているけど(そして本人はおそらく本気で
はじめに 『現代思想 フェミニズムの現在』に収録されている千田さんの論考「『女』の境界線を引き直す―『ターフ』をめぐる対立を越えて」を読みました。いろいろと問題を感じましたが、それ以前に非常にわかりにくかったので、その点について簡単にまとめておきます。 千田さんの論考についてはすでにトランス当事者の方が千田さんの論考に対しておかしいと感じる点を丁寧にまとめているブログがあるので是非読むことをおすすめします。 snartasa.hatenablog.com 千田さんご自身はこのブログを「誤読だ」と言っています。 note.com けれど、以下述べていくように、私は千田さんの論考は構成も内容も決して明確ではなく「正読」が何であるのかを掴むのが大変に難しいと思うので、特に当事者の方がトランスフォビックに感じられる点を強く受け取めるのはある意味当然のことではないかと思っています。 主題設定について
はじめに この長い記事の目的は、現在ツイッター上で生じているトランスフォビアの問題について、若干の問題の整理を試みることで、トランスフォビックな語りの停止に多少なりとも貢献を試みることです。 ここで「問題の整理」ということで私が意味しているのは、「トランスフォビックな語り方」がどのような思考から出てきているのか考え、またその思考を反省することは、フェミニズムの関心とも重なるとこがあるはずだという見方を呈示することです。 この記事には二つの内容があります。 ひとつはタリア・メイ・ベッチャーによる「トランス初級講座」という論文の紹介です。この論文の最後の「ジェンダー分離」という節は、ちょうどトイレの話から始まっていたので、資料としての意味もこめて雑な訳も載せておきました。 もうひとつは、ベッチャーの論文の内容に絡めて、もう少し私自身の専門である社会学のほうに引き寄せつつ、トランスの問題とフェミ
はじめに 先日、広辞苑の「フェミニズム」の項目が新しくなったというニュースがありました。以前は「女性の社会的・政治的・法律的・性的な自己決定権を主張し、男性支配的な文明と社会を批判し組み替えようとする思想・運動。女性解放思想。女権拡張論」という説明だったのが、最新の第7版では「女性の社会的・政治的・法律的・性的な自己決定権を主張し、性差別からの解放と両性の平等とを目指す思想・運動。女性解放思想。女権拡張論。」という説明になったそうです。「男性支配的な文明と社会を批判し組み替えようとする」が「性差別からの解放と両性の平等とを目指す」に変わっています。「平等」という文言が入ったのは、明日少女隊というグループの活動の成果であり、敬意を表したいと思います。 けれど個人的には、「平等」という言葉が入ることでフェミニズムのイメージが変わるかというと、必ずしもそんなことないのではないかという気もしていま
終わりにすると言いながら書いていますが。 「同一価値労働同一賃金」という言葉があります。文字通り、同じ価値をもつ労働には、同じだけの賃金を払わなくてはいけませんよー、という原則のことです。国際的にはILO100号条約に規定されており、日本も1967年に批准しています。 けれど、日本では法律に同一価値労働同一賃金についての明文的な規定がありません。そのため、コース別人事や、正規/非正規の区別といった雇用管理区分で賃金を変えられ、実質的には同じ価値の労働をおこなっているにも関わらず、大きく賃金が異なるという問題がしばしば指摘され、訴訟にもなってきました。特に、均等法ができたときに多くの企業が導入したコース別人事が実質的な男女別賃金の温床となっているというのはよく言われることです(04年の日本労働弁護団の見解)。09年時点でも、国連女性撤廃委員会からは、雇用管理区分が女性差別の抜け穴となっており
前エントリへのたくさんのご反応ありがとうございました。ただ、ツイッターでのやりとりを前提にしていたものだったので、そちらを継続的にご覧になっていない方には文脈がわかりづらかったかもしれません。そのせいか、いくつか誤解にもとづくと思われるご反応もいただきました。 このエントリでは、もっとはっきり前エントリの趣旨を述べるとともに、お寄せいただいたご意見のいくつかにお答えすることで補遺としたいと思います。 1. なんで賃金格差の話なんぞしてたのか 前エントリでは、男性一般労働者と女性一般労働者の賃金を平均して比較したときにこれだけの差がありますよーっていうお話をしました。そして、その差をもたらす要因は主に「職階」や「勤続年数」の違いだと言われてますよーという話もしました。 で、そうすると当然、「じゃあ職階や勤続年数の違いはどうして生まれるの?」ということが気になってしまいますよね。ここから、前エ
ええと、どうでもいい話といえばどうでもいい話なのですが、twitterで発生したミスコン批判をめぐる議論の中で、「反ミスコン批判」の立場に立つ小倉弁護士の女性労働についての認識がアレなことになっていたので、議論が雲散霧消する前に書きとめておきます。 小倉弁護士がミスコンを擁護していた理由は 「容姿にすぐれた女性が容姿によって経済的地位達成する機会を奪うな」 でした。 その小倉弁護士が「現在は労働市場は男女平等*1で、賃金格差の問題などない*2」という主張をなさっていたので、私はびっくりしたわけなのですね。「この人ほんとに女性の経済的地位に関心あるんかいな」と。 以下では、小倉弁護士のこの認識がどう誤っているかを、賃金格差問題のごくごく基本的なこと、基本の「き」ぐらいのことからだけで確認しておきたいと思います。 参考にするのは厚生労働省が2010年8月に公表した「男女間の賃金格差解消のための
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