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ピアノの鍵盤は、白と黒の無彩色。そこから「色彩」を生み出そうとしたのが、上原ひろみの最新作『Spectrum』だ。このアルバムの収録曲には、それぞれ「色」のテーマが与えられ、アルバムを通して彼女独自の色彩感覚が表現されている。さらに、すべての曲が「ソロ演奏」によって構成されているのも、本作の大きな特徴だ。 色彩と独奏。このテーマには、彼女の “ある特殊な知覚” も反映されているという。 「ゾーン」に入ればどこまでも行ける ──ソロ・ピアノでアルバムを発表するのは10年ぶりですね。このタイミングで再びソロ作品をつくった理由は? 以前から、10年の間に “最低でも一枚はソロ・ピアノを出す” ことをピアニストとしての自分の目標にしていたんです。『Place To Be』(2009年のアルバム)から、あっというまに10年近くが経ってしまって、録音するなら今だと思いました。 ──制作の過程で、この1
2018年〜2019年に発表されたブラジル音楽から“いま聴くべき”15作品をピックアップ。ジャズからボサノヴァ、AORからロック、注目の新人からベテランまで、多角的に紹介します。 【2018年〜2019年】ブラジル音楽・各ジャンルの名盤たち O Terno 『Atrás / Além』 (2019年) 元ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンにも通ずる、ヴィンテージ・サウンドを駆使したオーケストラル・ポップで人気を博すオ・テルノの最新作。音楽的なスケールが格段にアップしたことに加え、坂本慎太郎のゲスト参加も驚き! Rubel 『Casas』 (2018年) ボサノヴァ〜フォーク系シンガー・ソングライターが、フランク・オーシャンやチャンス・ザ・ラッパーら近年のUSヒップホップ勢に影響を受けて制作した大傑作。エレガントな管弦アレンジとボサノヴァの潮騒、最旬のビート感覚が融合したヒット作。 X
投稿日 : 2019.09.06 更新日 : 2021.08.31 声とギターで世界中の聴衆を魅了したボサノヴァの創始者 ──ジョアン・ジルベルトの生涯と音楽 ボサノヴァのオリジネーターの一人であったジョアン・ジルベルトが7月6日に永眠した。世界中の人々に愛されながら、謎の多い人物としても知られた彼の歩みと音楽の本質について、ブラジル音楽に造詣の深い音楽プロデューサーの中原仁さんに語っていただいた。 巨匠の訃報に接して ジョアン・ジルベルトの訃報を聞いて、最初に浮かんだのは「来るべきものが来たか……」という思いでした。88歳という年齢を考えれば、いつこの時が来ても不思議ではなかったのですが、ジョアンはものすごく長生きをする人だと僕は勝手に考えていたんですね。彼はステーキが好きで、晩年も肉を食べていると伝えられていました。そのエネルギーで「100歳までも生きるのではないか」とさえ思っていたん
昨今、ジャズの作曲家がニューヨークに集まっているという。ニューヨークで今なにが起きているのか。現地を拠点に活躍する宮嶋みぎわ(作曲家/ピアニスト)がその状況を解説する。 続々と生まれる革新的な作曲家たち 現在の「ニューヨークのジャズ」を語るとき、もっとも活きのいいトピックのひとつが「ラージ・ジャズ・アンサンブル」だ。要するに「大編成で奏でるジャズ」のことで、ビッグバンド・ジャズや、ジャズ・オーケストラなどをまとめてそう呼んでいる(本稿では便宜上「ラージ・アンサンブル」とする)。 こうしたスタイルのジャズでよく知られているのは、スウィング・ジャズ隆盛期(1930年代前後)のカウント・ベイシーやデューク・エリントンの楽団だろう。当時の彼らの演奏にはダンス・ミュージックとしての機能性が求められていた。かつてはジャズに合わせて踊るのが最高にかっこいい娯楽だったのだ。 ところが1940年代に入ると、
東京ザヴィヌルバッハ、DC/PRGでハードなジャズ・テクノを聴かせたかと思えば、原田知世やAkikoといったヴォーカリストの歌伴も務め、昼は音楽大学で教鞭も振るう。カメレオンのように千変万化する個性で、シーンでも異彩を放ち続けるキーボード奏者/音楽家・坪口昌恭。年末の配信ラッシュに続き、キャリアを俯瞰するベスト盤をリリース。そして、西田修大(中村佳穂グループ、石若駿SongBook)、大井一彌(yahyel、DATS)という若手ふたりを起用したユニット“Ortance”を結成するなど、ここにきて活発な活動を見せている。現在、彼が見つめる視線の先にはどのような風景が広がっているのか。 過去の集大成から踏み出す、新たな一歩 ──2018年末にご自身の旧作18タイトルを一挙に配信した際には、シーンからも驚きの声が上がりました。そこから間を置かずにベスト盤、そして新トリオの発表と続きます。これは一
連載インタビュー「証言で綴る日本のジャズ」 はじめに ジャズ・ジャーナリストの小川隆夫が“日本のジャズシーンを支えた偉人たち”を追うインタビュー・シリーズ。今回登場する“証言者”はサックス奏者の村岡建。ジョージ川口や白木秀雄、日野皓正のグループで活躍しながら、映画やドラマ主題歌、CM曲、歌謡曲にも数多く参加。とりわけ、加山雄三「君といつまでも」、ガロ「学生街の喫茶店」、山口百恵「横須賀ストーリー」などの“誰もが聞いたことのあるイントロや間奏”は村岡によるものである。ジャズマンとして多様なメディアに関与してきた同氏の発言の端々に、当時のエンタメ界の構図が垣間見える。 村岡 建/むらおか たける サックス奏者。1941年1月12日、東京都世田谷区千歳船橋生まれ。高校三年でジョージ川口とビッグ・フォア・プラス・ワンに抜擢されて本格デビュー。五十嵐武要クインテット、ゲイスターズ、白木秀雄クインテッ
現在のロンドンの新世代“ジャズ系”ミュージシャンの中でも、特に注目すべきアーティスト/バンドを厳選して紹介。 シャバカ・ハッチングス(Shabaka Hutchings) 現ロンドン・ジャズ・シーンを長きにわたって支え続けるカリスマ的サックス奏者。少年期を過ごしたカリブ海の国バルバドスで現地の音楽ソカやカリプソに触れ、ロンドンのギルドホール音楽院と「トゥモローズ・ウォーリアーズ」で音楽教育を経験。以後、ロンドンを拠点に活動中。「シャバカ・アンド・ジ・アンセスターズ」や「コメット・イズ・カミング」など複数のバンドを主導し、サン・ラ・アーケストラへの参加経験も持つ。中でも「サンズ・オブ・ケメット」は、黒人のための英音楽賞「MOBOアワード」で「Best Jazz Act」(2013年)の受賞をはじめ、「マーキュリー・プライズ」にもノミネート。さらに米国の名門ジャズ・レーベル「インパルス・レコー
ジャズ・ピアニストのビル・エヴァンスをはじめ多くのミュージシャンから愛用されていたアイウェアの名品が、日本のブランドから復刻される。 1950年代当時、同製品を生産していたのはアメリカン・オプティカル社。現存する最古のアイウェア・メーカーとして知られ、なかでも今回「JAZZ」の名で復刻される当モデルは、その名の通りビル・エヴァンスをはじめとするジャズ・ミュージシャンが愛用。北米を中心に、こうしたセルロイド製フレームの眼鏡が大ブームを巻き起こしていた。 ところがセルロイドは可燃性が高い素材のため、当時、火災の延焼原因として指摘されることも多かった。さらに、安価で耐久性の高い素材が市場を駆逐。セルロイドのメガネは次第に姿を消していった。 今回、福井県鯖江市のメガネ企画メーカー「ブロスジャパン」が、自社ブランド「BJ CLASSIC COLLECTION」の創立15周年を記念して同製品を復刻。黄
投稿日 : 2020.07.16 更新日 : 2021.09.02 日本で最も愛された「ブルーノートの女」【ジャズマンのファッション/第17回】 ジャズの音楽レーベルとして知られる「BLUE NOTE」。その膨大な作品群の中で、特に日本人に親しまれているのがソニー・クラーク『クール・ストラッティン』(1958)である。サウンドはもちろん、“世界で最も有名な女性の脚”と称されるジャケット写真に惹き込まれてしまうのは筆者だけではあるまい。 演者が登場しないカバーアート ブルーノート・レーベルの作品には、女性を起用したアートワークが意外と多い。特に60年代半ばに “女子ジャケ”が急増し、当時のサイケデリックな衣装が目を楽しませてくれる。そんな中で、ブルーノート史上最もクールな女子ジャケを選ぶなら本作だ。 “気取って歩く”という意味の “Strut” を冠したタイトル通り、舗装路を優雅に歩く女性の
相乗効果で“豊作の年”に!! “UK新世代ジャズ”ムーブメントの中でも近年特に注目を集めるのがロンドン、とりわけサウス・ロンドンを中心としたアーティストたち。ここで紹介する2018年度リリースの作品も、ほとんど南ロンドン周辺勢が占める形だ。そんな作品群を語る上で重要なのが、今年2月にジャイルス・ピーターソンの「ブラウンズウッド」からリリースされたオムニバス作品『We Out Here』である。 本作は、サックス奏者のシャバカ・ハッチングスによってまとめられ、まさに“南ロンドンのいま”を切り取った内容だが、これを起点にジョー・アーモン・ジョーンズやマイシャのアルバムがリリースされ、シャバカ・ハッチングス率いるサンズ・オブ・ケメットが名門インパルスからアルバムを発表。 さらに、モーゼス・ボイドやカマール・ウィリアムスといった注目のアーティストが次々と新作を生み出すなど、2018年はUKジャズに
投稿日 : 2019.03.01 【コム デ ギャルソン/オノ セイゲン】「ランウェイのための音楽」はここから始まった ─ 伝説の作品がリバイバル 30年を経て「あの衝撃作」ふたたび ファッションショーでモデルが歩く舞台を「ランウェイ」と呼ぶが、そこで流れる音楽を、ランウェイ・ミュージックという。つまり「ファッションショーの最中に流れている音楽」のことだ。 このランウェイ・ミュージックには、ショーのテーマに合わせてさまざまなタイプの「音」が使用される。誰もが知るポップミュージックが流れることもあるし、ジャズやクラシック音楽が採用されることもある。もちろん、その多くは「既存の楽曲」だ。が、この常識を打ち破ったのが、コム デ ギャルソン(注1)だった。いまから30年ほど前の話である。 注1:ファッションデザイナーの川久保玲によって1969年に設立。 コム デ ギャルソンは、1987年から89年
海外でのシティポップ人気を検証する本特集。ここでは、中古レコード店での訪日外国人たちの様子をリサーチ! 本当に多くの外国人が来店しているのか? 彼らはどんな盤を探しているのか? 『ディスクユニオン新宿 日本のロック・インディーズ館』の店長・松岡秀樹さんに話を訊いた。 世界中が山下達郎『FOR YOU』を探している 「実際、この2~3年は右肩上がりで増えています。毎日10人程度は来店されていますね。しかも、以前は欧米の方が中心でしたが、いまやアジアから中東に至るまで幅広い方々がお見えになります。どこの国から来られたのかはお伺いしないので、あくまでも外見からの推測ですが」 10年以上前から外国人の来店はあったというが、当時はフラワー・トラヴェリンバンドのようなニューロック、海外ではガレージサウンドの意味で略されるGS(グループ・サウンズ)、さらにはギターウルフのようなバンドを探している少数のマ
YouTubeがブームを牽引 まず最初の疑問は「なぜ今、日本の過去作が再注目されたのか」である。その大きな要因となっているのは、やはりインターネットだ。おもにYoutubeをはじめ、米最大級の音楽データベース「Discogs」などが、日本産音楽の情報源として機能している。また、2010年頃にネット上で広まったブーム「Vaporwave(ヴェイパーウェイヴ)」(注1)で日本のシティポップが数多くサンプリングされたことも過去作の発見に一役買ったようだ。 注1:2010年代前後、ネット界隈で生まれたカウンターカルチャー的ムーブメント。昔の音楽、ゲーム、商業コマーシャルなど、リアルタイムを知らない若者にとっては新鮮でローファイなコンテンツを使い、再アレンジされた音楽ジャンル。80年代の大量消費時代を皮肉っているともいわれ、その後アート方面にも広がりを見せた。 新世代アーティストたちの影響も 多くの
2006年、19歳のときにベーシストのアヴィシャイ・コーエンのトリオに招かれ、2010年には自身のトリオを結成してデビューを飾ったシャイ・マエストロは(2018年)現在31歳。いまではニューヨークで活躍するイスラエル出身のジャズ・ピアニストを代表する存在となっている。 ドイツのレーベル「ECM」から初リリースとなるトリオ作『The Dream Thief』を発表したばかりの彼は、ECMレーベル・オーナーのマンフレート・アイヒャーがいかに特別な存在であり、子供の頃に聴いたキース・ジャレットの『The Köln Concert』が決定的な影響を与えたかという、既にメディアに登場している話も丁寧に説明してくれた。 と同時に、この作品に静かに、しかし強く表現されていた「いまの時代や状況に対する想い」そして、謎に包まれているイスラエルの音楽教育の実態までを率直に語ってくれた。このインタビューは後者の
現ジャズシーンにおける“ひとつの勢力”と言えるほど、活躍がめざましいイスラエル出身ミュージシャンたち。この一群は、「世代別」に紹介されることも多い。 たとえば、アヴィシャイ・コーエン(Bass)やオメル・アヴィダル(Bass)といった、1970年代前半生まれの“第一世代”。そして、トランペッターのアヴィシャイ・コーエンやエリ・ディジブリ(Sax)といった1970年代後半生まれの“第二世代”。さらに、1980年代生まれのオメル・クライン(P)やシャイ・マエストロ(P)の“第三世代”といった感じだ。 最近では、シャハル・エルナタン(G)やオフリ・ネヘミヤ(Dr)といった1990年代生まれも台頭。すでにイスラエルのジャズマンは“第四世代の時代”に突入しつつあるようだ。 そんなイスラエル出身の「要注目ジャズマン20人」を、生年の順&動画で見られる代表曲とともに紹介します。 アヴィシャイ・コーエン(
今年でソロ活動40周年を迎えた高橋幸宏。その出発点であるファースト・ソロ・アルバム『Saravah!』(78年)は、加藤和彦、高中正義、鈴木茂、細野晴臣、山下達郎、吉田美奈子など錚々たるメンバーによる素晴らしい演奏、そして、坂本龍一のアレンジが光る名盤として知られる。 それから40年が経ち、『Saravah Saravah!』として蘇った本作は、奇跡的に発見された当時のマルチトラックをもとに新たにヴォーカルを録り直し、ミックスダウンとマスタリングをやり直した作品だ。ここでは、どんな想いでこのプロジェクトに携わったのかを高橋幸宏に訊いた。 ヴォーカルを録り直した理由 ——『Saravah!』のヴォーカルを録り直したいという思いは、ずっとあったのでしょうか。 「10年以上前から、“何とかしたいな”って思っていたんです。せっかく、(山下)達郎や(吉田)美奈子がコーラスをやってくれているんだから、
投稿日 : 2019.11.14 更新日 : 2023.09.05 【スティーヴ・ガッド/インタビュー】「もっと学びたい」ドラムの神様が明かした創作への執念 2018年9月27日の記事を再掲 “ドラムの神様” たる所以 スティーヴ・ガッドとは誰か。たとえばフォーク/ロックのファンにとって彼は、ポール・サイモン「恋人と別れる50の方法(50 Ways To Leave Your Lover)」(1975)のドラマー。あの有名なイントロを創った(叩いた)人だ。 ロックファンならあるいは、スティーリー・ダン「エイジャ(Aja)」(1977)のドラムを挙げるかもしれない。 一方、ヒップホップ愛好者に耳なじみなのは、Run-DMC「Peter Piper」(1986)だろうか。 この Run-DMCのトラックは、ボブ・ジェームス「Take Me to the Mardi Gras」(1975)のイン
現在米ニューヨーク在住の坂本龍一が、自身の自宅近くにある“お気に入り”のレストラン「Kajitsu」のためにキュレートしたプレイリストを公開した。 このトピックは、米「ニューヨーク・タイムズ」紙が報じたもので、同紙によれば、今回の試みは「Kajitsu」のBGMに不満を抱いた坂本が自らBGMの選定を申し出たことで実現したのだという。 https://www.nytimes.com/2018/07/23/dining/restaurant-music-playlists-ryuichi-sakamoto.html?smid=tw-nytfood&smtyp=cur 同紙のインタビューで坂本は「彼らはBGMにブラジリアン・ポップスや古いアメリカのフォークソングなどを流していて聴くに耐えなかった」と語っている。 同プレイリストは音楽プロデューサーRyu Takahashiの協力の
投稿日 : 2018.05.01 更新日 : 2019.03.01 【鈴木慶一/THE BEATNIKS】「解散しないで存在し続けるプロジェクト」ザ・ビートニクス38年目の発見 鈴木慶一と高橋幸宏によるユニット、ビートニクス。1981年に結成されて以来、それぞれ忙しいソロ活動のなかでマイペースに新作を発表してきたが、このたび7年ぶりの新アルバム『EXITENTIALIST A XIE XIE』を完成させた。さらに本作は、70年代に幾多の傑作クロスオーバー/フュージョン作品をリリースしたBETTER DAYSレーベルの“復活第一弾作品”としても注目される。 本作では、長年にわたる二人のコラボレートに磨きがかかり、“二人羽織”で曲を作りあげ、互いが影響を受けた音楽へのオマージュが満載。ビートニクスらしいエッセンスが凝縮されている。そこで今回は、インタビュー第一弾として鈴木慶一を直撃。氏は今回の
投稿日 : 2018.05.15 更新日 : 2019.03.01 【高橋幸宏/THE BEATNIKS】「お互いにすべてを任せられる」ザ・ビートニクスの創作と絆 高橋幸宏と鈴木慶一のユニットTHE BEATNIKSが新作『EXITENTIALIST A XIE XIE』を発表した。1981年の結成以来、断続的に作品を発表してきた同ユニット。今回で5枚目となるアルバムはおよそ7年ぶりの新作である。そんな本作をめぐるインタビュー第2弾は(前回の鈴木慶一インタビューに続き)“幸宏サイド・オブ・ビートニクス”。というわけで、高橋幸宏に単独インタビューを行った。 取材時、高橋は目の病気の治療中。「手術後1週間くらい、ずっと俯いていないといけなくて。まるで下を見て反省してるような状態。昨日も林立夫から『反省してる?』って電話がかかってきたよ(笑)」と笑顔が出るくらい、術後の経過は順調なようだ。 二人
【証言で綴る日本のジャズ】康 芳夫/第5話「入国許可がおりなかったマイルス・デイヴィス」 文/小川隆夫 2017.10.26 小川隆夫マイルス・デイビス康 芳夫証言で綴る日本のジャズ ジャズ・ジャーナリストの小川隆夫が“日本のジャズ黎明期を支えた偉人たち”を追うインタビュー・シリーズ。今回登場するのは康芳夫。1960年代初頭から“興行”の世界で名を馳せ、数々の大物ジャズマンを招聘した「伝説の“呼び屋”」の登場である。 前話はこちら 入国許可が下りなかったマイルス・デイヴィス ——AFAでは成功した興行もあれば失敗もあったと思います。 いろんな種類の興行をやっていましたから、失敗もいっぱいあります。その中でジャズは繋ぎです。ボリショイ・サーカスとかのほうがぜんぜん規模が大きい。 ——ロリンズは問題なく入国できたということですが、ジャズ・ミュージシャンの場合、先ほどの話にもあったように、ドラッ
ジャズ・ジャーナリストの小川隆夫が“日本のジャズ黎明期を支えた偉人たち”を追うインタビュー・シリーズ。今回登場するのは康芳夫。1960年代初頭から“興行”の世界で名を馳せ、数々の大物ジャズマンを招聘した“伝説の呼び屋”の登場である。 康 芳夫/こう よしお プロモーター・俳優。1937年5月15日、東京都神田区(現在の千代田区)生まれ。駐日中国大使侍従医の中国人父と日本人母の次男として誕生。東京大学卒業後の62年、興行師神彰のアート・フレンド・アソシエーションに入社。大物ジャズメンなどの呼び屋として活躍。64年の同社倒産後は神彰とアート・ライフを設立。インディ500レースやアラビア大魔法団などを呼ぶ。同社倒産後も、三島由紀夫が戦後最大の奇書と絶賛した小説『家畜人ヤプー』のプロデュース、モハメッド・アリ戦の興行、トム・ジョーンズ招聘、ネッシー捕獲探検隊結成、オリバー君招聘、アリ対アントニオ猪
“モダン”と冠されるジャズを育んだ1960年代。当時から活躍し続けるレジェンドたちが近年次々と逝ってしまうなか、いまだ衰えぬイマジネーションとテクニックを披露し続けているのがパット・マルティーノだ。 ジャズファンはもちろん、プロのミュージシャンからも格好のお手本として崇められるギタリスト。しかも、かつて記憶喪失で全てをなくし、約10年の空白期間を経ながら見事に復活。その後も数々の名演を繰り広げるという、まさに破天荒の音楽家である。 コルトレーンはまるでマセラティ ——あなたがプロとして活動を始めたのは1959年。故郷のフィラデルフィアだったそうですね。 そのとおり。 ——1950年代のフィラデルフィアといえば、マイルス・デイヴィスのバンドに参加していたジョン・コルトレーンが、ときどきニューヨークから戻ってきて、地元ミュージシャンたちと交流していたと聞いています。当時15歳の、デビューしたて
投稿日 : 2016.10.26 更新日 : 2019.02.26 【コリン・ヴァロン】「ジャズをやりたいとは思っていなかった…」 孤高のピアニストが追求する“壊れた美しさ” スイス(ローザンヌ)出身のピアニスト、コリン・ヴァロン。自身のトリオで、ドイツのECMレーベルよりアルバム『LE VENT』(2014年)を発表。この時代なりの(ジャズ的)トレンドには一線を引き、独創的なビートとハーモナイズで自作曲を演奏している。表面的には「保守本流のピアノ・トリオ」だが、その本質はきわめてプログレッシブなものだ。耽美と退廃と官能を、至妙のバランスで並存させる、稀代の“ジャズ・コンダクター”はいま、何を考えるのか。 ——まずはあなたとジャズとの出会いを教えてください。 「私の家族は、クラシックやシャンソンをよく聴いていたんだけど、母親は教会でオルガンを弾いていて、叔父がジャズ好きだったこともあって、
投稿日 : 2019.05.01 更新日 : 2021.06.30 【三宅 純】日本中が驚嘆した「君が代」アレンジ…その舞台裏と創作の源泉 2016年11月2日のインタビュー記事を再掲 パリを拠点に、映画、ドキュメンタリー、舞台、コンテンポラリーダンスなど、多岐にわたって活躍する音楽家、三宅 純。その名は日本よりも海外のほうが知られているかもしれない。 しかし近年、リオ五輪閉会式(2016年)のハンドオーバーセレモニーで流れた『君が代』のアレンジに日本列島が震撼。さほど音楽に興味がない者でさえも、その名を「検索」する事態が起きた。そんな氏は「物音を立てるだけで怒られる」ような父親のもとで育ちながら、小学6年生のときに友人宅で聴いたジャズに衝撃を受ける。 その後、高校生となり「音楽家として生きて行ける才能があるか否か」を問うため、日野皓正氏の門を叩く。すると半ば強引にバークリー音楽大学への留
投稿日 : 2016.10.27 更新日 : 2019.02.26 【カエターノ・ヴェローゾ】ブラジル大衆音楽史を刷新する 偉人カエターノの「衰えぬ創意」 74歳を迎えたいまもMPB(ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック)を牽引し続け、国境もジャンルも越えて世界中の音楽家から尊敬を集めている真実のカリスマ、カエターノ・ヴェローゾが10月、11年ぶりに来日。東京・恵比寿ザ・ガーデンホールで3日間にわたって開催された「モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン 2016」の最終日のトリをつとめ、大阪公演も行なった。 4度目の来日を通じて初めてとなる “声とギター” の弾き語りによるソロ・パフォーマンス。フィナーレでは、オープニングアクトをつとめたサンバ新世代のミューズ、テレーザ・クリスチーナを迎えて共演した。 年齢を感じさせないどころか、以前よりもさらに甘美な色艶と暖かな包容力を増した歌声
投稿日 : 2016.07.22 更新日 : 2019.02.22 【大西順子】ベテランピアニストが“真っ白な状態”で挑んだ復帰作 ジャズ・ピアニストとして抜きん出た作品を創っていた大西順子の突然の引退、そして復活。このたび、6年ぶりのニューアルバムを出した。ジャズあり、ラップあり、ビッグバンドありのバラエティーに富んだ秀作だ。まずは、気になる“引退宣言から復帰”までの経緯を訊いた。 「日野(皓正)さんという大先輩の大きな助言もあり戻ってきました。それが昨年の『東京JAZZ』への出演だったわけです」 ——活動の再開には、日野さんが影響していたのですね。では、最新作をプロデュースした菊地さんとは? 「引退前からいろいろお話する機会ができた菊地さんとは交流を続けていました。もはや演奏家ではない、ピアノを弾かない私ですが何か面白いことをやりましょう、という私につきあって、新宿ピットインの昼の部で
投稿日 : 2016.06.21 更新日 : 2019.02.22 【ジャイルス・ピーターソン】世界屈指の“目利き”が語った 「いま注視すべきミュージシャンたち」 5月4日にSTUDIO COAST(東京都江東区)で開催された「Gilles Peterson presents WORLDWIDE SESSION 2016」で来日したジャイルス・ピーターソンの最新のインタビューをお届けしよう。今回は、ジャイルスが現在注目している新しいアーティストと音楽シーンについての話を訊いた。自らが毎年選考し、音楽シーンに及ぼした新たな影響を讃える賞「Worldwide Awards」でもお馴染みのように、常に音楽の動向にアンテナを張り、DJとして世界を回ってシーンの変化もつぶさに見てきたジャイルスによる、2016年現在の音楽ガイドをどうぞ。 ——まず、今日のWORLDWIDE SESSION 2016を
作曲家、ピアニスト、ギタリストとして、ブラジル音楽からジャズ、クラシックまで飲みこんだ壮大な音楽の宇宙を創造するワン・アンド・オンリーのマエストロ、エグベルト・ジスモンチ(1947年、ブラジル、リオデジャネイロ生まれ)。4月に3年ぶりの来日公演を行なった。 今回の公演は、70年代後半から80年代前半にかけてデュオを組み、日本を含む世界中を公演してきた、ナナ・ヴァスコンセロス(パーカッション&ビリンバウ奏者、ボイス・パフォーマー)とのコンビのリユニオン・コンサートと発表されていた。ところが、ナナ・ヴァスコンセロスが今年3月に71歳で他界。名コンビの復活は果たせなかったものの、ジスモンチは予定どおり来日し、ソロ(1部がギター、2部がピアノ)によるナナ・ヴァスコンセロス追悼コンサートを行なった。 コンサートはナナとの思い出を語りながら進行。ギターとピアノの至芸を堪能できただけでなく、ともすれば孤
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