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HOME→著作一覧→このページ 盧溝橋事件70周年によせて ―日中戦争から世界戦争へ― 永井 和 注:本稿は、2007年12月15、16日に北京大学でおこなわれた国際シンポジウム「第2回 北京と京都──中日をつなぐ知の架橋」での報告 である。 はじめに はじめまして。永井和と申します。京都大学文学研究科で日本現代史を教えております。この伝統ある北京大学におきまして、報告をおこなうことができますのは、私にとりましてこのうえない栄誉であり、その機会を与えていただきました皆様方に対しまして、あつくお礼申し上げます。 私が日本現代史の研究をはじめましてから、ほぼ30年になります。最初の10年間は主として日中戦争期の日本の対中国政策について研究しました。次の10年ほどは、明治憲法下の内閣と軍部の関係を、さらに最近の10年間は戦前の天皇のことを研究しております。それぞれのテーマについて一冊づつ専門書を
水晶岳残照(雲ノ平より)2005.7.31 個人情報 略歴 主たる業績 担当授業の記録 講義・特殊講義 演習・基礎演習 史料研究 映像で見る占領下の日本 倉富勇三郎日記研究 古屋哲夫著作文献一覧 (故古屋哲夫先生の著作をネット上で読むことができます。Webサイトはこちら) 史学研究会へ 京都大学大学院文学研究科現代史学研究室へ 京都大学大学院文学研究科のホームページへ
永井 和 とあるブログにこう書かれている。 現代史のプロ、京都大学教授(現代史)が語るビルマの歴史 「いいえ、ちがいます。日本軍はビルマを防衛しようとするイギリス・インド軍と戦ったのです。あと、当時のビルマ自治政府も日本と交戦関係にあるとみてよいでしょう。そうでなきゃ、戦後ビルマが戦勝国として日本に対して賠償を要求できないでしょう。」 http://ianhu.g.hatena.ne.jp/bbs/11/141より一部抜粋 数学の常識に挑戦する京都大学教授 「M=2.6/9Mとなり、9=2.6 となります。」http://ianhu.g.hatena.ne.jp/bbs/14/91より一部抜粋 教授のすばらしい英語力 「私にとって答えにくい質問ですけど、おっしゃる通り私の話はまったくJapan rocal な話」http://ijs.snu.ac.kr/kor/kor_activitie
倉富勇三郎日記研究 研究の目的: 1.倉富勇三郎日記(国立国会図書館憲政資料室所蔵)のフルテキストをデジタル・コンテンツ化する。 2.倉富勇三郎日記及び記載事項についての研究をおこなう。 倉富勇三郎日記本文 著作権上の問題が未解決のため、翻刻テキストの公開はできません。現在は受講者のみにアクセスを制限しています。研究上の目的のために翻刻テキストの閲覧を希望される方はこちらまでご連絡ください ◎京都大学文学研究科現代文化学専攻現代史学専修永井ゼミ参加者による翻刻 大正8年分の日記 倉富日記大正8年1月(1999年度授業) 倉富日記大正8年2月(同上) 倉富日記大正8年3月(2000年度授業) 倉富日記大正8年4月(同上) 倉富日記大正8年5月(2001年度授業) 倉富日記大正8年6月(2002年度授業) 倉富日記大正8年7月(2003年度授業) 倉富日記大正8年8月(同上) 倉富日記大正8年
|GO TO MENU|GO TO BOTTOM| 自由主義史観の構造 佐野啓子 はじめに 藤岡信勝の書いたものを初めて読んだとき、私はうさん臭さを感じるとともに、奇妙に説得され るところがあった。私また数多くの知識人は、何に説得されたのだろうか。彼の説がこれほど多く の人達に支持され、一つの運動にまでなったのはなぜだろうか。そして、この運動が導き出した結 論を乗り越えるには、どういう視点が必要なのだろうか。こういった問題を、ここでは主に加藤典 洋の『敗戦後論』『戦後後論』『語り口の問題』という三つの論考を手掛かりに考えたい。 1.敗戦とは何か 一九九五年に書かれた「敗戦後論」のなかで、加藤は、日本の現在の倫理状況は危機的であると し、その理由を敗戦体験の受け止め方にまで遡っている。 第二次大戦は日本人にとって義のない戦争であったため、敗戦後、彼らは自分を守って死んだ人 を否定しなければ
2004年9月18日、ソウル大学校ジェンダー研究所と社会史研究会共催のセミナーでおこなった報告の原稿に、2005年6月12日に「追記」を付加した。 日本軍の慰安所政策について 永井 和 (京都大学文学研究科教授) この報告は、永井和「陸軍慰安所の創設と慰安婦募集に関する一考察」『二十世紀研究』創刊号、2000年をもとに、一部補足したものである。 はじめに 問題の所在 Ⅰ.警察資料について Ⅱ.陸軍慰安所の創設 Ⅲ.日本国内における慰安婦募集活動 1.和歌山の誘拐容疑事件 2.北関東・南東北での募集活動 Ⅳ.地方警察の反応と内務省の対策 おわりに 補論:陸軍慰安所は酒保の附属施設 追記(2005年6月12日記) 注 はじめに はじめまして、永井和と申します。日本の京都大学で日本現代史を教えております。しばらくの間、おつきあいをよろしくお願いいたします。まず、この研究会にお招きいただき、報告す
永井 和 電子署名者 : 永井 和 DN: cn=永井 和, c=JP - 日本, o= 京都大学, ou=文学研究科, email=kangai@bun.kyoto-u.ac.jp 理由 : この文書の著者 場所 : 京都市左京区吉田本町 日付 : 2005.10.14 11:17:43 +09'00' 陸軍慰安所の創設と慰安婦募集に関する一考察 永井 和 はじめに 世 紀 末 の日 本 をにぎわせた時 ならぬ歴 史 観 論 争 の一 端 に「従 軍 慰 安 婦 論 争 」なる ものがあった。これ は 、直 接 に は 199 7 年度か ら 使 用さ れ る 中学校用 文部 省検定 教科 書 に 新 た に 採 用 さ れ た 「 従 軍慰安婦」 に 関 す る 記 述 の 是非を め ぐ る 論争と し て は じ ま っ た のだっ たが 、 そ の 背 景 を さかのぼ れ
京都大学文学部基礎現代文化学系現代史学専修講義 日本現代史序説講義ノート 担当:永井 和 注:この講義ノートは、授業のための心覚えであって、きちんとした著作物ではありません。実際の授業では、脱線が多いため、ここに書かれたこと以外でも話しています。逆にノートの書いてあっても、話さずに終わったこともあります。授業中にうまくノートがとれなかった人の気休め的参考にして下さい。 2001年度 東アジア史の近代 東アジア史の現代と20世紀 「帝国」の時代−20世紀前半の日本ー 第1次世界大戦後の日本 1999年度 1999年度の講義ノートを整理して右にまとめました。「現代史の時期区分論とその変遷」 第1回(4月21日) 第1回目は自己紹介と履修上の注意事項の説明で、本論とは関係ありません。よって省略しました。第2回以降をお読み下さい。 第2回(4月28日) 第3回(5月12日) 第4回(5月19日)
| HOME | BOTTOM | 現代文化学基礎演習(1998年度:永井) 自由主義史観論争を読む 1.授業の記録 レジュメ集 2.研究報告 自由主義史観について 自由主義史観批判(甲津史裕) 自由主義史観の構造(佐野啓子) 従軍慰安婦問題 「女性のためのアジア平和国民基金」をめぐる論争(井上 治) 従軍慰安婦問題に関する自由主義史観からの批判を検証する(白石秀人) 自由主義史観からの「従軍慰安婦」問題批判をめぐる論争史(白石秀人) 慰安所設置に関する新史料(永井 和) 南京大虐殺問題 南京大虐殺におけるイメージとしての「数の問題」(大西史浩) Iris.Chang"The Rape of Nanking"をめぐって(近葉愛子) 日露戦争の評価 日露戦争(中川真沙子) 日露戦争は帝国主義戦争であったか否か(松山 剛) 司馬史観をめぐって 司馬史観について(尾崎次郎) 中村政則氏の『近現
|GO TO MENU|GO TO BOTTOM| 陸軍慰安所の設置と慰安婦募集に関する警察史料 永井 和 はじめに 自由主義史観論争や従軍慰安婦論争に直接関係はないが、最近、女性のためのアジア平和国民基金編『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』1〜5(龍渓書舎、1997・98年)を入手したので、その中からいくつかの史料を紹介する。 この資料集は、1991年12月以降に実施された日本政府の調査で発見された関連資料の影印復刻版である。影印版であるため、より原史料に近い形で史料に接しうるメリットはあるが、採録されている史料のかなりの部分がすでに吉見義明編『従軍慰安婦資料集』(大月書店、1992年)に収録済みであり、その意味ではとくに目新しいものはないともいえる。しかし、1991年と92年の二度にわたる政府発表には含まれていなかった内務省史料が、少数ではあるが、警察庁関係公表資料として第1巻の
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