自分が「損」をする方にお釣りを訂正させることを、僕はわりかし平気でやる。いや、僕に言わせればそれは「損」なのではなく、店員が間違えることによって得られる「利得」自体、元から存在しないものである。しかし、そんな訂正をわざわざする人はありえないと考える人は、どうやら世間には少なくないらしい。
id:kmizusawaさんの行動ってヤツに、ちょっとつきあっちゃおうって、まあそんな軽い動機で入れたエントリ「福祉と負担」ってヤツがぼこぼこアクセス呼んできたなあ、と。そしてトラックバックもぽんと受信。 福祉の民営化/fujixeの日記 さてここで、逆に「福祉に使われる税金は納めなくて結構です。その代わりあなたが寄付したい施設や団体に、寄付したいだけしてください」となったらどうだろう。果たしてうまくいくだろうか。 いや、すみません、わたしはうまくいかないと思います。選挙の公約ってとこで福祉ってのが出てくると、「自分が安心できる制度」ということに人は頭がいくんではないかと思うんですよね。自分が何かあったとき、自分が年老いたときの安心。そういう感覚ってので、福祉だ、わー、みたいなものもあるんじゃないかと思うんですよね。今、どこぞの誰かに、って要素はそんなにも高くはないと思う。 ちょっと前の、
パソコン見放す20代「下流」携帯族 第二のデジタル・デバイド出現。パソコンは30~50代限りで、高機能携帯でもう十分。 2007年3月号 DEEP 衝撃だった。パソコン(PC)が使えない団塊世代以上の高年齢層の断層を「デジタル・デバイド」と呼ぶが、第二のデバイドが出現したのだ。20代の若年層である。まさか、と思うなかれ。高額のパソコンを持たない彼らは、インターネット利用を安価な携帯電話で済ませてしまう。PC族と携帯族の「デバイド」――それはネットにも「下流社会」が出現したことを意味する。 第二のデバイドが裏付けられたのは、ネット利用動向の調査サービス会社ネットレイティングスが昨年11月に公表した「データクロニクル2006・ファクトシート」。 2000年4月から06年3月までの6年間でのPCサイト利用者の年齢構成比のグラフがショッキングだった。これまでネット利用を牽引してきた20代の比率が劇
早稲田慶応についてまとめておこう。 慶応に会ったときは、まず「慶応はやはり下からエスカレーターで上がるのが本流なんでしょうねー」と振る。 大学から入学した人間はこれでイヤーな気持ちになる。 それで下から上がってきた人間には「すごいですねー、ずいぶんお金がかかったんでしょ?」と同情すると、ムカッとする。これで慶応には勝てる。 早稲田は東大のすべり止めという点を突けば簡単で、「東大に落ちたんですか?」「最近は早稲田は東大以上に難しいんでしょ?」「なぜ東大に行かなかったんですか?」「東大に行かないなんてもったいないですね」など、いろんなパターンで東大と比較すれば簡単に潰せる。 実際,世の中にはなんとなく自分が入った大学が高い偏差値だった,とかいう人がいるわけで,そういう人と対抗心剥き出しの人が対決するのを見ることが何度かありました。この対決は,傍から見ていると面白い。 あたしが見る限り,学校のネ
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