タグ

ブックマーク / jo-30.hatenablog.com (3)

  • 体罰論…というか、どう見ても皮肉 - こころはどこへゆくのか (Hatena blog)

    体罰は教育でしょうか? 少なくとも、現在の法律下では完全に否定されている*1にも関わらず、歴然と現場には風潮として残されているのが「体罰」や体罰信仰です。だからこそ、引用先に引用されてるような信仰告白ブログ(「体罰の会」!)が登場したり、下の引用先(「女教師ブログ」"体罰は教育ですか?−オフコース、イエス!")のようにそれを皮肉ったエントリがいつまでも書かれることになるわけですね。 もちろん体罰には、すぐれた教育効果が存在する。殴られるのが怖ければ、必死で頑張る子どもがいるのだから。殴打の恐怖におびえながら百マス計算をものすごい速さでこなしていく子どもたち。なんてシュール。 ただし、最悪の事態(つまり事故)が起こってしまったら何の意味もない。そこで教育可能性は終わってしてしまうからだ。だから体罰をするときには「最悪の事態を回避するシステム」が必要となる。 そのシステムは、例えば、第三者が監

    体罰論…というか、どう見ても皮肉 - こころはどこへゆくのか (Hatena blog)
    aozora21
    aozora21 2009/09/17
    体罰は大人の子どもに対する甘えじゃないのか思ってて、反撃する権利があれば甘えは許さないという意思表示になるよなあとは思った。論旨を汲んでなくてすみません…私も体罰の効果じゃなくて別の作用だと思います。
  • コッケイな話 - こころはどこへゆくのか (Hatena blog)

    彼が部落地域に住んでいるだけで両親から結婚を反対されています。 「たまたま引っ越してきて同和地区に住んでいるだけ」の相手との結婚に反対する「差別心の強い」両親を、どう説得したらいいでしょう、という御相談ですが、どう考えても無理です。当にありがとうございました。 と、いきなり切って捨ててますけど、仕方ない。だって馬鹿馬鹿しい話じゃないですか。この娘は、彼のことを同和地区に住んでいるだけであって同和の人ではないということを、自分の論拠にしてるわけでしょ。それって、彼が同和の人であればそれだけを理由に結婚対象にしないと言ってるも同然なわけで、この親にしてこの子あり、つーか。この相談者自身が、どうみてもまず同和地区出身者を差別してるわけで、親にしてもそんな差別者から「あんたは差別者だ」とか言われても何言ってんですかあんた、みたいで何の説得力もない、どころか、娘の世代でも依然として社会的差別が連綿

    コッケイな話 - こころはどこへゆくのか (Hatena blog)
    aozora21
    aozora21 2009/07/29
    同和教育に対して強い抵抗を示すのは自らの差別意識に遭遇してたじろいでしまうからじゃないんでしょうかね…。差別心を責めるのではなく責めるのは差別、自分の心に勝つために戦いましょうという啓発が必要だと思う
  • こころはどこにゆくのか? - 「制止する人間が一人もいない」問題

    客観的に見れば明らかに限度を超えた行為が集団によって行われてしまうケース。これはいわゆる「集合知」がなぜかはたらかないケースと言えると思いますが、そういう『集合愚』としか言いようのないことが起きたとき、一体そこにはどういう問題が起きているのでしょうか。 たとえば『いじめ』は明らかにそういうケースでしょう。また、少し前の「高校野球・特待生問題」については、限度を超えた特待生制度を行っていた学校も、またそれに対する高野連の処罰も『集合愚』のごときものでした。総裁選の少し前までやたらと元気な話題だった「政治とカネ」においても、平気でやっていた政治家(後援会や事務所の人々、そして党内の人々)も政治家なら、限度を超えてどうでもいいことまで報道する側もする側…みたいな。そして今日報道されたニュースも、同じ集合愚の典型だったと言えましょう。 真相報道バンキシャ!2007/9/3(@ウェブ魚拓) 杉村太蔵

    こころはどこにゆくのか? - 「制止する人間が一人もいない」問題
  • 1