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アメリカ大統領選
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2011年8月から2012年の8月まで行っていた一年間に渡る、世界一周NomadProjectを終えて、 旅で学んだことを振り返ってみることにしました。 そしてこれからNomadProjectの次に、始めていく新しいことに関してまとめてみます。 タンザニアにて オランダのプラットフォームにて アメリカのグランドキャニオンに向かう途中にて スイスからフランスに向かう車中にて 南アフリカ、ケープタウン近くのワインの街、ステレンボッシュにて 南アフリカのケープタウンの海岸沿いにて ハンガリー、ブダペストにて デンマーク首都、コペンハーゲンにて トルコ、カッパドキアの気球にて ヨルダンのペトラ遺跡にて エジプトの白砂漠にて一晩を過ごす インド、バラナシのガンジス川での光景 フィリピンへは島を持っている日本人の元を訪ねに伺った。 01 個が世界と繋がる時代がきた。 世界中の起業家、世界を周りながらビ
『オランダ』と聞いて何をイメージするだろうか?風車、運 河、チューリップ、チーズ、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ…。実はここオランダが、アメリカに次いで第2位の農業生産物輸出国であることはあまり知られて いない。その狭い国土にも関わらず、彼らは「世界最強の農業国」と言われているのである。 不利な条件を揚げてみよう。 まず国土面積の狭さ。国土面積は日本の50分の1しかない。 平坦な土地が多いが、それでも耕地面積は日本の4分の1。 農業者の総人口に対する比率では、2・5%と同規模だが、農業人口は日本の305万人に対して、オランダは43万人と日本の7分の1以下の規模。低温で日 照時間も恵まれない。日本の近くに例えればサハリン北部に相当する厳しい気候だ。またパートタイム労働者の時給が2000円近く、人件費も高い。 それでいて、強い農業を形作っている。農業輸出は680億ドルでアメリカに次ぐ規模だ。
イスラエルのGDPを支えるTOP3は、IT、農業、観光業だ。とくにITと農業を取り合わせて、IT農業が世界的に有名である。第二弾は、イスラエルのハイテク技術を農業に取り込んで発展してきている会社、TAPROJECTを紹介する。彼らは農業技術を世界に発信しながら各地でプロジェクトを起こし、世界を移動する会社だ。 イスラエル農業の強さ イスラエル農業について、田村耕太郎氏が分かり易く説明している。(以下参照。) 『国土の60%が乾燥地に覆われ、雨季は11月から4月までの間しかなく降雨量は北部で平均700ミリ、南部では50ミリ以下である。もともと、”アラブ人が農業できないと捨てた”とまで言われるほど過酷な土地に建国されたのがイスラエルなのだ。 この過酷な条件食料自給率は93%以上。イスラエルの農業人口8万人。一方日本の農業人口400万人。現在農業輸出高21億ドルでほぼ同じ。イスラエルが50倍の効
1995年、大学4年生の時に休学をしてニューヨークへ渡米。ニューヨークの電通国際情報サービスにてインターネットプロジェクトに参画。当時の先端ITを体験する。 帰国してからは、学生の内にインターネットのシステム開発請負いを専門とする会社、ドリームアーカイブを設立し、次いで当時はSNSの概念すらなかった中、SNSサービスのソシオウェアを立ち上げる。その後、世界一周船の旅にでて、上海に魅了され活躍の場を世界に移す。上海にて天益成広告公司を創業し、日本人向けのフリーペーパー『ジャピオン』を上海で立ち上げる。そこから、様々な事業を手がけ、今では複数のビジネスを様々な分野で創業されている。 VOYAGE China Technology董事、サイボウズスタートアップス役員、セールスインチャイナ顧問など様々な肩書き、事業を持つ片岡氏。今も変わらず見ている先は、大きなアジアの市場だ。 01 世界を周って得
高校を卒業後、名古屋にて派遣事業を立ち上げるも、わずか一年で会社を閉鎖。その後、経営を体系的に学ぶ為にアメリカへ留学。留学中にアジア各国を放浪、中でも『未来を変える80人』という本で紹介されていたバングラデシュの起業家、マクスード・シンハさんとの出会いが目指すべき起業家像を決定づける。彼が展開するゴミを堆肥へ変換させる事業は貧困層に対して新たな雇用を創出し、国内の自給自足率の向上を実現させるという社会性と収益性を両立させた画期的な事業構造を実現していた。放浪中に自身が着目した“貧困”というテーマに対して同じように事業を通じて解決する事を決意する。広告制作会社を経て25歳の時に株式会社Granmaを創業。 本村氏は一年の約300日をアジア各国を周りながら生活をしている。Granmaの創業メンバーは皆バックパッカーという異色な会社。 大義が広がって、社会が大きくシフトする。 僕が貧困問題に取り
ボストンのベンチャーキャピタルであるGlobespan Capital PartnersのDirectorとカーシェアリング最大手であるZipカーのグローバル戦略顧問を兼任中。 現在、ボストンに住みながら、 世界中の至る所にビジネスで赴き、世界を舞台にお仕事をしている。 非常に面白い経歴をお持ちで、 明治大学に入学後、在学中にベンチャーで働く。その後、コンサルティングファームに入り、HBSでMBAを取得。卒業後は、シリコンバレーにてモバイルベンチャーの仕事をなされ、現在ボストンにてベンチャーキャピタルとカーシェアリングサービスのお仕事をされてなさる。 Twitterでも非常に有名な御方です。 日本を出た理由 Q日本を出て、アメリカに来た理由は何ですか? 天候がいいからです。これが一番大きい理由ですかね。 後はテクノロジーが好きだから。テクノロジー好きだとアメリカ来るのが楽しい。 Iphon
外尾悦郎氏 1953年、福岡県出身の彫刻家。現在は、バルセロナのサグラダファミリアにて主任彫刻家を務めている。石工になるべく25歳で日本を飛び出し、バルセロナに移って35年が経つ。2000年に完成したサクラダファミリアの生誕の門は、世界遺産に登録されている。ガウディの意志を継ぐ東洋人は、スペイン人からも尊敬のまなざしを受けている。 同じ方向を見ること。 僕が石工をはじめたのは、大学の時の石の先生が格好良かったから。彼は元々特攻隊員で、戦争で死ぬはずだった人間。変わらぬものを求めて石にたどり着いたんでしょう。その生き様を横で見ていて、僕の石への興味がはじまったんです。 サグラダファミリアに来たのも、石を掘りたかったから。でもここで石を彫るなら、まずガウディを知らなければならない。そこで僕は勉強をはじめました。こっちの人は誰が創っても同じだと考えているので、過去をあまり勉強しようとしない。でも
シンガポールで起業するときに知っておきたい事 Bernard Leongさん ChalkBoard, Sg entrepreneurshipを起業後、今は大学の教授、Chalkboardの海外展開、VCを行っている。まさにシンガポールの若き起業家だ。 彼からはスタートアップがシンガポールに来る際に、知っておきたい事を聞いた。 “情報なり、人材を探したいのなら、コミュニティに入る、もしくは参加するのが一番早い。シンガポールのスタートアップは特に横の繋がりが強いので、一度中に入れば面白いように人に会える。テクノロジーが発展する所は、コミュニティなる”場”があるところだと思いますね。 以下、シンガポールのコミュニティと情報を提供している場所なので要チェック。” シンガポール政府(起業の手伝い、情報提供をしてくれる http://www.business.gov.sg/ シンガポールの起業家、イベ
シンガポール政府Springとの対談。 海外のスタートアップがどのようなプロセスを経て起業できるかを伺った。 本当にフレンドリーで、親切で、一日前にアポをいれたにも関わらず、非常に親切に応答してくれた。 ここでの対談を簡単にまとめておく。 Entre Pass 外国人がシンガポールでスタートアップするにはVisaが必要だ。そのVisaの取得にはEntre passというなんとも起業家助けのVisaがある。 Entre passの取得には、 登録時に会社の資本金がシンガポール$50,000必要。 持っているのであれば、非常に簡単にスタートアップできる。 2年間のパスが手に入り、毎2年ごとに改定していく。オフィスは住所が必要なだけなので、インキュベーションセンターでも可との事。 シンガポールの税金 非常に低いことで有名だが、法人税は17% これが外国のスタートアップが受
バブソン学生が仕掛ける 世界一周ノマド起業家の旅 世界に出る日本人の若者が少ない。 日本のある一定の枠の中での就職活動。 ボストンという世界中の学生が集まる場に身を置いて感じた事。 世界中で活躍する学生、若者を増やしたい。 世界に出る意欲のある若者を更に底上げしてみたい。 ビジネススタイルをもっと多様化したい。 そんな思いから生まれた世界一周+ノマドプロジェクト。 起業学で高名なバブソン大学での経験を活かし、世界中で活躍するノマドに会い、彼らのビジネス、情熱、楽しみ、苦しみを情報に乗せて発信。 世界のビジネスモデル、人々を知る事によって、 将来のキャリアへの選択の幅が広がり、日本からグローバル人材の輩出の促進を祈る。 内向き志向、一括の就職活動に、真っ向勝負。 ノマド (Nomad)とは 国境という枠組みを越えて、個人として活躍できる実力を備えたビジネスマン。
ボストンのベンチャーキャピタルであるGlobespan Capital PartnersのDirectorとカーシェアリング最大手であるZipカーのグローバル戦略顧問を兼任中。 現在、ボストンに住みながら、 世界中の至る所にビジネスで赴き、世界を舞台にお仕事をしている。 非常に面白い経歴をお持ちで、 明治大学に入学後、在学中にベンチャーで働く。その後、コンサルティングファームに入り、HBSでMBAを取得。卒業後は、シリコンバレーにてモバイルベンチャーの仕事をなされ、現在ボストンにてベンチャーキャピタルとカーシェアリングサービスのお仕事をされてなさる。 Twitterでも非常に有名な御方です。 日本を出た理由 Q日本を出て、アメリカに来た理由は何ですか? 天候がいいからです。これが一番大きい理由ですかね。 後はテクノロジーが好きだから。テクノロジー好きだとアメリカ来るのが楽
世界一周を終えて、新しいことを始めるにあたって。 2011年8月から2012年の8月まで行っていた一年間に渡る、世界一周NomadProjectを終えて、 旅で ...
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