『處女』大正3年12月号 『過去の女より』宇佐美米子 N様、私は今日、貴君がお帰りに成ってから、静かに今日一日の貴方の態度から延いて、今迄の貴方の総てを色々に考えながら、此の手紙を書き初めました。 そして私は心から、貴方のある落ち着いた、馴れた恋を呪わずには居られなく成りました。 私は貴方の其の健全なハートを、涙ぐんだ目を以って凝視て居りましたのに、貴方の笛の音は何の感じも無い様に益々さえて、少しの乱れも少しの慓えもありませんでした。 私の目からは止めどなく苦しい、悲しみの言葉が流れ居りますのに、貴方の指は面白そうに転々と動いておりました。 そして笛を止めた貴方は、直々と二階へ上ってXと話を致しました。 平気で高笑いをしたり、冗談を云ったりして居る貴方は、実に何と云う恐ろしい方でしょう。 私と同じ様にXをも愛す事の出来る貴方は、ほんとに寛大な情に厚い方とでも申しましょうか。私は貴方の其勇気