『男はつらいよ』シリーズは今から半世紀前に誕生した。その頃日本経済は右肩上がりで一生懸命働けば報われる、今に豊かな時代が来る、という実感の中で日本人の心は充実していた。「寅さん」はそんな時代の日本の民衆が求めていたキャラクターだった。真の幸福とは何か、という考察を離れて物質的豊かさのみを目指す自分の姿の恥ずかしさを、笑い飛ばすことによって自ら慰め、安心する、それが寅さんシリーズの魅力だったのではないだろうか? バブル崩壊を経て日本人の暮らしは低迷し不安な時代がおとずれる。1990年代後半からの「生きづらい時代」の始まり。格差社会の「貧困化」、市民生活のすみずみにまで渡っての窮屈な「管理化」。これがコンピューターの普及によって急速に進み、もはや寅さんが愛用した赤電話はこの国の風景から姿を消し、田舎の駅は無人化され、都市の駅の改札は自動化されて寅さんが敬愛してやまない生真面目な鉄道員の姿は見え