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衆院選
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<うつ病的リアリズム(抑うつリアリズム)理論とは> うつ病の人は、正常とされる人々と比べて、現実をしっかり把握していると主張する理論があります。それが「うつ病的リアリズム(抑うつリアリズム)depressive realism」理論です。 うつ病的リアリズムという理論は、私たち精神科臨床・心理臨床の現場から生じたものではありません。この理論は、心理学の中でも実験心理学という、心理についてのバーチャルな実験検証から生まれてきた理論です(実験心理学者はカウンセリングなんてせずに動物実験や質問調査、統計処理ばかりしています)。うつ病的リアリズムの基礎づけになった実験について具体的な例を挙げると、例えば、あるランダムな信号の点滅に対し、たまたまタイミングを合わせてボタンを押すことができると得点が付く、というゲームをする実験において、ゲーム成績が良かった人たちにインタビューすると、健常者は自分の洞察
解離性障害は、もっとも誤解されて誤診されている病気です。精神科医や心療内科医の中には、解離性障害をほとんど治療したことがないという人も結構いますし、解離性障害の症状を診ても統合失調症やうつ病と誤診しています。その誤診だけでも大きな問題ですが、見識や経験のある精神科医さえも解離性障害についてしばしば「誤解」しています。たとえば解離性同一性障害(DID、俗に言う「多重人格」)という病状を「医原性」の病気だとする、つまり医者と患者さんの間ででっち上げられた「物語」である、と誤解したり、全生活史健忘(俗に言う「記憶喪失」)を「詐病」、つまり患者さんが周りに嘘をついている演技だと決めつけるのです。 「解離」症状とは 解離性障害とは何か。解離性障害は「解離」症状を主症状とする病気なのですが、その「解離」症状とは何か、が実は説明しにくいところです。 解離症状を簡単に言うと、健康な人が「自分」「私」として
日頃の診療でカフェインについて注意を促すことが増えました。 カフェインは、コーヒー、緑茶、ウーロン茶、紅茶、コーラ、栄養ドリンクなどに入っている成分ですが、カフェインは一つの化学物質であり、もっと言えば脳を刺激する「薬物」です。カフェインは、一般に「覚醒剤」と呼ばれているアンフェタミン・メタンフェタミン(こちらはもちろん違法な薬物です)と同じく、脳を刺激して覚醒を促す作用があります。私たち精神科・心療内科の専門用語では、カフェインはアンフェタミンと同じく「精神刺激薬」と呼ばれます。 カフェインにはそういう刺激・覚醒作用があるので、「眠気覚まし」「集中力を高める」という目的で摂取している人も多いと思います。確かに、運転に集中する時などに適量のカフェインを服用すると注意力が高まって良いこともあります。ただ、カフェインの摂取量が多くなると、頭痛、不安、抑うつ、不眠、吐き気、下痢などを起こします。
強迫性障害(強迫神経症、OCD)の人の多くは、他人と親密な距離を作るのが苦手です。彼らは潔癖なところが多いので、他人との身体的な接触を嫌います。たとえば、握手する、飲み物を飲み回しする、などの行為です。自宅に他人を招くことも「不潔」と感じるので、他人との交流も少なくなり、浅くなります。「不潔」恐怖の延長で性的な接触も嫌がれば、異性との交際もできなくなります。 また、強迫性障害の人は、強迫行為に時間をかけてしまって行動が遅くなってしまうこともあって、約束の時間を守れないことも多々あります(強迫性緩慢)。そのために彼らは「マイペース」と言われて嫌われてしまうこともあります。 しかし、そういう彼らの特徴の長所を挙げれば、強迫性障害の人は「自分をしっかり持っている」とも言えます。彼らにとっては「自分は自分、他人は他人」です。彼らは、他人がどう感じているか、他人のことを「我が身のように」感じて共感す
躁うつ病(双極性障害、双極性感情障害)の人の中には一般よりも優れた能力を持つ人が比較的たくさんいて、中には天才的なレベルにまで達している人もいます。それは、私もこれまでの臨床経験で実感しています。 しかし、躁うつ病はもちろん病気ですから、病気の人が一般の健康な人よりも優れた能力を持つ、というのは奇妙に聞こえる人も多いと思います。一方で、「天才と狂気は紙一重」、とは大昔から言われてきたことです(およそ2500年前のアリストテレスが指摘していますし、この100年ほどの間にも何人もの精神医学者が指摘しています。私の師匠の中井久夫も『天才の精神病理』(岩波現代文庫)の中で天才の例を挙げて解説しています。) 心を病む人、一般とは違う精神特性を持った人が時代を変えるような働きをすることは、躁うつ病に限らず、統合失調症、不安障害(不安神経症)、うつ病、発達障害、パーソナリティ障害(人格障害)など、他の精
精神医学では、「人格障害(パーソナリティ障害)」という「障害」があるとされています。アメリカの精神疾患分類DSMにも、躁うつ病やパニック障害などと並んで、人格障害という「疾病」もしくは「障害」があります。 しかし、医者の診断として、「人格(パーソナリティ)が病む」とか人格が「障害」である、と診断するのは不適当なことだと、たびたび指摘されています。ある人の人格(性格)が「障害」されている、と言うのは、「人格否定」にもなりかねません。実際、人格障害と診断されてひどく傷ついた、という患者さんも珍しくありません。 そもそも、医学の診断とは、医学的治療の対象になるか、医療や福祉的な処遇の対象になるものに付けるべきものでしょう。しかし、こと人格障害の診断となると、そんな視点は無く、「分類のための分類」になっている様相です。たとえば、人格障害の分類の中でも、「反社会性人格障害」となると、以下のような診断
最近、このようなケースが時々あります。(下記は類似事例を複合させた架空のケースです) ある金融機関の支店長。入社30年になります。あちこちの支店を渡り歩きながら、たくさんの業務や顧客対応を経験し、年々変わりゆく金融関係の法令をも勉強し、今の立場を得ました。 しかし、支店長という肩書きは立派なものの、昨今はモンスターカスタマーがたびたびやってくるので、結局は一番厄介な顧客を対応するのは彼の役目です。年々強調される「コンプライアンス」関係についても勉強を重ね、部下の管理をして(「パワハラ」にならないかと神経を使いながら)、週に一度は「店長を出せ!」と怒鳴る客がいる店の最高責任者として、法的に無理なことをごり押ししてくるヤクザ者の相手もしながら、何とか働いてきました。 当たり前ですが、こんなストレスフルな状況が続き、体力も低下していく中で、同じような働きを続けることはできません。彼は疲弊と不安を
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