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youkoseki.com どろどろ マッチーが結婚するというので、新年早々からちゃんとしたスーツを着た。マッチーは新卒で働いていた食品会社の同期だ。十数人いた同期の中で東京出身でなかったのは私、マッチー、翔子の三人だけ。入社前の内定式ですぐに仲良くなり、入社してからも東京出身者たちへの反発でなんとなく団結して、いつも一緒につるんでいた。 その会社に就職が決まった時は、全国でCMをやっているような有名企業だったので、地元の両親や親戚はたいへん喜んでくれた。私は激務にめげて二年ほどで辞めてしまったけれども、マッチーはまだ働いている。当時の新卒はまず外回りの営業をさせられる研修があって、マッチーも私もみんなスーツを着て、先輩についてあちこちを歩き回ったものだった。久々にスーツを着ると、そんなことを思い出す。 マッチーは同期の中でも背が高くてスタイルが良く、特にスーツが似合っていた。どこのブラン
youkoseki.com 鬼 まだ年初の、寒い雨の金曜日。新年特有のうかれた気持ちも消えてしまって、もう会社など行きたくないとグズグズ準備をして出たら、電車を乗り過ごしてしまった。渋谷駅であれだけの人が下りて行ったのに、自分だけはまったく気付かなかったらしい。 次の駅で下りて反対のホームにゆっくりと向かい、渋谷まで戻る。雨は待ち構えていたように強くなって、職場のあるオフィスビルに着いた時には足下がだいぶ濡れて冷たくなっていた。ビルの入口にあるカフェはバレンタイン仕様。ハートマークのデレコーションが派手に飾られ、スーツ姿の会社員やら外国人観光客やらで賑っている。 オフィスフロアまでのエレベータに一人で乗る。先程までの喧騒が嘘のように静かである。受付を抜けて執務室へ向かうと、何人かの社員が泣いている。なにかあったのだろうが、見かけるのはあまり親しくない社員ばかりである。かける言葉が見つからず
youkoseki.com 誰かのナンバー 残業を終えた帰り道、酔っぱらい客でいっぱいのメトロ5号線を下りて、改札を通ろうとしたら、エラー音が鳴って止められた。 駅員ロボットがキャタピラを鳴らしてかけつけ、私の顔を一瞥して言う。 「GGカードを見せてください」 私はカードを差し出す。ロボットはさっとスキャンをして言う。 「このカードでは通れません。正しい自宅の最寄り駅を選んでください」 「えぇ……」私は答える。「履歴を見てよ。朝もこの駅を使ったし、上京してから、もう何年もこの駅が最寄り駅だから」 「このカードでは通れません」ロボットは辛抱強く言う。「履歴は確認しました。あなたは確かに今朝8時28分にこの駅を利用していますし、11年と32日前から継続的に利用していることも事実ですが、いまのあなたにはこの駅を利用できる権利がありません」 去年末から、駅の利用が許可制になった。都市の犯罪率が上昇
youkoseki.com 肉の缶詰 金曜日、仕事あがりの時間を狙ったように、父親から電話があった。実際、狙っていたのだと思う。仕事中は迷惑をかけないように、という父の配慮。間違いなくなにか面倒な話なのだろうと思いながら、私は電話をとった。 「元気か」と父は言った。 「うん、まあ」と私は答えた。金曜日、仕事を終えたばかりで行くあてもない三十路の会社員は、概ねそれほど元気ではない。ただ、そのことを家族と議論するつもりはなかった。 「ちょっと面倒な話で申し訳ないが」と父は本当に申し訳なさそうに言った。 ほらね。「どうしたの」 「兄貴が調子を崩して、そっちの大きな病院に入院してるらしい。週末にでも、見舞いに行ってくれないか。本当は自分が行かなきゃいけないのだが、そっちまで出るわけにもいかないし」 父は「そっち」という言葉を強調して言った。電車で二時間もかからない距離なのだが、父にとって東京は今で
youkoseki.com 2022年と、AI戦争の歴史 いま思えば2022年の終わりには、大半の人類はすでに140文字より長い文章を書く能力を失っていた。140文字より長い文章を読む力も失っていた。だから、かつて栄華を誇った多くのブログサービスが表舞台から去って行った。ネットメディアの存在意義もなくなってしまった。誰も長文を書けず、読めないとしたら、誰のためのブログやメディアなのか? ツイートを連投するくらいならなぜブログを書かないのだろう? とあるブログサービスの経営者は、サービス終了にあたってそう嘆いたが、思いの込もったその長文を誰も読もうとはしなかった。後世の歴史家はこの時代を「TLDR」と呼んだ。トゥー・ロング、ドント・リード(長すぎて読めません)。 そんな中、ある海外のブログサービスが共著機能をリリースした。共著とはうまいネーミングで、実際はブログのタイトルだけ決めれば、残りを
youkoseki.com PA25 昼休みの時間になった。 「昼メシはどこに行こうか」近くの同僚に声をかける。 「最近できたPA25はどうですか?」グルメな後輩が言う。「7X系で、けっこう美味しかったですよ」 「どのあたりだっけ」 「33/28ですね、このまえみんなで行った9C*D5の裏ですよ」 PA25はほぼ満員だったが、ちょうど奥の3番テーブルが空いていた。 「ご注文はどうしましょう?」愛想の良い店員(31)がすぐに声をかけてくる。 「65がいいな」私は言う。 「273、βをつけてください」と後輩。 「僕は93.2、æをLLで」。 「-8はまだあります? じゃそれで、食後に🦁を」 65は一番に運ばれてくる。 「先にいただくよ」と私は言って口に運ぶ。後輩の言うとおり、なかなか美味い。「248-24はどうやって、こういう店を見つけてくるわけ」 「クチコミですかねえ」後輩は答える。「2部
youkoseki.com 人間の認証マーク 朝起きてスマホを見たら、動かない。画面が真っ暗なのである。充電が切れたかとケーブルを繋いでみたら、何の問題もなく画面がついて、充電は完了していますと表示が出た。とはいえ操作はできないまま。どこかが壊れたのかもしれない。 パソコンを引っ張り出してきたが、こちらは画面こそ最初からついたものの、ログインできない。顔認証や指紋認証は反応しないし、パスワードも通らない。パスワードを間違えたのかと何度も試しているうち、パソコンはロックされてしまった。次にログインを試せるのは二時間後だと言う。 仕事の連絡が来てるかもしれないなと思いながら、朝ごはんを食べる。スマホのない朝食なんていつ以来だろう。手持ちぶさたで、何度もスマホを手に取っては真っ暗な画面を見つめる。 動かないスマホを持ったまま仕事へ向かう。すると今度は駅の改札が開かない。助けを求めてロボット駅員を
youkoseki.com キャンセル・カルチャーをキャンセルせよ 毎日なにかが炎上している。 ミュージシャンの小山田圭吾はオリンピックの開会式に関わるというニュースが流れると、昔のいじめ自慢が話題になって炎上し、開会式への参加を辞退することになった。同じオリンピック開会式の演出を行っていた小林賢太郎は、過去の劇作でホロコーストを引き合いにしていたことが炎上し、開会式の前日に解任されることになった。 ホビージャパンの編集者はTwitterで転売ビジネスを容認する発言をして炎上、退職処分となった。徳間書店の業務委託を行っていた編集者は、同じくTwitterで大坂なおみのオリンピック敗退を揶揄して炎上し、契約解除となった。 すべてこの一週間ほどのことである。なるほど、日本はモラルにとても厳しい。 つまり開会式に関わった残りのメンバーは生まれてこれまで潔白な人達ばかりなのだろう。オリンピック選手
youkoseki.com 会話税 四月の頭、ニュースで見た通りに郵便屋が荷物を届けに来た。 「マジかって感じですよね」と若い配達員は私のサインを待ちながら笑った。そう言う配達員には、もう首輪がつけられている。 適当な相槌を打ち荷物を受け取る。郵便屋は愛想の良いまま帰る。少し悩んでから箱を開ける。中にあるのはもちろんあの首輪だ。テレビで散々見せられた、いかつい首輪。装着すると会話の長さを音量や逐次計測する。そして会話税に換算される。 首輪の利用が正式にはじまるのは来月からだったが、受け取った国民は、ただちに利用を開始することが推奨されていた。起きているあいだはずっと装着し、寝る時には外して充電用アダプタに繋げる。そうすると一日のあいだでどれくらい話したかというデータが、国の傘下にある管理団体へ送信される。 首輪は自宅内では外しても良いが、外出中は必ず装着しなければならない。もし装着していな
youkoseki.com 医療テックユニコーン「セラノス」の興亡を描く"BAD BLOOD"が面白しんどい "BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相"はセラノスという医療テックベンチャーを取り上げた本である。 セラノスは指先から数滴の血液を採取するだけで、様々な血液検査を迅速、かつ安価に行えることを謳っていた。多額の資金を調達した「ユニコーン」の一つで、一時はUberやSpotify以上の評価を受けていた。エリザベス・ホームズという若い女性創業者・CEOは、スティーブ・ジョブズの再来と持ち上げられていた。 しかし、ニュースで記憶のある人も多いかもしれないが、最終的には主張していた内容の多くが嘘だと明みになった。 ドットコムバブル以降の20年、色々なベンチャーが生まれては消えていったが、セラノスはその中でも最大級のスキャンダルだろう。なぜこんなことが起きたのか。最
youkoseki.com 本を飼う 本を拾ったのは小学生のときだった。正確には覚えていないけれど、高学年だったと思う。下校途中、家の近所にあるアパートの入口に、段ボールに入れて捨て置かれた小さな本を見つけたのだ。一緒に歩いていた友達は気付きもしなかったけれど、私は完全に本と目があってしまった。「ちょっと待って」と友達に言って、私は本をそっと拾った。 小さくて、文字でいっぱいの本だった。表紙は古びていたけれど、中身は綺麗。後で知ったが、それはアメリカ産の童話で、有名な翻訳家に訳されて、日本でも昔よく流行ったものだった。 私は本を胸に抱えて家に帰った。家で何か飼いたいと、これまで何度も親に訴えて、いつもダメだと言われてきた。だから拾ったばかりの本も、捨てて来なさいと言われるのではないかと思っていた。そんな時に限って、母は仕事を早く終え、家でもう夕食の用意をしている。しかし、私が抱えた本を見て
youkoseki.com いつも同じ夢 去年くらいから毎晩、夢を見るようになった。しかも、いつも同じ夢である。寝付きが悪いのかと思って、運動したり、酒量を減らしたり、早く寝たりしてみたが、変わらない。毎晩、同じ夢を見るのだ。 大した夢ではない。夢の中でも私はサラリーマンで、ベッドから起きるとパンを食べる。歯を磨いて髭を剃り、服を着替える。といっても、スーツでも、ジーンズでもない。ジャージである。ノートパソコンを開いて、仕事をはじめる。電話もする。しかし外には出かけない。 昼ごはんはバイクに乗った男が配達してくれる。午後もパソコンで仕事をしている。会議の合間に、宅配便が色々なものを届けてくれる。水、食料、トイレットペーパー。仕事が落ち着くと、申し訳程度に筋トレをする。晩ごはんはちょっとした自炊をする。風呂に入ってテレビを見る。本を少し読んだら、すでに夜中だ。ベッドで寝る。 そこで目が覚める
youkoseki.com 2021年だから人類はHTMLを手打ちしろ 新しい年だ。人並に新しいことを始めようなどと考える人もいるだろう。しかし、なにを始めればいいのか? 僭越ながら一つ提案をさせてもらえるなら、私はこう言いたい。HTMLを手打ちしろ。ハイパーテキストマークアップランゲージを学べ。なぜなら、個人がコツコツとタグを手打ちしたウェブページには暖かみがあるからだ。 私は中学一年生のとき、はじめてパーソナルコンピュータを買ってもらった。中学受験がうまくいったら買ってもらえるという約束で、受験には失敗したのだが、買ってもらったのだ。中学時代、ほとんどずっとパソコンと向かいあっていたが、CONFIG.SYSとAUTOEXEC.BATを書き換えてメモリ残量の上下に一喜一憂していた記憶しかない。あとA列車で行こう4や、ルナティックドーンのようなアートディンクのPCゲーム。Windows 3
youkoseki.com 2020年のタイムマシン 大橋さんがまた転職した。今度はタイムマシンを開発するシリコンバレーの会社で働くと言う。 大橋さんは私が新卒で入社した会社の、一つ上の先輩だった。オンラインで事務用品を取り扱うその小さな会社は、入社して二年で倒産し、それから私も大橋さんも一つの会社に留まらず、留まれず、渡り鳥のような生活を続けている。 実際、大橋さんと前に会ったのも、彼女が転職をしたときの壮行会だった気がする。あのときはネットメディアの会社からオンライン教育系の会社に転職したのだったか、その反対だったか。 ともあれ、大橋さんの壮行会ということで、忘年会を兼ねて数名の仲間内で集まることになった。二人で昔よく行った焼鳥屋に時間通り着くと、すでにみんな飲みはじめている。 「それっていつの話」と順也が言う。キッチンテーブルに向かいで座る彼は、また一回り大きくなった。 「20年前だ
理由があって明日のディナーを先月中に予約していたのだが、GoToEatがはじまってポイント付与の対象になったらしく、しかし事前に予約していたぶんは対象外であるため、予約はキャンセルして再度同じプランを予約することでポイントが貰えるよう状況であり、なにぶん明日のことなのでキャンセルは電話で依頼する必要がある一方、GoToEatの対象にするためにはレストラン側で操作もできず、オンラインであらためて予約する必要があり、しかしながらオンライン上では明日の予約は埋まっているので、電話でキャンセルしてオンラインで予約枠が復活したのを確認してから再予約をしなければならないが、その手続きをしているあいだに他の人に予約される可能性があって、GoToEatはカフカ的で最高!
youkoseki.com Factorioという、仕事以上の仕事をしたい人のための仕事について 世の中にはたくさんの面白いゲームがある。特にPCゲームの世界では、毎日のように話題の新作ゲームが発売され、しょっちゅう無料で配布され、ライブラリに積み上げられていく。2020年はPCゲーマーにはゲーム天国、あるいはゲーム地獄である。 しかし大人とは悲しいもので、ゲームをずっとプレイしていると、ふと、自分はゲームで遊んでいるのか、ゲームに遊ばれているのか、分からなくなることがある。ときどきドロップするレア装備品、こちらの習熟度にあわせて難易度を調整してくる敵、無限の選択肢とマルチエンディング、痒いところに手が届く課金アイテム。そしてネット上には溢れる攻略サイトとプレイ動画が待ち構えている。 今日のゲームにはそうしたおもてなしの姿勢が欠かせないし、それはいかに中毒性のあるデザインにプレイヤーを没入
youkoseki.com 西和彦氏の「反省記」がむちゃくちゃで面白い 「反省記 ビル・ゲイツとともに成功をつかんだ僕が、ビジネスの“地獄”で学んだこと」は実業家、西和彦氏による著書。還暦を過ぎ、これまでの半生を振り返ってみてはどうかと編集者に依頼され、編集側から出てきたタイトルが「反省記」だったらしい。ひどい。素晴らしい編集者だ。 というわけで、というわけでというのは西氏の業績を知っている人ならば容易に想像できるだろうがという意味だが、中身はむちゃくちゃ面白い。あるいは、むちゃくちゃで面白い。 というのも、70年代後半のマイコンブームから、パソコンの黎明期、普及期を経て、インターネットがメインストリームになっていく00年代の手前までが、一人の「仕掛け人」の視点で描かれていくのである。しかも話は日本に留まらず、マイクロソフトとの協業やインテルとの戦い、懐かしのオリベッティも出てくるし、MI
youkoseki.com マイクロソフトCEOの「Hit Refresh」を読んで、社会と経営を内省的に考える 「Hit Refresh: マイクロソフト再興とテクノロジーの未来」はサティア・ナデラ、マイクロソフトの現CEOによる本である。原著、翻訳ともに2017年の出版なのだが、今になって読んでとても面白かったので、簡単に紹介する。 1975年に創業されたマイクロソフトには、これまで3人のCEOしかいない。ご存知ビル・ゲイツと、「デベロッパーズ!」でおなじみのスティーブ・バルマー、そして2014年からCEOを勤めるナデラである。有名すぎる前任の二人と比べると、いささか印象が薄いことは否めない。巨大IT企業を率いながら、スティーブ・ジョブズ、マーク・ザッカーバーグ、イーロン・マスク、ジェフ・ベゾスのようにニュースの題材になることも少ない。 しかしナデラ体制になってからのマイクロソフトは絶
youkoseki.com 会議名人の評価値 オンライン会議はすでに終盤。パソコンの画面には僕、大村リーダー、同期の中山、後輩の谷原の四人の顔が並ぶ。そして僕の顔の上には「劣勢」の文字が浮かんでいる。AIによる僕の評価値は13。大村リーダーは42、中山は24、谷原は21だ。 在宅勤務が続く中、長引きがちなオンライン会議を効率化しようと全社で導入されたのが、AIによる会議進行・評価システム「会議名人」だった。会議名人は会議中の発言をすべて記録し、これまでの文脈とあわせて分析することで、出席者を評価する。そうして、発言しない参加者には発言を促し、無駄な発言の多い参加者にはそれとなく戒める。最終的に、価値のある発言ができない参加者は、会議中であっても容赦なく追い出すのだ。 思い返せば、会議名人が導入され、営業部の定例会議から最初に追い出されたのは米藤部長だった。月曜朝、いつものように会議の冒頭か
youkoseki.com 夜の街 日没の時間、アラートが街に響く。夜のはじまりだ。みんなが一斉に退社しはじめる。 システム管理をしている私は、なんだかんだといつも退社が最後になる。 「早く帰れよ」と上司の岩田さんがそう言ってエレベーターに消えると、フロアには一人となった。 オフィスの戸締りをしていると、大沼さんがトイレから現れる。面倒見のいい一年先輩だが、くたびれた風貌のせいかだいぶ年上に見える。 「今日、飲みに行く?」大沼さんは言う。私は端末のカレンダーを見る。金曜日だが、月末ではない。 「自粛日ですよ」私は言う。 「つまらないこと言うなよ」大沼さんは答える。「いいところに連れて行ってやるからさ」 「これはどうします?」私は自分の端末を指差す。 「これがある」そう言って大沼さんが取り出したのは小さなドライバーで、止める間もなく私の端末を手に取ると、あっという間にカバーを外し、バッテリー
youkoseki.com ローソンのデザインの難しい問題 ローソンのプライベートブランドがデザインを一新し、議論を呼んでいる。熟考があっての結果なのだろうし、このデザインが好きだという人もいるのだろうけど、現時点でリニューアル自体は、控え目に言っても失敗だろう。 ファッションや車であれば、ちょっと変わったデザインでも受け入れられる。差別化のために、他とは明白に異なるデザインが求められることもある。しかし、コンビニというのは今や社会のインフラであり、そこで売られる食品・日用品が、デザインのせいで何が何であるかさえよく分からないというのは、かなり困った状況である。特に食品の、安全に関わるような情報でさえ読みづらいのは、趣味性の違いでは済まされない。(デザイン上の問題についてはWEZZYの記事に詳しい) たとえば、通販サイトのロハコには「くらしになじむデザイングッズ」という、日用品のパッケージ
youkoseki.com 私のマスク 物心つく前からいつもマスクをしていた。母がそうしろと言ったからだ。もちろん母もいつだってそうしていた。マスクを外すのは、食事をするときとお風呂に入るときくらいで、そんなときでさえ母はためらいがちに外しては、用を済ませるとすぐに顔にマスクを戻した。 母の用意するマスクは必ず純白だった。母は毎晩お風呂に入るときにマスクを捨てた。一日を共にしたマスクは、けがれたマスクでもあり、母は捨てたマスクには一瞥もしなかった。かわりにお風呂を出ると新しいマスクを物置から取り出し、マスクを着けたまま寝た。 物置の一角にはいつもマスクの山があったが、毎日使っても減る様子はなく、かといって母や父が定期的に補充している様子でもなかった。 一方の父は、どんな時もマスクなど身につけようとしなかった。それは父が特別で、マスクを不要とする理由があるのだろうと子供心ながらに考えた。たと
youkoseki.com 検察庁法改正とTwitterデモの危ういバランス ハッシュタグ #検察庁法改正案に抗議します が大きな話題となり、今国会の焦点であった検察庁法改正が見送りに追い込まれた。Twitter世論が政治を動かした、と言われている。 Twitterが世の中を大きく動かしたのは、これが初めてではない。というか、Twitterは今や巨大な炎上プラットフォームで、これまでは個人の炎上や企業の炎上が続いていたが、今回は炎上したのが政府だった、という感じである。炎上と政治デモを同列に並べると嫌がる人がいるかもしれないけど、私は良い悪いではなく、構造は同じだと思う。 検察庁法改正以前を少し振り返っただけでも、お肉券、お魚券、あるいは給付金案などで、政府案が炎上し(どこまでもともと確定した内容で、どこまでTwitter世論の影響を受けたかはさておき)修正を迫られることがあった。今後Tw
youkoseki.com ダウンサイジング・ジャパン(終) 毎週金曜、夜の八時になると、街を歩く人はいなくなる。みんな家にさっと戻って、テレビにかじりつくのだ。ほんの少し前までテレビの時代は終わったなんて言われていたのに、今では日本中で何千万という人達が、大人気番組「ダウンサイジング・ジャパン」をリアルタイムで見ようと固唾を飲んでいる。 ダウンサイジング・ジャパンは、日本政府が支援する特別な番組だった。仕組みは過去にたくさんあったリアリティーショーそのもの。素人の集団が出てきて、各々が必死のアピールを行い、それを見た視聴者が投票を行って、毎週一人づつ脱落していく。そして最後まで残った勝者が、多額の賞金を得る。 ダウンサイジング・ジャパンが既存のリアリティーショーと異るのは、評価されるのが個人ではなくて、自治体というところだ。毎シーズン、過疎化が進む自治体がずらずらと出てきて、必死に名物や
youkoseki.com コロナの時代の愛 二人の脚本家がZoom飲みをしながらドラマの原稿を考えている。 「いやー、無理だよ。こういう時代に、どういう物語がありえるんだ」 「私達、もう三密だよ……、みたいな?」 「それはドキドキする。しかし密接と密閉はともかく、密集じゃないでしょ」 「病める時も健やかなる時も密になってくれるか? みたいな」 「いま病める時はちょっと近寄り難くない?」 「お前と密になる前に~みたいな」 「いつもソーシャルディスタンスしろ~」 「できる限りで~」 「出会いが描けない。飲み会もだめ、旅行もだめ、ライブもだめ、バーもだめ」 「前を走る女の子がハンカチ落としたら拾うか、って話になる」 「そもそも学校ないしカーテンもないからね。遅刻しないから、パンを食わえながら走ることもない」 「みんなパンを食わえながら走ってた日々が懐しい」 「いま空から女の子が落ちてきたらどう
youkoseki.com 土星から 土星から奇妙な電波が届くようになったとき、もちろん世界中が大騒ぎになった。それは明らかに人為的な信号だと電波を分析した専門家たちは伝えたが、その意味については何ヶ月という時間をかけても解読することはできなかった。 信号の中身は秘密とされたが、宇宙人を信じる急進的な一派が研究所を襲撃したことで、そのデータは世界中に公開されることになった。多くの人が躍起になって調べたが、それでも意味を解読できる者は現れなかった。 電波は日が経つごとにさらに強くなり、素人が立てたアンテナでも受信できるほどになったが、反対に人々は土星への興味を徐々に失っていた。今や多くの人が土星人の存在を信じてはいたが、それは名前だけ知っていて連絡先を知らない遠くの親戚のようなもので、彼らと交流できる日が来るとは誰も期待していなかった。だいたい、すぐそこに見える月でさえ人類は半世紀近くごぶさ
youkoseki.com ブラック・ミラー全話(*)ショートレビュー ディストピアなショートショートをときどきネットに書いているせいか、何人からか「Netflixのブラック・ミラーを観たほうがいいですよ、きっと気に入りますよ」と言われていた。正直に言うと、自分のネタと被りそうなSFを観るのは、あまり乗り気ではないのだが、まあNetflixの作品に「このネタ、俺も考えてたのに!」と言っても仕方がないので、2019年の2月から10月までのあいだに一通り見ました。 結論から言うと面白かったです。以下、各話のショートレビュー。どれから観ればいいのか迷ったスタートレックファンは参考にしてください。 1-1 国家 1話からこれかよ! 子供は寝ろ! 大人も2話から見たほうがいいな! でもシリーズ他作品よりテクノロジー少なめ、アクション多めの異色作だったなと、後になって気付く。8点。 1-2 1500万
youkoseki.com 三途川 小野田が三途川へ転職すると聞いた時は驚いた。同期の中で誰よりも優秀で、誰よりも仕事熱心で、誰よりも出世しそうだったのが小野田だったからだ。 「新しいチャレンジをしてみたくなったんだ」送別会の席、彼は同期たちの前でそう言った。 僕達の職場は、最高の環境というほどではないけれど、概ね悪くもないというのが、同期たちと飲みながら話してはいつも浮かび上がる結論だった。むかつく上司はいる。雑務ばかりでやりたい仕事はなかなかできない。会社の知名度が低くて親戚はなんの会社か分かってない。でも、それなりに楽しく過ごせるくらいの給料はもらえるし、休みにはちゃんと休める。特別な野心でもなければ、そう、概ね悪くない会社なのだ。 誰が一番最初に辞めるのだろう、とは同期で集まるといつも議論になった。たまたまムカつくことがあって、その日のうちに転職エージェントに登録したというやつがい
youkoseki.com 渋滞オークションに入札する 月曜の朝、いつも通り八時半に家を出る。「行ってくるね」と妻に伝えて車に乗り込むと、さっそく窓を遮蔽モードに切り替えて、先週買ったシューティングゲームの続きをはじめた。車内は真っ暗になり、私は天使となって、前後左右、天井にまで現れる悪魔を雷で打ち落としてくのだ。 コントローラを握り、叫びにならない叫びを上げながらシューティングゲームに没頭するあいだ、車は静かに職場へと向かう。数年前に自動運転が実現してから、職場までの通勤時間は貴重な自分だけの娯楽時間になった。 こんなことならもっと職場まで遠い家を買うんだった、というジョークが世間では流行していた。まったくの同感。すこしでも職場に近いほうがいいと、無理をしたローンで家を買ったのは十年近く前のこと。駅近で、しかも混雑の少ない路線だったが、今や鉄道に乗ることなどなく、毎日この自動運転に頼りき
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