寺田物理学の形成と展開の過程 隅蔵 康一 寺田物理学のユニークさ 寺田寅彦(1878-1935)の科学者としての歩みは、第五高等学校での田丸卓郎(1872-1931)との 出会いに端を発する。それ以来、寺田はその一生を通じて、「寺田物理学」とでもいうべき独自の スタイルで科学とかかわった。寺田物理学のユニークさは、分野の壁を超えた守備範囲の広さ、な らびに研究題材の選び方において特に顕著である。 寺田の研究は、たいへん広範な領域で展開されていた。弟子の湯本清比古は、次のように述 べている。 「先生には専門の部門はなかった。強いて言えば物理学全般が先生の専門であったと見るべき だろう。最近数年来は化学の領域にまでも研究を拡められ、有機化学や膠質化学の勉強ぶりは還暦の 年に近い先生とは思われなかった。先生の机の周りには生理学の書籍もあれば鉱物学の本もあり、動 物発生学もあれば心理学もあり