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南米諸国からの日本への出稼ぎ移民は、既に40万人を越えていると言われており、これらの出稼ぎ者の一部(10%4万人?)が南米の風土病の一つであるシャーガス病の原虫保持者でないかと言われており日本でもシャーガス病が発生しているとのニュースがサンパウロ新聞に報道されています。日本では専門医は慶応大学医学部の熱帯医学寄生虫学の三浦左千夫助手しかいないとのことで『この問題を放置すれば日本国内への病原体の拡散が心配され、今後大きな社会問題になる可能性がある。』と警鐘を鳴らしている。 南米ではブラジル北伯、東北伯、ボリビア、パラグアイ等に現在も竹を泥と捏ねて作ったタイパと呼ばれる土壁の中に生息するバルベイロ(日本ではサシガメと呼ばれている)に刺される事により被病する風土病で戦前日本人が沢山入植したパラナ州の開拓の町、ロンドリーナ、マリンガ、サンパウロ州奥地コーヒー農園の開拓地(ハルとナツの舞台となった地
『ブラジル戦後移民』 60年の記録 私たち、あるぜんちな丸第12次航(1962年5月11日サントス港下船)の同船者681名は、平成14年5月11日で40年を迎えました。当時のあるぜんちな丸第12次航の船内新聞「さくら」の編集責任者をしていた私と船内ニュース班の仲間として手伝って呉れた編集員が中心になり船内新聞の40年後の特別号、号外の形で戦後移民40年の移住史の一部を皆で書き残そうとの企画が持ち上がり、出来れば印刷、出版もと考えていましたが、時間的な問題、資金面の問題もありせめて寄稿して頂いた貴重な記録、原稿を大事にし、書き物にして後世に残して置きたいとの切なる願いから、当時のガリ版刷りの船内新聞の一部、黄色くなった名簿、懐かしい写真等を文明の利器PCを使い資料のDIGITAL化による保存を考えついた次第です。これらの無形に近い数多くの資料、写真等を我々同船者全員の資産として共有し、後世に
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