サクサク読めて、アプリ限定の機能も多数!
トップへ戻る
大谷翔平
morinaoto.hatenadiary.jp
「教育」とは権力の作動であるとかの用語系で語る言説に、もはや新たなインパクトなど皆無であろう。だがそれでもなお、「教育」をそのようなものとして認識しつづけることには実践的な意義もある。 「自己肯定感」とか「自己効力感」というのは、人が成長していく際に不可欠の「土台」であると、とくに前エントリで紹介したような学校の子どもたちを見ていると、痛感する。彼ら/彼女らは、無条件で自分を受け止め肯定してもらうという経験を安定して積み上げていないのではないかという印象を強くもつ。「基礎的信頼」というか。それを積み上げさせるだけの「余力」のある大人が周囲に分厚く存在しない。「親」も生存を確保するためだけですでに手一杯だし、ギリギリの生活が継続するというのは、ただそれだけで、精神を摩耗していくものでもある。 この場合の「余力」とは主に社会経済的なそれを意味しているのだが。 そういう背景のもとで「自己肯定感」
それは,その学校にとって本当に大変な,長い一日だった。 その小学校に勤める教師にとって――なかでも,少しでもよりよい実践をと日々懸命に努力していればいるほど,そういう教師にとって。そしてもちろん,その小学校に通う子どもにとって――なかでも,子どもが抱えるには苛酷すぎる重荷を背負って日々生きている子どもであるほど,そういう子どもにとって。 全校児童のほぼ全員が近傍の築35年を超えた県営住宅から通う。貧困層集住地域である。通り一本挟んだ向こう側は名鉄不動産が開発した落ちついた分譲住宅地。校区は異なる。 それどころか,最近になって県営住宅団地の脇が宅地造成され,売りにだされた一戸建ては,校区がこの小学校では買い手がつかないと地主が騒ぎ,隣の小学校の校区――名鉄の住宅地が該当する校区――へと編入されたほどだ。 日本人児童が3分の2,外国人児童が3分の1。外国人児童の世帯はほとんどが両親ともいるが,
数日経ってしまいましたが,田中萬年先生がご自身のブログで 独立行政法人雇用・能力開発機構法の廃止法案 に関して,以下のような呼びかけを行っていらっしゃいます。 「独立行政法人雇用・能力開発機構法を廃止する法律案」本日閣議決定 厚生労働省は「独立行政法人雇用・能力開発機構法を廃止する法律案」を本日、同法案の国会提出について閣議に付議し、閣議決定がなされました。http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000000tudz.html なお、「独立行政法人雇用・能力開発機構法を廃止する法律案」の概要、同法案要綱が示されていますが、先ほど指摘した職員の募集・採用に関しても以前のママです。 こんな理不尽な法案については広く社会に訴えて、現職員の権利を守らねばなりません。 次に意見を厚労省に送るフォー[ム(?):森]が有りますので、お知り合いに送ってもらうようにお願
私の前任校は地方・無名・小規模・私立大学という「悪」(?)条件がいくつか重なっている割には,主に教員採用を中心とした就職実績の堅実さから,高校の進路指導主事の先生方からの信頼が厚く(←これ重要。ただし,この大学のことを知ってくれてる高校限定...orz),受験生からの支持を安定して集めており,入学者確保には比較的苦労しないで済んでいる大学であった。したがって,入試方式も「一般入試」「センター入試」「推薦入試(公募・指定校)」しか実施しておらず,「AO入試」というのは導入されていなかった。だから,私は日本の大学のAO入試の実態については現本務校に至るまで,実はかなり疎い。 そんなわけで,世界に冠たる日本の大学入試多様化の極北において,昨今,「AO入試講義型」という入試形態が誕生していることを,twitter経由でつい最近知ったばかりである。 いやこの辺り,ウェブ上で少し掘ってみただけでも,「
最近ブログのほうがつまんなくなっていた。いろんな理由が複合的に重なってるけど,こんなんじゃやり始めた意味がなくなるな。 なんかただの教育ブログ,研究(メモ)ブログになってきた。しかも自分にとっての「本流」でないものばかり(それが重要でないとか楽しくないとかいうのでは――もちろん――ないが,私の記憶が正しければ,たしか私の「本流」は「階層研究」だったはずだ)。そういうもののため(だけ)に始めたわけじゃないのに。 前任校では,必ずしも恵まれた境遇にいるわけではない学生たちが,それなりに懸命に学んだり遊んだりしている姿があって,それが余りにも正当に外へ伝わっていないことにいささかならず憤りを感じつつ,その姿に励まされつつある自分ごと伝えていきたいという原点があった。 4年前,ある高校――地方・私立・「底辺」高校,就学援助給付対象水準≒生活保護・要保護&準要保護水準世帯比率「(約)3割」,母子世帯
結局のところ,問題は,「教育の機会均等」の実質的な保障に関する方法論上の対立をどのように超克するか/しうるか,というところにある。実践上の課題――一斉教授様式/個別化・個性化教育学習――として,そしてまた,制度設計上の課題――単線型学校教育制度“内”機会均等/「単位制クレジット」による技能連携制度――として。 現在の私は,だから,異なる2つの主題を追っているのではなく,それらを同じ1つの課題として論述可能な地平をつくろうとしている,その途上にある(ということにしておきたい)。 田中萬年先生の議論は,後者――佐々木輝雄の所論――から発して,前者――「非教育の論理」――に突き抜けようとするところに賭ける。だが正直なところ,私の目には,それは途方もない賭けであるように映る。途中に突き破らなければならない思想的課題が,それも堅固な岩盤が陸続と連なっているように見えてならない。 そもそも佐々木輝雄の
むかし,いまから15年ほど前,その被差別部落は日本でも有数の大規模部落であったが,1990年代半ばのその時点で私がそこに行ったとき,その地区で現役の高校生は1人しかいなかった。中卒で働くか,高校に入学したとしても1学期のうちに退学するのが通例だったからだ。 「中卒で働く」とか「高校を中退」という事実に「貧困」がかかわっている,というのは正しいが,しかし,不十分である。ほぼ全員の教師も含めた地区外の人間からもたらされるさまざまな有形無形の差別,それを避けたいと思う心性――当然の心性――が複合的に折り重なってかれらを下層へと押し留める。規模が大きいだけに,そのような不愉快な「外の世界」との接触をもたなくとも,地区内に留まっても生活が――最低限の生活が――成立するがゆえの低進学状況であったかもしれない。 私が「職業訓練校」――高等学校,ではなく――に通っている/いた,という人間と直接の接触,面識
「最近の学生は勉強しない」「非常識だ(受講態度や勉学姿勢その他に関して)」「学力が低下している」「こんなこともできない」「あんなこともできない」...(以下省略)...とぶつぶつ言ってる大学教員がいた場合,ほぼ例外なく,その大学教員のほうこそ,まったく勉強(=研究)しておらず,研究=教育者として非常識で,学力が低く,無能である――ということを,私は数年間の大学教員生活でのゆるぎない確信として獲得した。 昨日もちょっと他人のついーとを見ていてうっかりスイッチが入ってしまった。学生のレポートにおけるコピペをめぐって「過剰に神経質」になる大学教員に対して,である→http://twitter.com/mnaoto/statuses/17389074009。「過剰に神経質」というのは,そういうコピペレポート防止にむけてその教員がとっている対策が,たいていの場合ほぼ無意味であり,非生産的で,かつ,学
たぶん5,6年ほど前に何かの拍子で書き留めていたメモ。パソコンの中身の掃除してたらでてきた。参考文献は,まあ,雰囲気で,ね。 日本社会に〈20世紀教育‐社会システム〉とでもよぶべきものが措定できるのではないか。そのシステムの形成と変容のプロセスにおいて顕在化した現象の顕著さと画期の明確さとにおいて,近代学校教育制度の輸入元であった欧米先進諸国のそれをはるかに凌ぐのではないか。だとしたら,それはなぜ,どのようにして可能であったのか。また,近年指摘される日本の教育‐社会の実態についての地殻変動はこのシステムが根本的に変質し次のフェイズへと移行しつつあることを意味するのか,それとも,これまでにも経験されてきたシステム内調整過程の一環にすぎないのか――近年の教育社会学の研究蓄積は,そうしたことを考えさせる。 このシステムは学校教育を連結基として,あまねく大衆から人材を吸収し,あるいは少なくともそう
ふたたび田中萬年先生よりお送りいただきました。佐々木輝雄職業教育論集・全3巻,多摩出版,1987年。 金子さんが「それにしてもこんな天才的な学者の研究を知らなかったとはまったく自分の不明を恥じ入るばかり」とまで評する研究者の論集である。萬年先生のホームページ(ブログ)で「申し出てくれたらお安くお送りしますよ」との呼びかけがあったのに無邪気に反応してお願いしたら,ほとんどタダのようなことで(しかもお手をわずらわせてまで)お送りいただいた。ありがとうございます。心して勉強させていただきます。 また,あわせて萬年先生からは「佐々木輝雄と「教育刷新委員会」研究――氏の『教育学研究』誌投稿論文の不掲載をめぐって」1998年4月,という(私家版であろうか)萬年先生ご自身がまとめられた資料集もお送りいただいた。 こちらはすごいブツである。 先生からは「大した編集になっていませんので,おじゃまな時は廃棄し
職業教育や職業訓練が重要であることは論をまたない。人は一生教育制度・訓練制度のなかに閉じこもったまま生涯を終えるわけではなく,ほぼすべての人は,いずれ「社会に出る」という名の職業への移行をはたすわけであるから。にもかかわらず,戦後日本の教育論議や教育政策において,それが不当に低く評価されてきたのだとしたら(いやされてきただろう),それは正さなくてはならない。 教育社会学において,そうした議論の先鞭をつけ,今現在その議論のトップランナーであり続けているのは,いうまでもなく本田由紀さんである。『教育の職業的意義』(ちくま新書,2009年)はそんな本田さんの議論のエッセンスを一般向けに書き下ろした渾身の一冊である。「職業的レリバンス」論の提出というのは,教育論議や政策提言への貢献という面で意義があるだけでなく,アカデミズムにおける教育社会学という一つの学問領域にとっても,「選抜・配分」系の研究が
もともと新聞はとっていないし,引っ越してからはテレビもつないでいないので,宮崎県での口蹄疫拡大続発のニュースがマスメディア上でどの程度のウエイトで報道されているのか,今ひとつピンときていないのですが,宮崎は個人的に縁のある土地でもあるので気になっていました。 宮崎大学農学部獣医学科(とくに獣医衛生学研究室が中心だと思うのですが)が防疫業務に奮闘中です。下記ホームページにて現状報告と広報,要望と指示など,非常にバランスのとれた分かりやすい内容となっています。 宮崎大学農学部獣医衛生学研究室のホームページ 詳細は直接↑ページにてご確認いただきたいのですが,私なりに一部抜粋して以下に記します(太字は森によります)。 早期解決のために皆様のご理解とご協力をお願いします。 宮崎大学農学部獣医学科では、教員、研究員、研究生、大学院生、学生が一丸となって、口蹄疫防疫を応援し、早期の清浄化宣言できるよう努
連休中は故あってフーコーの精読をしておった。思ったよりもはかどらなかったが,いたしかたない。当分,この作業を続けないといかんだろうなぁ,と思う。いま思い立ったが,いっそのことこれからは「遅れてきたフーコディアン」を名乗ろう......かと思ったがカッコ悪いのでやめておく。 前回,頭がまわらないまま書きつけていたエントリを連休中は放置しておりました。読み返すとずいぶん勝手なことが書いてあるので,もしかして教育学各方面には大変失礼をしているのんじゃないかとも思うのですが,事実誤認や不当な評価の点など目につかれましたら,できればコメント欄にてご指摘いただければと思います。そのほうが他の読者の方にも有益ですし,そもそもそれがブログという手段を用いている所以でもあります。 で,そういうご指摘があるまでは訂正はしないことにしますが,一点だけ,最後根気が切れたところでの文章のつながりに不十分な点があった
ゆっておくが,これは教育学「もどき」の書きなぐったメモである。 昭和42(1967)年に諮問され昭和46(1971)年に答申が出された中教審の「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」,いわゆる「四六答申」といえば,1990年代初頭までの(左派的←以後略)教育学の超ホットテーマであった。ここにその後の――中曽根・臨教審から90年代後半以降の矢継ぎ早の教育改革の源流があるというのはその通りであろう。アイデアとしてはすでにここに尽きている。教育の「多様化」「個性化」の文字もすでにこのときに登場している。その限りでは,現在に至る教育改革の怒涛の進展を,「中曽根・小泉ラインからの新自由主義という流れで現在の教育改革を捉える通俗的理解がまったくの誤りである」というのはまったく正しい(だって,たしか四六答申のときに「第三の教育改革」っていう臨教審のキャッチフレーズがすでに使わ
突然ですが,以下の要領において研究課題の公募をいたします。森個人による私的公募です。研究会全体によるものではありませんので,その点銘記してください。 今年度から3年間にわたって,広田照幸(日本大学)教授を代表とする共同研究「社会理論・社会構想と教育システム設計との理論的・現実的整合性に関する研究」がスタートします。 そのなかの「戦後の社会構想イデオロギーと社会・教育の変化の検討」という枠での研究課題を公募します。具体的な内容は以下に掲げる「応募呼び掛け文」を参照してください。 応募資格 応募資格は以下の通り。 (1)大学院博士課程在学以上。それ以外に年齢上・所属上の制限はなし。 (2)日本語による研究上のディスカッションに支障のないレベルの日本語能力。 (3)今後3年間で当該テーマにもとづく1回以上の学会報告(口頭発表/ポスター発表,国内/国外を問わず)と1本以上の学術論文(科研費報告書以
ずいぶん長く部屋を空けていたので,くだらない話題で調子を戻しましょうか。 3月26日から28日にかけて,メンバーシップ制のある(らしい)若手部会のも含めて比較教育社会史研究会なるものに行ってきた(←いやこれはくだらなくないよ,このあとの話が,ですよ,いやまじで)。 とはいえ,身辺のバタバタ感満載のど真ん中の日程だったので,全部のイベントを消化できたわけではない。またしてもイスラーム圏セッションには出そびれた。若手部会のも含めて懇親会にも出そびれた(その割には最終日終了後にはなぜか「反省会」なる内輪の飲み会には出ていた。しかも「教え子」込みで)。 研究会は面白かった...けど,その話はおいといて。 私が出そびれた27日後の懇親会では,ありがたいことに(というべきか何というべきか),不肖,私の話題も飛び出たらしく,なかにはここの部屋の落書きを読んでくださっている方もお一人ならずいたという(←伝
最初に言うとくけど,長いよ,今回。 至民中 北陸本線・福井駅から南西に7キロ弱,車で20分ほど走り,人家や商店街,街道沿いの大型店舗などから離れて田んぼが広がるなかを少し行くと小高い丘陵のふもとまで来る。その里山の尾根部分の斜面を削って平地にしたところに真新しい校舎が建てられ,削り取った土砂を接する谷部分に埋めることでできた隣の敷地にグラウンドを設けてある。これが2008年3月に新校舎建設によって新たに誕生した福井市至民中学校である。これから述べるように校舎新築にあわせて独自の教育実践研究を取り入れた学校として生まれ変わっていることもあって,新生・至民中学校とか,新・至民中学校とか呼ばれることも多い。 旧校舎は人家や商店街・大型店舗がある地域の真ん中にあったのだが,オープンスクール建築にすることもあり,周辺には水田と丘陵以外には何もない里山にまで移転し新築開校したわけである。当然,生徒たち
※しばらく,このエントリをトップに置くことにしました.新しいのは下にきます.ご了承ください.※ お蔵出し. 識字と読書―リテラシーの比較社会史 (叢書・比較教育社会史) 作者: 松塚俊三,八鍬友広出版社/メーカー: 昭和堂発売日: 2010/02メディア: 単行本購入: 1人 クリック: 64回この商品を含むブログ (9件) を見る比較教育社会史研究会2010年春季大会の2日目に合評会が予定されている松塚俊三・八鍬友広編『識字と読書――リテラシーの比較社会史』(昭和堂,2010年2月刊行予定). この著書につながる比較教育社会史研究会「識字と読書」セッション立ち上げ時の模様をレポートした小文.たまたま依頼があって寄稿した.題名は「セッション2『識字と読書』に参加して――『読むこと』『書くこと』の社会史の問題領域」『比較教育社会史研究会通信』(第4号,2-4頁,2005年5月).近いうちにど
松塚俊三・八鍬友広編『識字と読書――リテラシーの比較社会史』(昭和堂,2010年). この本は多くの人びとに読まれるべき本となろう.まだはまぞうで検索してもでてこない.2月刊予定である.出版社のホームページから入っていくと章立てのみ公開されている.↓下に転載した. さらに言うと私はこの本の中身は未見である.だが,この著書にまとめられるもととなった比較教育社会史研究会の「識字と読書」セッションの諸報告,とくにその最初の立ち上げのときの鮮烈な印象は,いやがうえおう(←日本語っ!1/19)にも期待を高める.そのときの模様レポートとあわせてお読みいただければ. さて... この本を読むことをつうじて読者に「生きること」と「読むこと」「書くこと」とのつながりについて思索をめぐらしてもらえるなら,編者にとってなによりのこととなろう. わたしたちの思考や感覚,感情のあり方は,すでにわたしたちが用いている
教育社会学の教科書をひも解けば,教育社会学が分析の対象とする(学校)教育の社会的機能として「社会化」機能/「選抜・配分」機能/「正当化」機能の3つが挙げられている(か,前2者のみが挙げられている)だろう。そのうち教育社会学の発展の原動力となったのは,明らかに「選抜・配分」機能を問題とする研究の蓄積である。 とくに日本においては「学歴社会論」という独自の言説領域が生成・発展したことが特記される。また,90年代前半には日本の選抜・配分研究の2つの集大成が刊行される(苅谷剛彦『学歴・職業・選抜の社会学』(東大出版会,1991年)と竹内洋『日本のメリトクラシー』(東大出版会,1995年))が,これらは国際的にみてもまったく遜色のない日本の教育社会学の到達水準を示したものだといってよい。 言葉を換えていえば「教育と社会階層・社会移動」研究の発展である。あるいは,教育機会・職業機会の開放性/閉鎖性,さ
↑まあ,「個性(化)」とか「自由(化)」という言葉をどういう意味で用いるか,に依存するわけだが。 昨日,日本の個別化・個性化教育のメッカ(?)愛知県東浦町にある小学校まで出向き,研究授業(というのとも若干違う趣旨の授業公開だったんだけど)を見た。 1970年代半ば以降,日本では東海地方を中心にオープンスクール運動を起点としてアメリカの個別化・個性化教育の理念と実践が本格的に紹介・導入され,90年代以降は教育政策上も新学力観への転換や「総合学習」の設置といった形で実現・定着したといってよい。 ところが,近年はこの個別化・個性化教育には強烈な「逆風」が吹いている。「学力低下」論議は,実証的な根拠も欠いたまま(←というのは二重の意味で。学力が本当に/どの程度「低下」したのか,という検証が不十分であった点と,“「低下」したとして”それは本当に教育における「個性(尊重)化」が原因なのか,という検証が
鳩山首相が山梨県での自治体首長との懇談後,首長側からの要望を受け,給食費滞納世帯については未納分を「子ども手当」から天引きする形で対応する方向で法案を見直す可能性に言及したようです。 私は長期的には,「生まれてきた以上,〈生まれ〉によらずどんな人間にも教育を受ける権利が保障されるべき」という理念を具体化する制度として,親にではなく,すべての子ども本人に対して直接に一律の生涯就学費用が給付される制度は実現されてよいと考えています(そのような給付金の(私が考える)理念上,「子ども手当」という名称はまったくもって不適切なのですが)。 けれども,短期的にみて,子ども手当の一律給付が現時点での最優先政策課題であるかどうかについては個人的にも疑問の残るところです。まずもって景気の回復と雇用情勢の維持・確保という課題への有効な対策がうたれるべきではないでしょうか。現在は,税収の急激な落ち込みにどう対処す
高原基彰(2009)『現代日本の転機―『自由』と『安定』のジレンマ』日本放送出版協会. いただいてからずいぶんほっぽってたので(すみません)... 「73年の転機」以降を「現代日本」と把握する見方というのは“あり”かもしれん. 国際的に普遍的な動向と日本に固有の歴史的文脈とを分節することで,「73年の転機」以降の「福祉国家から新自由主義へ」という国際的な潮流に反して日本ではいくつかの政治的・思想的な「ねじれ」が発生したことを歴史的に跡づけ,オルタナティヴな社会構想が見当たらない閉塞した現在の日本の政治的・思想的現状に風穴を開けようとする意欲作. 著者によれば,戦後日本を規定した3つの社会構想は,むしろ「73年の転機」以降にこそ政治理念としても社会制度としても完成をみる.これが日本に固有の歴史的文脈を形作る.さてその3つの社会構想とは,「自民党型分配システム」「日本的経営」「日本型福祉社会」
以前こちらでご紹介した「林竹二」と,それを導きの糸とする東大教育学部の「西洋教育史概説」を講じておられる川本隆史さん.なんとびっくり,その川本さんご本人から「林竹二」関連その他の諸論考をご恵送いただきました.(実は頂いてからだいぶ間があいてしまっているのですが,)ありがとうございます. なかでも林竹二への言及もある「経験・抵抗・理性―三人の《どう生きるか》に学ぶ」(『慶応義塾大学教職課程センター年報』第16号(2005年度))と,「格差原理・デモクラティックな平等・租税による支えあい―“溜め”のある社会をめざして」(日本哲学会『哲学』第60号(2009年))が個人的な関心とも近くて,興味深く読ませていただきました. さて,「林竹二」である. 川本さんから頂いたもの↑は講演記録を活字化したもので,「林竹二」との出会いについてもざっくばらんに語られています(「3.理性をもつことと学び=変わるこ
さて,進学から就職までのプロセスをどのように経験したかは,その後の人生に大きな影響を及ぼす.客観的な社会移動の軌跡に影響を及ぼすというだけでなく,最近の研究では社会に対する信頼感や価値観にも影を落とすことなどが実証的に明らかにされているらしい(←伝聞形). 戦後日本に検討の対象を限定すると,そこで起こったもっとも重大な社会的変化は,農民層の急減とそれ以外(第二次産業や第三次産業の従事者,とくに戦後の後半からは後者)の増大ということである.農村人口が過半数の社会から高度に発達した産業資本主義社会へという変動の中核に「農民層分解」という現象がある,というわけ. 言い換えると,戦後日本の社会は「農家出身」の「非農民」の増大によって成長していった社会だということで,そこが考察のポイントとなる.「農家出身」から“どのように”「非農民」になったか.野中氏も農家出身者だし. ここで戦前期まで射程をのばす
「野中広務」という存在は「戦後日本」を理解するうえで有効な切り口になりうると思う.以下,備忘メモ. 昭和初期〜戦時体制下で少年期を過ごす(1925〜1945). この時期の彼の履歴で重要なことは,旧制中学に進学したという事実と,中学卒業後,進学ではなく「国鉄」に就職したということだと思う.なんだか「国鉄」にこだわりすぎ,と思う人もいるかもしれないが,私にはここがきわめて重要であるように思う.ここに彼の最初の「被差別体験」がどの程度影を落としているか,などといったことはさしあたり閑却するとしても,だ.彼が国鉄に就職した理由として,自伝でもこのあいだのシンポでも語っていた理由(「公開」されている理由)は「脚色」(完全なウソではないが,勘所の真実をあえて外した理由)だと思う. 敗戦後直後の混乱期(=職場から青年男性が払底し,きわめて異例の「出世」が可能となった歴史的背景)に“あの事件”を経験する
野中氏の政治家としての達成や歴史的意義,ということにはさしあたり触れず,そして,彼の「出自」についても,通常注目される意味でのそれにはさしてウエイトを置いていない視点がどこに向けられているのか,ほとんどの人には意味不明でしょうが,一応,彼の社会移動の軌跡と政治家としての行動原理との関連性=有意味性,に向けられている,っつうことにしておきましょう. 社会移動の軌跡と社会意識との関連性といったテーマは,50年代,60年代ぐらいまでは社会移動研究において国境を越えてその重要性が認められていた領域ではなかったでしょうか.日本では言わずと知れた社会移動研究の金字塔,安田三郎(1971)『社会移動の研究』(東京大学出版会)など. 現在では個別研究のテーマとしては存在しても,まとまった研究領域として成立しているとはちょっと言い難い.社会意識論そのものが(吉川徹さんなどの最近の試みを除けば)退潮してしまっ
Hiroshi Ishida & David H. Slater(eds.), Social Class in Contemporary Japan: Structures, Sorting and Strategies(Routledge, 2009.11) キタ!...ってか出た! Social Class in Contemporary Japan: Structures, Sorting and Strategies (Nissan Institute/Routledge Japanese Studies) 作者: Hiroshi Ishida,David H. Slater出版社/メーカー: Routledge発売日: 2009/10/16メディア: ハードカバー購入: 2人 クリック: 45回この商品を含むブログ (5件) を見る目次: 1. Social class in J
事業仕分け,花盛り.仕事柄,科学研究費関連のあれやこれやの議論などを中心に散見.「国民の前で議論を公開する」と言われましても,そもそも,なぜ,他ではない「この」事業が仕分けの対象として選択されたのか,の部分や,仕分け人から繰り出される疑義や意見に対する「利害関係者」からの応答・反批判等々に割かれる時間はそもそもないか,あるいはあまりにも不十分なので,「議論」ではなく「裁定」だけが「公開」されているんじゃないですかという,まあほとんどこの程度の素朴な感想に尽きる. 「議論」が公開されているというよりは,「議題(に決定したあとのもの)」から「議論の入り口(と考えるべきもの)」(←その実,相当程度最初っからあったとおぼしき「議論の結論」(?))のところだけが公開されてる感じ? 公開すべき「議論」というのは,第三者=事業仕分け人からの疑義や意見(そのなかには相当程度真っ当なものももちろん多く含まれ
次のページ
このページを最初にブックマークしてみませんか?
『もどきの部屋 education, sociology, history』の新着エントリーを見る
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く