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パリ五輪
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なぜ「飛行体」でなく「飛翔体」なのか? - もじのなまえでの怒りのメッセージを受信。「飛翔体」と共に球春到来 - 日本語練習中で「防衛関係の用語で「飛翔体」といふ語句が元々何等かの形で存在したんぢゃなからうかといふ想像」と述べられており、私もそう思ったので国立公文書館 デジタルアーカイブやアジア歴史資料センターを引いてみた。 そうしたら「飛翔体」は、“郵政省>電波技術審議会関係>電波技術審議会配布資料1-3 (1)”という階層の「報告草案546 (Rev. 76) に対する改訂提案 レーザを用いた飛翔体の姿勢決定システム」という平成12年の公文書しか見つからなかった。 一方「飛翔」という単語はたくさんひっかかるが、そのほとんどが戦前の軍事関係である。今回の事件に関連しそうなものとして、例えば昭和12年8月17日付の「情報委員会八・一七 情報第五号 外国無線局発信電報 一、上海 (XRA)
漢情研メルマガの最新号に、「絵文字のUnicode化への中国提案」という題のごく短いコラムを書きました(スクロールした下の方)。 しかし、我々の後ろめたさに反して、中国はむしろこのような絵文字のあり方に関心を持ったようだ。個人レベルでのコメントではあるが、中国側が関心を示したのは、ランドマークや企業ロゴ、製品規格などの絵文字である。富士山の絵文字があるなら万里の長城の絵文字も、i-modeの絵文字があるなら TS-SCDMA の絵文字も、DVDの絵文字があるなら次世代DVD規格の“レッドレイ”の絵文字も、といった具合に、絵文字の拡張追加提案をするようなそぶりを見せ始めたのだ。言うまでもなく、この発言の背景には、Unicodeという規格を媒体にした自国文化、自国製品の広報という意図が垣間見えるのである。 ご笑覧ください。 万愚節です。すいません (^_^;;
monodoiさんの顔文字ならぬ文字顔! - はかとも(無縁彷徨)が、記憶の底にあった問題意識を思い出させてくれた。侍戦隊シンケンジャーは、各メンバーの属性が漢字一字(モヂカラ=文字+力?)で表されており、かぶり物の顔の部分に漢字が書いてある(五行説と一字違いなのが気になる…新メンバーに“金”とか“地”とか来るかな? 裏シンケンジャー設定で「邪」とか「死」とかもおもしろい)。筆で漢字を書くことで変身したりメカを呼び出したりして、ちびたちの教育上非常によろしい (^_^;; のであるが、(絵)文字研究のネタにも使えそうなのでこれは毎週観る必要がありそうだ(ロボ=折神の動きがしょぼいのが気になるが (^_^;;)。 数年前、“Surface or Essence: Beyond the Coded Character Set Model.”という論文で、文字絵の問題について少し考えたことがある
「第2回ワークショップ: 文字 ―文字の規範―」において、「携帯電話の絵文字のUnicode登録をめぐる議論の動向」という題でしゃべってきた。その時スライドに書いたりしゃべったことを、以下にメモしておく。 はじめに 問題の所在 2008年12月、Googleが日本の携帯電話の絵文字をUnicodeに登録するための提案を発表したところ、Unicodeのメーリングリスト上で激論が発生した(1ヶ月で600通超)。この議論の中で、しばしば反対意見の中で「規範」を持ち出した意見が出ていた。したがって、本ワークショップのテーマである「文字の規範」を考えるネタとして、おもしろいのではないかと思う。 おことわり 以下の議論の概観は、メーリングリスト(Unicode Public Email List、Google グループ)をもとにしているが、細かい議論を端折ったり、時間が離れた議論をくっつけたりしている
研究用メモ&現実逃避ネタ。以前シュメル神話の世界 - もろ式: 読書日記というエントリで、漢字の起源に関する仏教系の異説についてちらっと紹介したが、それが書いてある道宣『律相感通伝』*1の該当箇所を超訳してみた(間違いがあったら、ぜひご指摘下さい)。この書物は、道宣という唐代の有名なお坊さん(『続高僧伝』という仏教史書を書いたり、『四分律』の注釈書を著して東アジアの律宗の創始者みたいになった)が、晩年に怪しいビジョンをたくさん見た記録をいくつか残しているのだが、そのなかの一つである。この書物では、天人が現れて、道宣の質問に答える形で中国仏教史跡の由来の話などをしてくれているのだが、その中に漢字の起源についての話も出てくる。 最初に道宣はこんな質問をする。 私(道宣)は(天人に)問うた。益州成都の多宝如来の石像が、地面から湧出したのはいつの時代か?と。 (ヤッターマン風に)解説しよう。多宝如
2月7日、国立国語研究所で開催される下記のイベントでしゃべります。 プログラムはこんな感じ: 13:15-13:30 基調報告 當山日出夫(立命館大学グローバルCOE) 「景観文字と字体規範−「祇園」のその後−」 13:30-14:00 発表(1) 小形克宏(フリーライター) 「表外漢字における略字体の普及と衰退」 14:00-14:30 発表(2) 小池和夫(築地電子活版) 「JIS X 0213 漢字の選定規準とその問題―JIS X 0213では漢字の選定については,区点位置詳説を掲載していない。選定にあたってはWGで長時間の議論が行なわれたが,最終的に選定の規準を確定することはできなかった。十年一昔というが,選定から10年を経た今,選定にあたってWGでどのような議論があったのか,いくつかの実例を示して検証してみたい。―」 14:30-15:00 発表(3) 狩野宏樹(イワタ)
石井公成さんより、聖徳太子関連の新聞コラムのコピーと論文抜き刷りをご恵贈いただきました。ありがとうございます。 石井公成「聖徳太子論の見直し」(1)〜(10)(『佛教タイムス』第2327〜2336号、2008年10月9日〜2009年1月1日) 石井公成「三経義疏の語法」(『印度学仏教学研究』第57巻第1号、2008年12月) 後者については、下の「(7) 三経義疏は中国製か」と内容がかぶるし、そのうちネットで読めるようになるので、前者について簡単に梗概をメモっておこう(以下のメモでは、石井さんの発言と私の発言が混ざっているので注意)。つっこみ大歓迎(私の勉強になるので (^_^;;)。 (1) 聖徳太子はいなかった? シリーズ全体の導入:「実在したのは厩戸王という一人の王族にすぎず、聖徳太子と聞いて頭に浮かぶような聖人のイメージは、720年に完成した『日本書紀』の最終編纂段階で作り出された
卒論の添削を二本送り返した。けっこうしんどいなぁ。ぜーぜー。まあ、添削依頼が来なけりゃ来ないで気を揉むんだが。 ところで、Emoji: Public Review December 2008 (Unicode Symbols)が公開され、12月18日に同名のメールがUnicodeのメーリングリストに流れて以来、すでに200本以上のメールが同メーリングリストに流れ、議論が盛り上がっている。ちなみに日本人の投稿者は多分ゼロ*1。自分のことを棚に上げて言えば(いずれコメントすべきことがあったらしてみたいと思ってるけど)、日本発の絵文字のUnicodeへの登録がGoogleによってなされ、日本人以外の人々によって盛んに議論されているこの現状は、たいへん興味深い。 この間の議論を見ていると、いくつかの論点がある。大きな論点としては: 特定のランドマーク(富士山、東京タワー、自由の女神など)や特定の国
id:monodoiさんのお誘いで、比較日本文化研究会の大会テーマ「おたく文化―森川嘉一郎氏をむかえて」 - 比較日本文化研究会に参加した。森川嘉一郎氏による「おたく文化研究の諸問題」という講演とディスカッション。氏のユーモア溢れるプレゼン能力の高さに感心する (^_^;; お話の前半は、森川氏の著書『趣都の誕生』*1のおさらいみたいな感じ。中盤で、日本の歴史における「外圧」と固有文化の成立についての議論が出る(遣唐使などを通じて中国の先進テクノロジーが入っている時期が「外圧」、それが終わってしばらくすると『源氏物語』や神仏習合などの日本固有の文化が醸成される、みたいな話)。『趣都の誕生』もそうだが、森川氏のこの大局的な議論のしかたは――神仏習合って最近中国起源説が盛り上がってるよな〜とか思いつつも――建築学特有なのかな〜と思いながら聞いていた。実際にビルとかを造ったり都市設計をしたりする
ゲーム脳とフリーメーソン - もろ式: 読書日記 のコメント欄に、クリエイティブ・ライティングのネタとして「前やろうとしてうまくいかなかったんですが、Wikipediaに投稿+メンテという課題とかはどうでしょう」と書いたら、2008-11-18 - 森猫日記 - Wikipediaグループでいろいろコメントをいただいた。いろいろ失敗例もあるとのことで、とても参考になる。先の安易な発言については反省。コメントをいただいた方々には感謝。 ところで「Wikipediaに投稿+メンテ」というのは私が思いついたことではなくて、私が担当しているゼミ用のブログ情報歴史学研究室: Wikipediaは信頼できるか?という問いかけで「ゼミの課題として、まだ存在しない Wikipedia のエントリを学生がそれぞれ一つずつ作成して、それを1年間メンテナンスし続けるなんてのはどうでしょう」という提案をしていただ
※ 以下の文章は、花園大学の授業「情報と社会」の補足みたいなもの。表象としてのコンピュータ(表象としてのコンピュータ (1) - moroshigeki's blog、表象としてのコンピュータ (2) - moroshigeki's blog、「表象としてのコンピュータ」に関するアンケート - moroshigeki's blog)関連。 下の図は、『ゴルゴ13 144巻 神の耳エシュロン』の24ページである。 ゴルゴ13 144 (SPコミックス) 作者: さいとうたかを出版社/メーカー: リイド社発売日: 2007/04/05メディア: コミック クリック: 7回この商品を含むブログ (10件) を見る 右上のコマに高速道路を走る自動車が描かれており、それを「撮影」しているカメラがずーっと引いていき(左上)航空写真のようになって(右下)最後に人工衛星が描かれる。前後を読めばわかるが、こ
情報歴史学研究室: 「展示と来館者をつなぐ」ことの難しさ以来、“ニコニコ展示”について考えている。ニコニコ展示とは、ニコニコ動画の博物館版みたいなもので、博物館の展示に対する複数の人(展示する人/展示される人/展示を見る人)がコメントを共有できるようなシステムである(展示アノテーションシステムと言ってもいいかもしれない)。 ポイントはいろいろあると思うが、重視する点のひとつは面倒ではないこと。言い換えれば、ニコ動にコメントを書き込むのと同じぐらいの気軽さでコメントが残せること。展示物にペンで落書きをするわけにもいかないし、また展示物のそばにキーボードが置いてあっても誰も触らないだろう。だから、ヘッドセットのスピーカー&マイクを使った、音声によるコメントというのはどうだろうか(下図)。 このヘッドセットにはBluetoothかなんかがついていて、装着者=鑑賞者が展示物に近づくと、以前そこで展
id:moroshigeki:20070517:1179329544によせられたコメント(特にid:chinoboxさんのコメント)に対するお返事。コメントありがとうございます。ここんとこ、ちょっと体調悪くて(下痢してました)遅くなってしまいました、すいません。あのコメント欄に続けて書こうと思いましたが、右の図を載せたかったので別エントリにします。 chinoboxさんが我孫子武丸氏の「少女たちの戦争」や三浦俊彦『虚構世界の存在論』を引きつつ、 これは安直な価値相対論ではない。メイクビリーヴの同心円の外に立って、絶対的真偽の判定を下したり、逆に超越的に価値の多様性を唱えたりすること、それ自体を不可能なことといったん認めてしまう立場です。萩原の論理は、ミラーサイドの物語を虚偽と見なしてそれを「真実の物語」で置き換えるのではなく、ミラーサイドも友情も恋愛も、すべての物語が物語ということでは等価
花園大学での「情報と社会」という授業と、大谷大学(非常勤)での「人文学とコンピュータ」という授業で、以下のキーワードを知っていますか?以下のサイトを利用したことがありますか?というアンケートをとってみた(対象は文学部と社会福祉学部の1〜4回生)。この二つの授業では、一部同じテーマ(表象としてのコンピュータ)についてしゃべるのだが、そこで出てくるキーワードやサイトについてどれくらい知っているのか、あらかじめ知っておきたかったからである。結果は以下の通り: キーワード 知っている 聞いたことがある 知らない 合計 表象、表象文化論 4 17 66 87 エシュロン 2 4 82 88 パノプティコン 0 4 83 87 ユビキタス 7 45 36 88 スモールワールド理論 1 6 81 88 GNU 2 4 81 87 オープンソース 7 35 46 88 Creative Commons
『捏造された聖書』 - leeswijzer: boeken annex van dagboekで紹介されているのを見て読んでみたが、なかなかおもしろい本であった。 捏造された聖書 作者: バート・D.アーマン,Bart D. Ehrman,松田和也出版社/メーカー: 柏書房発売日: 2006/05メディア: 単行本購入: 5人 クリック: 40回この商品を含むブログ (22件) を見る スキャンダラスな、あるいはオカルトな連想を招く邦題であるが、原題はMisquoting Jesus: The Story Behind Who Changed the Bible and Why (Plus)で、書いた人はバリバリの文献学者。本の内容も、聖書の伝写とそれを復元しようと試みた聖書学者のお話。全体として著者の立場が「テキストを読むということは、必然的に、テキストを改変するということなのだ」(p
昨日届いたのでまだ読んでないが、とりあえずご紹介。 文字はこうして生まれた 作者: デニスシュマント=ベッセラ,Denise Schmandt‐Besserat,小口好昭,中田一郎出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2008/05/28メディア: 単行本 クリック: 4回この商品を含むブログ (5件) を見る 物品の出納管理に使われたトークンと呼ばれる粘土製の計算具が、文字(楔形文字)の起源であると主張する本の翻訳。コンプレックス・トークン→線描絵文字→楔形文字という発展の仮説を提示している。従来の絵(具象)から文字(抽象)ができた(絵文字→アルファベット)という仮説をくつがえすような仮説、なのかも(読んでないのでわからない)。文字の起源が会計システムということで、翻訳をしたのは会計学の先生である。原書はこれ: How Writing Came About 作者: Denise Schm
ニコニコ動画とか初音ミクとかの発表があると聞いて、行ってみた。とは言え、午前中は花大でミーティングがあったので第1セッションは聞けず、第2セッションから。ポートアイランドは遠い。明日もあるみたいだが、授業があるので参加は無理。会場で江渡さんに久しぶりにお会いできた。 同じ情報処理学会の研究会と言うことで、ついつい本拠地?のSIGCHと比較してしまう。CHについては最近ARGの岡本さんが研究会文化の違い−情報処理学会 人文科学とコンピュータ研究会第78回研究発表会に部分的に参加してと題して批判していただいたが(有り難い)、音楽情報科学研究会も同じ感じであった (^_^;; 進行がぐずぐずになるのは、私も人のことが言えないのだが (^_^;; さらに言えば、初音ミクが好き/ニコ動が好き/DTMが好きだから研究テーマにしてみました、みたいな発表が散見されたが、これもCHに似ているところかもしれな
今日、Glyph-on!というソフトウェアを開発しているハイパーワークスの阪田さんとお話をする機会があった。私が少し関わっているCHISEとかGlyphWikiなんかに興味を持ってらっしゃるとのことで、いろいろ楽しい話ができた。Glyph-on!はCSS3のリモートフォントと似たような技術で、サーバサイドのフォントをブラウザで表示しちゃうことができ、縦書きなどにも対応している(詳しくはリンク先を見よ)。漢字文献の電子化なんかに使える技術かもしれない。 話の中で、ふりがなは日本の文化っすよねーみたいな話になったのだが、そこでふと思ったのが、ニコニコ動画のコメントは江戸時代以来のふりがな文化を一部継承しているのではないか、ということである。江戸時代の書物にはふりがなの方がむしろメインで、本文がサブ、みたいなものがあるが(特にエロ系 (^_^;;)、こういうのは注釈というよりもパラレル・テクスト
うう、新年度が始まってしまった…。 春秋社のシリーズ現代哲学への招待はなかなか魅力的なラインナップなのだが、最近出たこの本は、私にとってかなりストライクゾーンな感じである。 穴と境界―存在論的探究 (現代哲学への招待) 作者: 加地大介出版社/メーカー: 春秋社発売日: 2008/03メディア: 単行本 クリック: 117回この商品を含むブログ (24件) を見る まだ読んでないので (^_^;; とりあえず目次をあげておこう。 はじめに 第1章 存在のかたち 現代形而上学をとりまく事情と存在論 三つの現代的カテゴリー論 チザム ホフマンとローゼンクランツ ロウ 現代哲学における「存在論的転回」 第2章 穴 穴は存在するか 穴は回るか 穴とは何ものか(1)―物体としての穴 穴周り説 サイト説 穴とは何ものか(2)―欠如としての穴 否定的部分説 欠如体説 穴とは何ものか(3)―依存的対象とし
「キャラクター・身体・コミュニティ〜第2回人文情報学シンポジウム」から1週間がたった。何らかの形でレポートせねばと思っているが、新年度も始まりそうだし、いつになることやら。そんな中、小形さんがレジュメ等を公開している*1。私の発表がそもそも雑駁な議論であることは充分承知しているし、シンポジウム当日にもいろいろつっこまれたので恥ずかしいこと極まりない (^_^;; が、私もレジュメ公開したいと思う(ただし、当日配布したものから、少し表現を変えているところもある)。 甚深にして微細な阿陀那識は、奔流のように一切種子として転じる。 ādānāvijñānagambhīrasūkṣmo augho yathā vartati sarvabījo/ (玄奘訳)阿陀那識甚深細……一切種子如瀑流*2(『解深密経』巻第一) 1 はじめに 伊藤剛氏が『テヅカ・イズ・デッド』*3で提示したキャラ/キャラクター
私が『花園大学文学部研究紀要』で真っ先に読むのは、いつもだったら彙報なのだが (^_^;; 今回はちょっと楽しみにしていた以下の論文があったので、そこから読んだ。 橋本行洋「『大漢和辞典』編纂資料としての『新撰支那時文辞典』(『花園大学文学部研究紀要』第40号、2008年3月) 筆者の橋本先生によると、「本稿は、諸橋轍次『大漢和辞典』の辞書史における位置づけを試みる一例」との由。諸橋『大漢和辞典』編纂時の典拠としてはいろいろあげられるが、この論文では従来とりあげられてこなかった長澤規矩也編の手帳サイズの辞書『新撰支那時文辞典』が、語彙典拠のひとつであることを指摘し、またそれが編纂の最終段階で採用されたことを論証している。マ…マニアックすぐる (^_^;; 私の周りには漢和辞典LOVEな人が多いが (^_^;; その筋の人で読みたいという方はご連絡下さい。 【追記 (10:59)】せっかくだ
文字や文字コード、フォント関係の議論であまり指摘されていない気がするのでメモ的に書いておくと、GEB*1で有名な自己言及ヲタのホフスタッター師は、あまり有名じゃない?『メタマジック・ゲーム』*2のなかでクヌース先生のMETAFONT論文の批判を行っている。特に第13章「メタフォント、メタ数学、そしてメタ思考」とその周辺。 クヌース先生の本*3もホフスタッター師の議論もちゃんと読んでないので単なるメモなのだが、クヌース先生は、 ありとあらゆる「A」という文字の形の下に唯一究極的な抽象形「A」が存在し、それを有限個のパラメータをもったアルゴリズムとして記述できる。――有限個のノブのついたソフトウェア機械と呼べるようなものの存在。 そして考えうるすべての個々の「A」は、この機械のノブをある値に合わせることによって得られるということ。 と主張しているらしい(p. 248)。唯一究極的な抽象形「A」
ここ数年、京大人文研の安岡孝一さんが班長をしている共同研究班に参加させてもらっているのだが、最近そこで(報告書類を作る関係で)変なルビの例が欲しいということになった。ちょうどそのころ『零式』*1を読み終わったころで(id:moroshigeki:20080105:1199543905)、変なルビをさんざん目にしていたところだったので、適当にスキャンして送ってみた。 まず、ふり漢字とふり英字の例(“ふりがな”“フリガナ”のようにruby textのscriptとあわせる慣例があるとすれば、“振漢字”“FURI-EIJI”などとすべきか): 関係ないが、「カルト」というルビは「宗教右翼」全体にかかるべきだ、という意見が研究班にあったことを付け加えておく (^_^;; 研究班では紹介できなかった“ふり〓”の例がこれ: なぜ〓がふられるのかはネタバレになるので詳しくは書かないが、要するにノイズとい
フリー(自由)な漢字フォント「花園明朝」(略してハナミン)がようやく公開されました。関係者の一人として大変うれしく思います。 http://fonts.jp/hanazono/ まだいろいろ不具合(Mac OS Xで使えないとか)がありますが、ご利用頂ければ幸いです。ヒラギノ明朝のひらがなと組み合わせると、なかなかきれいです。 元々はCHISEプロジェクトの一環として開発されていたKAGEシステムを充実させようということで始まりました。CHISEは文字コードに依存しない、まったく新しい文字処理(書記)システムで、足りない文字があったらその場で文字が作り出せるという特徴を持っています。KAGEシステムは、漢字のパーツの組み合わせ(例えば「草冠+車+龍」みたいなもの)を与えると、自動的にそのフォントを作ってくれるシステムで、CHISEには欠かせないものなのですが、個人で開発していたこともあって
オライリー・ジャパン社より Yannis Haralambous. Fontes et Codages. O'Reilly. 2004.の英訳、Fonts & Encodings.をご恵贈いただく。ありがとうございます。 もろ式: 読書日記: ecritureをたどってみたらでも述べたように、この本には私の“Surface or Essence: Beyond the Coded Character Set Model.”という論文を引いていただいている。仏語版の時にはどういう文脈で引かれているのかわからなかったが、英語版でようやく読めるようになった。その部分だけ超訳してみよう: グリフと文字(character)の問題はたいへん複雑であるため、コンピュータの専門家の範疇を越えており、哲学者の関心を呼ぶまでになっている。例えば、仏教文献の漢字について研究している日本の哲学者である師茂樹は、
日中韓の霊魂観の違い (アジア遊学) 出版社/メーカー: 勉誠出版発売日: 2007/08/01メディア: 単行本 クリック: 1回この商品を含むブログ (4件) を見る以前、輪廻関係の映画とかマンガとかを漁ってネタ集め*1をしていたが、その論文が出版された。8月に出版するのは、終戦記念日にあわせて首相などの靖国神社参拝が話題になり、「靖国参拝は日本の伝統的な文化にもとづくもので、文化的に異なる中国とか韓国とかにとやかく言われる筋合いはない」というような言説が起こるだろうことが予想されるので、そのタイミングにあわせて「日中韓の霊魂観の違い」を提示しようというのが、企画者である丸山顕徳先生の狙いであった(幸か不幸か参院選の惨敗で、靖国参拝は議論にすらならなかったが)。 中でも加地伸行氏は過激である。加地氏は、「非常に戦闘的な」靖国参拝否定論者である「真宗大谷派の一部僧侶」に対して、次のような
「よくあるメール」と題したid:moroshigeki:20070513:1178991639は、「近頃の若いもんは」的な内容なのである程度受けるだろうという確信はあったが、こんなに反響があるとは思わなかった。セッション数がいつもの40倍ぐらいに跳ね上がっている(グラフ参照)。いろいろなご意見の中で、私の考え足りないところを指摘していただき、とてもありがたい。と同時に、文章能力のなさを顧みず、推敲しないでばーっと書いて流したために、きちんと伝わっていない点もあるようなので補足しておきたい。 寄せられた多くのご意見には「ケータイ文化 vs パソコン文化」という図式で「よくあるメール」を読まれた方が多かった。確かに私も、そういう図式を念頭に置きながら書いている面はある。そういう意味では、私のあの文章はパソコン文化側からのオリエンタリズム的な態度とも言える(授業の中では、「パソコンのメールが絶対
2021年に韓国で出版された、海印寺の보일スニム著『AI부디즘[AIブディズム]』について、日本語ではほとんど情報がない状態なので、目次をざっと訳してみる。誤訳があったらご指摘いただきたい。 book.mk.co.kr プロローグ 4 「AIブディズム」について 14 第1部 人工知能にも仏性はありますか? 「第4次産業革命時代」という時代因縁 24 もう一つの人工生命、ポストヒューマニズム時代の仏教 32 新人類の登場、トランスヒューマニズムからポストヒューマニズムへ 39 ゲノム編集技術と仏教42 人工知能にも仏性はありますか? 56 ディープラーニングを知ると心が見える 69 人工知能の業と輪廻 83 人工知能も恋に落ちますか? 98 人工知能ロボットは殺人をしても罪はない? 111 人工倫理なのか、人間倫理なのか? 122 人工感情とペットロボット139 第2部 デジタル自我、私は
最近、学生とのやり取りでメールを使うことが多いのだが、学生から来るメールはこういうのが多い。 From: hogehoge@docomo.ne.jp To: s-moroNO@SPAMhanazono.ac.jp Subject: (no title) 明日休みます。 お前誰やねん。この時点で無視しても全く問題ないと思ったりもするが、情報教育を担っているという職業意識から、こんな返信をする。 From: s-moroNO@SPAMhanazono.ac.jp To: hogehoge@docomo.ne.jp Subject: あなた誰? 花園大学の師茂樹です。 失礼ですが、あなたはどなたですか? 「明日は休みます」という文面からして、花園大学の学生さんみたいですが。 それに対する学生からの返信。 From: hogehoge@docomo.ne.jp To: s-moroNO@SPAMh
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